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13.サービス担当者会議

「幾星霜の人々と共に・白駒池居宅介護支援事業所物語」

第1話「彼方の記憶」

【今回の登場人物】
   立山麻里 白駒池居宅の管理者
      滝谷七海 地域包括支援センター管理者
   徳沢明香 白駒池居宅のケアマネジャー 薬師太郎の担当
   松本深也 白駒デイサービスの管理者
   薬師淳子 太郎の娘 旅行会社勤務

13.サービス担当者会議

つらい時間があったとしても、話しあうことは大切なのです

 翌朝一番に、立山麻里は会議の主催をする地域包括支援センターの滝谷七海に電話を掛けた。
 薬師太郎本人にも会議に出てもらうべきでないかと訴えたのだ。
 確かに家族の疲弊が中心課題だが、そもそもが太郎のことなのだ。
 太郎抜きで決められたことに、太郎が従っていかなければならないのだ。 それは本人の気持ちを無視したことになるのではないかと七海に訴えた。
 しかし、七海の返事は麻里が思ったものではなかった。
 専門職と家族が話し合ったうえで方針を決め、その決まった方針を本人に話すべきだと七海は主張したのだった。
 さらに、家族からも、「本人が混乱したら困るので、参加はさせたくない」と言われているとのことだった。
 確かに本人が混乱したら余計に収拾がつかなくなるというのも麻里には分かった。
 しかし真剣な話し合いならば、本人にもわかってもらえるのではないか、やはり本人がいないところで本人のことを決めるのは本当にいいのかという疑問を持ったまま、サービス担当者会議に入ることになった。

 サービス担当者会議に集まったのは、進行役の白駒地区地域包括支援センターの管理者滝谷七海、白駒池居宅介護支援事業所の立山麻里と徳沢明香、白駒デイサービスセンターより松本深也管理者、家族からは娘の薬師淳子が参加した。
 太郎の参加は淳子が断り、通子が家で太郎のそばにいた。
 明香はかなり緊張した顔をしていた。太郎のサービス拒否以降、家族へのフォローを行っていなかったこともあり、家族に何を言われるかと思うと、怖さが緊張に繋がっていったのだ。
 麻里にしても同じだった。上司として明香に明確な指示もできず、家族に対してのフォローにも動いていなかった事実に、家族に厳しく言われても仕方がないと覚悟を決めていた。
 七海にしてもそれは同じだった。太郎のサービス拒否のあと、支援側の足が止まってしまったのは確かであり、「困ったね」という思いだけが歩き回っていたのだ。
 その間も、通子や淳子は太郎の行動に疲弊困憊していたのだ。
 そして太郎にしても混沌とした状況の荒野を歩いているのと同じだったはずだ。

暗いトンネルにも必ず出口がある

 七海が概要の説明をした後、直近の状況について淳子に説明してもらった。
 太郎の状況は刻々とひどくなる感じだし、母親の疲労もピークに達していると淳子は訴えた。
 現況の説明を終えると淳子自身も疲労感が溢れ出たのが、感情的な発言になった。
 「確かに父はサービスを拒否しましたけれど、そこを何とかするのがケアの専門職じゃないのですか?」
 父のことを想い、母のことを想い、そして自分の心の疲労感が溢れ出た淳子は怒りを抑えられなかった。
 「本人がサービス拒否したら、家族が全て丸抱えで介護しなければならないっておかしくないですか!? あなた方は専門職なのに何もしてくれないのですね!?」
 明香はうつむいていたが、他の参加者は淳子から目をそらさなかった。
 淳子はうつむいている明香の姿を見逃さず、自分より若いケアマネジャーを睨みつけた。
 「ケアマネジャーさんって、介護を必要とする人や、介護家族を助けるためにマネジメントするんじゃないのですか? 私のことを言っては何ですけど、私は様々な旅行ツアーを組んでお客様が楽しく旅行ができるようマネジメントしていきます。できる限りお客様の視点に立って考えるようにしています。そうでないと、きめ細かい配慮はできません。時には威圧的なお客様もおられますけど、そのようなお客様の行動から得るものも一杯あります。 でもあなたは父を困った利用者としか見ていなかったんじゃないですか? 本当に父の視点に立って考えてくれましたか!?」
 「すいません… 」と、明香はうつむいて頷くだけだった。
 「それは徳沢さんだけでなく、私たちみんなに言えることだと思います。薬師さんや、家族の皆さんのつらさを受け止めることが出来ず申し訳なく思います。」
 七海はそう言うと頭を下げた。
 淳子の怒りがピークを過ぎたのか、七海の言葉には反論せず、うつむいてしまった。
 麻里が七海に続いた。
 「あ、あの、私もお父様のことを本当に一人の人として尊重する前に、サービス拒否の困った人でしか見ていませんでした。徳沢ケアマネジャーにしっかりとアドバイスできていなかった私が一番悪いのです。お父様の件、徳沢と共に今一度アプローチさせてもらいたいと思っています。」
 麻里は、ここで引き下がっては事業所にとっても、自分にとっても、徳沢にとってもマイナスになるだけだと思った。
 「どうアプローチするというのですか? 」
 淳子は顔を上げ、麻里をにらみながら冷たく返事した。

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