プリン、食べる?
ゴリリ・ゴリリ・ゴリリ・・・
僕の手の先からのびた人の、歯ぎしり。
このせいで、僕はいつも変な時間に目が覚めた。
まだ春が来ないうちに、おばあちゃんが天国へ行った。
知らない人が、僕の手をつかむ。
ディーが、いなかったし。
探さなければいけなかったのに。
僕は大切なものをすべて残して、つれていかれた。
そして、ひとりぼっちで、手の先にだけ、知らない人を感じてくらした。
夜明けの歯ぎしりと、それがひびく部屋の空気だけの思い出。
次に空を見たのは、まぶしかった朝。
いつの間にか夏で。
会ったのは、僕のおばあちゃんよりもクシャクシャのおばあちゃん。
でもずっと元気そうで強そうで、不思議な気がした。
「この子ね、夜も手をつないでないと、住んでた家のほうへとびだして行くの。
私たちじゃあ、無理だったわ」
そのおばあちゃんは、僕のおばあちゃんと同じ言い方で「おはよう」と言った。
それから、ロバにのった。
長くつづく石段を、ゆっくり上がるロバのひづめの音。
カチッ・カチッ・カチッ・カチッ・・・
サルスベリの木のある家の前で、とまった。
おばあちゃんが、ドアを開ける。
家の中を風がとおってきて、僕らの髪をふくらませる。
「イージャ、来たよ!」
「おはよう、母さん」
女の人が出てきて、僕を見た。
僕のおばあちゃんが焼くパンと、同じにおいがした。
そして、彼女のスカートのすそから、僕をにらむネコ。
「ディーだ! ディーだよ、僕のネコだ!」
ディーは、いつものように、めんどくさそうに近よってきた。
イージャが、僕たちに言う。
「プリン、食べる?」
はじめての甘いにおいが、僕をつつんだ。
今でも世界一好きな、あの甘いにおい。
(おしまい)