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奇妙な話:カラオケボックス

 大学進学をきっかけにアルバイトを始めた。近所のスーパーマーケットでレジ事務を担当しているのだが、地域密着型を謳っている店舗ということもあり、知人友人とカウンター越しに鉢合わせすることが屡々ある。

 無論、仕事中なので私語は慎むようにしている。だが、「やあ、お久しぶり」ぐらいの挨拶はどうしても避けられない。お客様に気持ちよくお買い物をしていただくためにも、多少のリップサービスは許されている。あまり、良い印象を抱いていない知り合いに対しても笑顔で世辞を言う。これも仕事の範疇であると割り切って頭を下げる。そんな業務にも慣れてきたころの事だったと思う。

 不意に中学校の頃の同級生が職場を訪れた。女性二人組で多少の酒が入っているらしい。深々と頭を下げて来店を歓迎する旨の挨拶を告げると、何が可笑しいのかケタケタと笑い始めた。成人式を迎えた直後のことでもあり、気分が大きくなっていたのだろう。「迷惑な客だなぁ」と思いつつも、私は淡々と商品をビニール袋に詰め続けていると、「ねえ、これ見てよ」と声を掛けられた。

 レジ台から顔を上げると、目の前に携帯電話が突き付けられていた。パチンという音と共に上蓋が開けられる。小さな画面に映っていたものは写真であった。どこかのカラオケボックスで撮影した写真らしいが、そこに映っていたものがあまりにも異様で、思わず私は息を飲んでしまった。

 それは何人かの男女が親し気に肩を組んでいる写真だった。だが、彼らの姿は薄靄に包まれたようにぼんやりとしている。どうしてか?
 

 写真の半分を占めるほどの大きな白い影が彼らを覆っていたからである。白い影の正体は女の生首だった。虚ろな目をした女の生首がこちらをジッと見詰めている。薄い唇は奇妙に捻じ曲がってニタリという笑みを形づくっている。

「これ、やばいよねぇ!」相変わらず、彼女達はケタケタと笑い続けているのだが、私はちょっとも愉快な気分にはなれなかった。これは冗談で済ましていいものではない。何らかの処置を施さなくてはならない不吉な写真であることは明白だった。だが――、「やばいねぇ……」

 そうとしか言えなかった。必要以上の雑談は原則禁止されている。だが、何よりも関わり合いたくなかった。写真に映っている女は虚像であるはずである。こんなことは不合理であることは分かっている。なのに、見られているという感じがしてならない。その目は「私の獲物に手を出すな」と暗に語っているようで――。

 その後、彼女達には会っていない。何をしているのかも分からない。しかし、あの写真は今でもデータとして大切に保存されているような気がする。根拠のない憶測でしかないが、彼女達は魅了されてしまったのだと思う。あの写真には明確な意志が込められていた。「私を見ろ」という明確な意志が――。

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