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真夜中の自転車

どうしてだろう。
思い出すのは、自転車のことだ。

人肌のぬくもりと
淡い感情と
そして何故か
真夜中の自転車のことだ。

人間がすべてを
一瞬で失う
今そういう演技を求められたとき
わたしの中に
沸き起こって来たのは

そんな記憶の再生だった。

実際にそのとき
すべてを失くしたのは
もっと後のことだ。

わたしが思い出しているのは
何故か
失くしたすべてが
まだ完全な姿を
保っていた瞬間なのだ。

あのとき
わたしは間違いをおかした。
愛してはいけないものを
愛したのだ。
そのことにより
災いを招いた。

でも、本当は知っていた。
わたしが愛したものは
魔物だということも。
いずれ自分が
すべてを奪われるのだということも。

わたしの中には
父が作り出した闇があって
それを払拭するために
生きてきたようなところがあった。
闇を祓い続けて来た人生だった。

祓いきれない闇を
その人は
見透かしたのだ。
そしてまたわたしも
その人の闇のあまりの深さに
救われた。

同じ穴のムジナ。
永遠に這い上がれない
闇の生きもの。
それでもいいと思った。
その方がいいと思った。
そうしてしか、わたしには
孤独と死を
遠ざける道が見出だせなかった。

愚かな決断だった。
でも、わかっているのだ。
あのときの
死んだほうがいいような
燃やしてしまいたいほどに
愚かな
自分が
ここまで生きのびて来たのだということを。

わたしは醜く
間違っていて
闇にのまれて生きてきた。

あのとき
どうして自転車を見つめていたのか
今も考えるのだ。

人間は
そのようにしてしか
命を保てない
そんな瞬間をもつことがあるから。

人にはそれぞれの
真夜中の自転車がある。
そこから今も
赤い血が流れることは
悲しいことではなく

何故だろう。
とても美しいことなのだ。

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