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【頭の声・体の声】善?悪?頭の中のおしゃべりにきづいてみる 

”生きづらさ”は私が作りだした幻想なのだと気づいた
そんなことを前回記しました。

ここのところ、幻想を作りだすのに大活躍しているのが”頭の中の声”だと知り、腑に落とし解放されるまでを振り返ってみたりしています。
※解放されきったかどうかはまだ分かりません(苦笑)

頭の中の声=脳内の声に気づく

 頭の中の声=脳内の声です。
 今や、その情報は溢れていますし、多くの方が知っているのではないでしょうか。と記しながらも、実際、どれくらいの方が知っていて、どういう内訳なのか、とても興味があります。
 人間の頭の中の声については、多分、学生の頃には知っていたと思います。(看護の学生だったから)
 しかしそれは、一部の病の人々の事だと認識していたかもしれません。
そうでない人々の場合の頭の中の声を、私自身がどう認識していたか、今となっては分かりません。
私ごととして、はっきり気づいたのは、
 2019年かそれより少し前の年の、6月のことです。
 ふと思い立ち、”大祓”の神事に参加したおり違和感をもったのです。神職に合わせ周りの人々が、大祓の祝詞を読み上げるのですが、初めての私は、ついていけません。
 心静かに、神職たちの祝詞の声にひたっていればいいものを、私の頭の中が、とてつもなく騒がしいのです。
 周りにもれ聞こえているのではないかと、恥ずかしくなって思わず辺りをみまわすほどです。

 そもそもこういった神事に突然参加しようと行動した=当時の私の精神状態は不安定だったのかもしれません。

”溺れる者は藁をもつかむ”  (*`艸´)

私の心の声:「私、ちょっとおかしなことになってる?」
 大祓の神事なるものの情報をくれた知人に、報告がてら、笑い話のように頭の中の声、おしゃべりの内容を言ってみました。
知人:「ある、ある。誰でもあるから大丈夫よ。」

そうよね。と安心してみるが、この時点で、もう少し調べていればよかったと、「今」きづく。(笑)

人生で起こることはすべて必然らしい、ので後悔はしていない。
すべて気づいて学んでいけばよいのだ(←わたしの神様の声)

思考は私ではない

 頭の中の声について調べれば、もう少し早くに幻想に気づけていたかもしれないのですが、これまた必然だったのでしょう・・。
 ・心理学 ・スピ系 ・潜在意識 ・宇宙人系 ・様々な発信者情報
 などなどなど

 調べに調べ尽くしました(笑)
 ・私は、アダルトチルドレンなのか?
 ・私は、HSPなのか?
 ・私は、私は、、もしかして・・・
 性格診断テストや能力開発などなどの情報にも触れました。
 そして、・哲学 ・宗教学 などなども・・

 随分、頭の中は静かになっていたのですが、波があり、どうしても拭えない、苦痛な”感情”があり、苦戦していた2023年6月です。
 ナオキマンショーに出演していたネドじゅんさんを知りました。
 ※この辺りは、また後日・・
 ナオキマンさん出演時の動画 ↓

 簡単にいうと、頭の中の声は左脳さんのおしゃべりで、自動思考とよばれるもののようです。
 この自動思考に作り出すストーリと自分を同一化してしまうことが、どうやら”生きづらさ”の一端になるようです。

思考=自分自身 ではない

 頭の中の声・思考に関する書籍など読んでいたのに、中々自分事に活かせてませんでした(( ノД`)   これまた必然だったのでしょう。

ネドじゅんさんのnote ↓
ご存じの方も多いでしょうが、生きづらさの緩和、解放が広がりますよう願いをこめて貼ります★

「ことば」は難しい

 左脳さんが出張った動きをしなくなり、右脳さんとのんびり過ごすことが増えてきて、改めて感じるのが、「ことば」は難しいということです。
  ”絵”などのイメージを加えて伝えられるとどれほどいいだろう?アニメーションとかがあれば、尚に良いのにと感じます。

 例えば、このブログのタイトルにした「徒然」という言葉。解説によると、マイナスイメージの言葉のようですが、私には、マイナスというよりも人生の機微をあらわす、なんとも情緒のある成熟した大人が用いる言葉のイメージなのです。調べてみると、「つれづれとは何か・補説」というものを見つけました。

こうして見てくると、 「つれづれ」 にものを書くという先例には、単純に暇を持て余して仕方がないというよりは、 孤独や不遇などの状況からくる寂しさを背景にたたえつつ、それを打ち消すために、という場合が多い。
 『徒然草』序段の「つれづれ」に「書く」という行為は、 このような先行文学作品のイメージを踏まえた可能性がある。 

https://api.lib.kyushu-u.ac.jp/opac_download_md/4776874/130-131_p249.pdf
つれぞれとは何か・補説 
 川平 敏文 2021-6-2

 文字で、言葉で、何かを伝えるというのは、とても難しい!
 とあらためて感じつつも、だからこそ、チャレンジしてみたい!と、ワクワクするのです。
 伝えることだけでなく、受取ろうとすることも楽しみたいのですが、具体的にどうするかは”天”になげておきます。

さいごに

 左脳派、右脳派と区別されることがありますが、それほど単純なことではなく、ひとりの人間でも、どちらかの傾向が際立つこともあるでしょう。
 頭の中のおしゃべりは、善か悪かの二極ではなく、善になることもあり、悪になることもあり、はたまた”ただのおしゃべり”で流せるものです。
 まずは、頭の中からおしゃべりが聞こえる、この現象があるということを知ること、そして、誰しもに起きていることだと認識し、”観察”することが、”生きづらさ”を解決するきっかけにできるのかな、というところで今日は終わりにします。

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今朝の愛犬とのお散歩の帰り道。。
映画「インサイド・ヘッド」のDVDが落ちているのをみかけました。傷んでいたので放置しちゃいましたが・・

面白い映画ですよね。

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