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竜崎薫 二次創作

かおるね、わかんなくなっちゃった。もうみんなの前で、かおる笑えないよ。ねぇプロデューサー、私どうすればいいの?

薫さん、もうすぐライブですから準備を…。

プロデューサー、かおるを見て。

薫さん。もうすぐですから。

ねぇ、プロデューサー。誤魔化さないで。

薫さん。

そればっかり。かおるは相談もできないの?かおる本気で悩んでるんだよ。

私のために笑ってください、なんて言うのは重いですよね。

うん、とっても。でも嬉しい。

ぱあっと咲いた笑顔に涙が出た。下手くそで目は赤く腫れぼったくなった不恰好な笑顔。深夜番組の後、脳のアドネナリンがたっぷり溢れて寝られなかったせいでクマもひどい。これがジュニアアイドルの姿か?と疑いたくなる痛々しさ、壊れた花瓶のようだ。子どもらしさも度重なる経験によりとっくに消え失せてらしさを演じることにシフトしている。何かを得るには何かを捨てないといけないとはよく言うけれど、出来ることなら大切に守っていたかった無垢さがゴミ箱の中に捨てられていた。無垢さだと思ったものも汚れたおしぼりでソースのついた口を拭ったものだった。いつかの笑顔を、全て食べられて嬉しそうにしていた初々しい嘘のない笑顔を思い出していた。

せんせぇ…。

気がつくと私は薫さんを抱きしめていた。壊れた陶器を金で継ぐように、それでいて心より先に体が薫さんの不安を埋めようと動いていた。二人ぼっちの楽屋にはオーデコロンだとかの香りが棒状芳香剤に絡まって漂う。抱きしめられてキュウと鳴る胸の鼓動が私のものが薫さんのものか定かではなかったけれどお互いに何か埋まらない穴を埋めていた。暖かさがじんわりと広がっていく。血管が開きドキドキしてキスをしようとして目を瞑り顔を伏せた。女同士だからと言って、せんせいと呼ばれているからと言って、友達でも恋人でも無い仕事の関係だ。私はそんなドライな考えを目の前で目をうるうるとさせ覗き込んでくる薫さんに投げつけた。

せんせい、ちゅうしないの。かおるはいいのに。

小悪魔、と言えばそうなのだろう。言ってしまえばそれまでだ。だがそれは悪魔というにはあまりにも純真で光に満ち、野に咲く無数の向日葵のようだった。

椅子に座り足を組み直し、繰り返し、膝関節を揉みながら前髪を耳に掛け、鏡を覗く薫さん。撮影していないのが、いずれこの光が失われてしまうことが耐えられない。そんな期間限定じみた物悲しさを鏡は写していた。そのまま美術館にでも飾れるような、そんな景色を鏡は映す。子どもから大人に成る境目、そんな不安げな浮遊感でセンチメンタルになっていたのだろう。波を超えて薫さんは立ち上がった楽屋から出て、舞台袖へ。走る。

せんせえ!!行ってくるね。

輝きに満ちた廊下を一人私を置いて彼女はかけて行った。振り返ることもせず大勢の人波に救いをばら撒いて。誰か一人ではなくみんなを平等に幸せに。自分がいくら辛くとも笑顔の仮面にすっぽり隠して、薫さんは今、歌っていた。出来ることなら私はあのひまわりと太陽のようにカップルになりたいな、と服の裾を握りしめ唇を血が出るまで噛み締めていた。悔しかった。出会い方が違えばこんなに掻きむしられることも好きになることも無かったのに。好きになることがこんなに辛いなんて、でも薫さんと出会わなかった人生はもっと辛いのだろう。

せんせえ!!どうだった?かおるしっかりやれてた?

え、ええ、ああうんよかったよ。

どうしたの?辛そうな顔してる。

気にしないで。平気だから。

ダメだなあ私。薫さんのプロデューサーさんなのに心配かけて。男じゃ無いってただそれだけで見下されてるのにこれじゃマイナスのマイナス。掛け算じゃないからずっとマイナス。もっとどっしり構えて何にも動じないようにしないといけないのに。まだまだいつまでも幼い拙いままだな、ずっと。

じゃあ行ってくるね。せんせいのこと笑顔にしてあげる!

ああ、ああ、ああ。何でここにいたのかわかった気がする。この笑顔を少年じみた笑顔を見るためにここに立っているのだ。こんなクヨクヨ、ウジウジ立ち止まっているためでは無い。私が引っ張っていく必要なんてないんだ。ただ、二人で手を取って歩いて、時に走って、たまに休んで。それでいいんだ。

いってらっしゃい。私はそう呟いていた。

窓の外に広がるのはただ曇り空のどんよりとした景色で、ああ、また目を覚ましてしまったな、と意味もつかみどころもない後悔をする。天井の電気紐を掴んで光を手繰り寄せる。偽物の光で寄り添ってくれる光など羽虫を殺すだけのこの蛍光灯しかない。遠くでカラスが鳴いている。母を亡くした子どものように私も泣いて、女なのに性別も分からないような脂肪ででっぷりな腹を睨む。薫ちゃん、私はここにいるよ。何度住所を送りつけても返ってくるのは無機質拒絶の手紙ばかり、薫ちゃんは私のことなんて知らないし知っていて欲しくもない。部屋の端には縄が転がっている。薬瓶はヒビが入ってベットの裏に落ちている。割れたディスプレイは虹色ばっかりを映して綺麗。薫ちゃんを見ようと買った4K ディスプレイなのに8Kの醜い自分が写った途端血が出るのにも構わず殴りつけた。だから薫ちゃんへのファンレターはスマホで、たまに紙で書いてこの部屋の空気と私の織物を同封する。少しでも私を感じて欲しい、自分でもおかしいのはわかっている。どこからおかしいのか説明するとまあ、7歳のアイドルを病的に好きなところからなんだけど。

いくらか日が経った後、変わらず日々を無駄にして変わらない生活をした後、薫ちゃんへの気持ちがやっと届いたみたいで。部屋から出ることなく他人に気持ちを伝えられるなんて、と乙女チックな感慨に耽る。

●▶︎さんへ。

いつもお手紙ありがとう。
ぜんぶ読ませていただいています。(私は語尾を伸ばすからまーのがいいのかな)

まず手紙を開きこの一文を詠んだ途端に死にたさ、恥ずかしさが一度に押し寄せ手紙を投げ捨てトイレで吐いた、吐いても吐いてもキリがないように感じて胃液で心さえ荒れていくようだった。荒れた心に引っ張られ体は首に縄をかける気にやっとなったらしくテキパキと部屋に火を放つと私は頭から灯油を被り火だるまになった。薫ちゃん、薫ちゃんと頭で繰り返し焼けていく自分の痛み以上にグッズと手紙が燃えていくのがどうにも辛かった。火だるまのままそこかしこを触ったので色々燃えて、あまりに熱くて窓の外に飛び出した。部屋の方を振り返ると部屋の中で薫ちゃんが笑っていた。私だけに見せるための、そんな笑顔だった。

焼け爛れた喉からは一言。

行ってきます。

と溢れた。自分の頭の割れる音が銃声のように鳴り響いて光の刺さない暗闇に溶けた。

暗闇には花も咲かない。薫ちゃんだけが生きる希望だったのにここには草も光もない。私はそんな暗闇をずっと歩いている。たまに微かに話し声が聞こえるので不思議と寂しさはない、暗闇だからと寒さもないむしろ心地よい温かさの膜で包まれているような、温泉に浸かり眠っているような感じだ。いつまで歩いても外には出られない。だから私は眠ることにして考えないようにした。

光が刺したのはそれからすぐのことで私は走った。あの舞台袖へ駆けていった薫ちゃんのように今度は私が走った。

走って、走って、休んでみると。ベルトコンベアにでも乗っていたのか外に出ることができた。ただ外はあまりにも寒く、大きな人が絶えずわたしを覗き込んできていた。息が苦しくなって声を上げて泣いた。悲しくもないのに涙が出た。理解してまた泣いた。私は自殺したのにまた性懲りも無く生まれてしまった。これから始まる人生の再放送に絶望して泣いた。

ただいいことが一つだけ、それだけで全ての希望になりそうな。最近流行りのフィクションじみた体験を私はしていた。

私の母親は竜崎薫だった。

私は嬉しくてまた泣いた。ただ酷くやつれて母親然としてしまった薫ちゃんをみるとくしゃみが止まらなくなった。優しいオルゴールが陽だまりを演出して見せる。白いシーツと無菌室じみた部屋の雰囲気が生と死は隣り合わせなことを教えているようだった。不意に眠たくなって耐えられず眠る。目を覚ますと12才の少女としての薫ちゃんが泣いていた。

こんな時せんせいがいたらなあ。

現実のプロデューサーは男で薫ちゃんを妊娠させた張本人だった。ただ彼以外に頼る大人は薫ちゃんには居なかった。

私がプロデューサーになってやる。そう思いはしたが赤ちゃんの私にはどうすることもできなかった。また私は唇を噛んで、拳を握りしめた。歯がないのにだからこそ歯がゆい思いをしながら薫ちゃんの母としての施しを受けた。幸せと不幸せが無い混ぜになって赤ちゃんの脳みそではどうにもできずまた同じようにグウグウ眠るそんな日々が永遠に続くような、果てしのない曇り空だった。

私を殺してでもアイドルを続けて欲しい。そう思う私が窓の外に浮いていた。

3歳になり母の髪も肩まで伸びた頃私は言った。

私ママのこと好きだよ。

そう、ありがとう。

でもアイドルやってた頃のママの方が好き。私を見てくれなかった頃の、私からの手紙も私の全てを拒絶した薫ちゃんの方が好き。

何、いってるの?

伸ばさなくなった語尾も伸びた髪もつけるようになった口紅もみんな嫌い。薫ちゃんは何も知らないままでいてほしかった。出産の痛みも知らないままで去勢手術を受けて私みたいな薄めたカルピスを作らないでいて欲しかった。私ね、ママの子供だけどママの子供じゃ無いの。私、いわゆる転生をしたのよ。そう驚かないで、私焼身自殺した後アパートから飛び降りて死んだあなたのファンなの。

あ、あなたあの、気持ち悪い、嘘、ねぇ、嘘でしょ。嫌、私の子はどうなったの?あんなに頑張って、痛くて痛くてやっと産まれたあの子は、ねえ返してよ。ただでさえ最悪なのにいくつ最悪を増やすの。何がそんなにかおるを不幸にしたがるの。

ごめんね、薫ちゃん。

私は3歳児の未成熟な全身を使って包み込むように薫ちゃんを抱きしめた。向けられた目には確かな嫌悪と怒りと悲しみとが篭っていた。

数日後、私を見て嫌な顔をするばっかりの薫ちゃんはついに帰ってこなくなった。どこかで私の代わりを作りに行っているのだろうか?と思うと嬉しくなって嬉々として自殺を選んだ。首に刃物を頭にはあの子への執着を叩き込んで眠るようにあの暗闇に戻った。暗闇は暖かくあの時と同じものだった。

私は笑いが止まらなくなり、生まれてくるまで笑っていた。笑い皺で顔が歪んで性格と同じになった。やっと白い光に包まれて幕を開ける。

抱き上げられ、母の顔を見た時。私は笑った。薫ちゃんは私よりも先に声を上げて泣いて私を投げ捨てようと必死だった。だけどそれもできずに分娩室には嗚咽と助産師からの感嘆と喜びを強要する声がするばかりが響くのだった。

私が笑うたび薫ちゃんはあの頃みたいに辛そうな顔をして何度も吐き戻してスッカリ痩せ切ってしまった。産後太りはあるけれど産後に痩せる事例もあるのだなと感心して、眠った。

酷く痩せた頬にアイドルの面影はまるで無く私はまた命を断とう。今度こそ誰からも産まれることなく死のう。と、胸の中で強く思った。

ぼやけた頭にはエアコンの音とオルゴールのワザとらしい温かさが響いて煩わしかった。

薫ちゃんの手の冷たさが頬に乗って離れずいつまでも眠ることが出来ずさらにぼやけてそのままベビーベッドの隅の方の埃と一緒に塊になって捨てられてしまえばいいと前前世の記憶がいつまでも追い立てきて、私は強い眠気に襲われて眠った。ガシャガシャと食器が運ばれてくる音がしても私は起きなかった。

かおる、もう疲れちゃった。ねぇせんせい、今どこでなにしてるの?もう待つことにするね。それなら若い方が嬉しいでしょ、せんせい幼いかおるが好きだったもんね、だからパパ、ママ、おばあちゃん、おじいちゃん。ごめんなさい。

窓辺にあるひまわりを刺した花瓶は風に煽られて粉々になって割れた。

僕が妊娠させたアイドルが亡くなった。僕は毒を流し込んで殺したようなものなのにこうして何の裁きも受けずにのうのうと生きている。どうして生きているの、と聞かれて答える理由もない。死ぬのが怖くて生きている、妊娠を知った時怖かった。薫は僕以上に怖かっただろうにほっぽり出して逃げ出した。僕は大切なものを全て失って、今打ちひしがれている。だけどすぐにまた同じ繰り返しをしてしまう。だって僕はずっと僕なのだから。誰か僕を早くここから連れ出して暗い穴の中に蹴飛ばして、突き落として欲しい。そう思い今日もどこも見ることができず、どこにも行けず笑い方も忘れて赤信号ばかりの横断歩道で一人立ち止まっている。枯れたひまわりが部屋の隅で虫も食わないのでいつまでもいつまでも丸まっている。

薫ちゃん会いてーでごぜーますよ。仁奈、あんまり会えなくなって寂しーです。

仁奈ちゃん。僕、薫ちゃんのプロデューサーだった●●です。

薫ちゃんの、プロデューサー?よろしくお願いげーします。

よろしくね、仁奈ちゃん。

この子は僕と薫ちゃんのことを知らないのか、無理もないこの子は知ろうともしていないのだから、薫ちゃんが必死で隠していたのだから。


転生した厄介ファンがPを殺すみたいなことはないです。ご都合すぎるので。

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