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14.提案

「幾星霜の人々と共に・白駒池居宅介護支援事業所物語」

第1話「彼方の記憶」

【今回の登場人物】
   立山麻里 白駒池居宅の管理者
     滝谷七海 地域包括支援センター管理者
   徳沢明香 白駒池居宅のケアマネジャー 薬師太郎の担当
   松本深也 白駒デイサービスの管理者
   薬師淳子 太郎の娘 旅行会社勤務

なにが正解かを考えるのは難しい でもやってみなければ何も始まらない

14.提案

 立山麻里は薬師淳子から目をさらさずに、話を続けた。
 「何をするにおいてもお父様とは、信頼関係を築かないと前に進まないと思います。最初にそれが出来ていなかったので、今一度チャレンジさせてください。」
 麻里は頭を下げた。しかし頭を下げたものの、麻里には具体的にどうしたらいいか浮かんではいなかった。
 その時今まで発言しなかったデイサービスの松本深也が手を挙げた。
 松本は、30代前半で一見凛々しい顔立ちではない黒縁眼鏡をかけたぼんやり顔の男だったが、じっと黙って聞いているだけの男ではなかった。
 「あ、あのフェイスシートを改めて読ませてもらってわかったんですが、薬師さんは会社を立ち上げてますよね。さらに行動的な社長さんだったと思うのです。ですから、色々なことに目を光らせ、チェックもされていたのではないかと思うのですが。」
 これまでとは違った松本の発言に、淳子の表情が少し和らいだ。
 「見ていたわけではないので詳しくはわかりませんが、父はあいまいなことが嫌いで、部下には厳しかったようです。」
 淳子が答えた。
 「わかりました。デイサービスではレクレーションやリハビリを見せて、楽しい雰囲気を感じて楽しんでもらおうと思っていたのですが、そうではなく、私どものデイサービスセンターへのアドバイスをいただくという形で来てもらうのはどうでしょうか?」
 松本は自信ありげに快活に答えた。
 淳子は少し間をおいてから返答した。
 「でもそれは父をだますことになりませんか? 私は父が認知症だからといって、騙したりごまかしたりしたくないのです。」
 淳子のその言葉は、会議に参加する者たちの胸に突き刺さった。しかし、正論として理解はしているものの、ごまかしはついついやってしまうことが多かったからだ。
 「そうですね~ 」
 松本は少し考えこんだが、そのあと前に乗り出してさらに発言した。
 「でも、私たちにしても、来られる方は単に遊んで食事してお風呂に入って帰るだけではなく、色々とその人に合った役割があってもいいと思っています。薬師さんにはデイサービスセンターの良し悪しをチェックしてもらう役割を担ってもらうというのはどうでしょう? 初めからこの事業所へのアドバイザーとして来てもらうのです。それは、私たち職員にとっても必要な視点になるので、決してごまかしではないと思うのです。それで何回か来てもらううちに自然にデイサービスに溶け込んでいかれるかもしれませんし。」
 松本は自分の意見があっているかどうかは別にして、自分ではいいアイデアを思い付いたという自信にあふれた顔をしていた。
 その松本の意気込みに、今度は淳子が考えこんだ。
 麻里も七海も、今のところ、松本のこの発案に頼るしかなかった。
 「わかりました。それが正しいのかどうか、私には判断しかねますが、そこはお任せします。」
 淳子はそう言うと、今度は徳沢明香に話しかけた。
 「デイサービスさんの作戦を成功させるためにも、父のことをもっと知ってもらえますか? 」
 淳子も明香に言い過ぎたと思ったのか、明香に向けてのトーンダウンした発言だった。
 何をするにおいてもケアマネジャーがキーになることは淳子にもわかっていた。
 明香は少し顔を上げて、小さくうなずいた。
 「それでは、立山さん、徳沢さん、もう一度薬師太郎さんとのインテークをやり直してもらっていいですか?」
 七海が話をまとめた。

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