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沼沢地

別役実の戯曲をやることになった。
別役実は大好きな作家だ。
象、消えなさい・ローラ、ジョバンニの父への手紙。

乾いている。
理屈をこねない。
優しさを嫌う癖に
どんな言葉よりも優しい情景を作る。

演劇をはじめて
研究生公演の選択肢に
「あーぶくたった、にいたった」があって
とてもやりたかった。
結局は違う作品を上演したので
憧れは憧れのままだ。

今回やる作品は
「マッチ売りの少女」だ。
マッチ売りの少女はマッチではなく、性を売っていたという設定の大人の寓話である。

小市民の代表であるような初老の夫婦の家に
かつてマッチ売りの少女であった女が訪ねて来る。彼女は自分はあなたたちの娘だと言い張るのだが…

この初老の夫婦は、市民社会を表していて
女は個としての生き方を表している
とする劇評があった。

そしてまた、パンパンを彷彿とさせる女の存在は
敗戦の苦しみを表しており
初老の夫婦は高度経済成長期の忘却を表しているとする劇評もあった。

なるほど、だ。

戦後の日本を彷彿とさせる文章がある。

……かぼそい二本の足が、沼沢地に浮くその街の、全ての暗闇を寄せ集めても遠く及ばない、深い海のような闇を支えていた。闇の上で、少女はぼんやり笑ったり、ぼんやり悲しんだりしていた‥‥。

沼沢地。
底なし沼。
沼沢地に立った闇市。
それを思って、思い浮かぶのは例えば
沖縄県那覇市牧志の闇市なのだ。
米兵基地のある街。
戦後の闇が最も深かった街。
そこに立つ、かぼそい二本の足。

別役実は安保闘争にも参加し
一時期は組織としての左翼に属していた。
いろいろな解釈がきっと可能だろう。

でもこの芝居では雪が降るのだ。
そんなことを思う。
ここは戦後の日本で
牧志のような荒れ果てた街で
それなのに、雪が降っている。

そして、別役実作品には必ず登場する
電信柱が立っているのだ。
見守るように、見据えるように。

美しい。
闇は、美しく残酷で、儚い。

久しぶりの舞台の風景が
少しずつ見えてきている。

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