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奇妙な話:エレベーターの幽霊

 これは叔父に聞かされた話である。新年会の何気ない歓談の最中でも、我が家ではこの手の話がちょいちょい語られる。怖がる親戚は殆どない。むしろ、酒の肴となって場を盛り上げる役割を果たす方が多いから理解に苦しむばかりである。

 叔父の職業は配管工である。他にも色々と建築関係の仕事を手掛けているらしいが詳しくは知らない。とにかく、様々な建築現場の赴き、水道関係の仕事をしているようだ。建て増しした建築物の中には違法に近い状態にあるものもあるらしい。特に学校の配管は酷い状態のものが多いと聞いたことがある。まあ、これは余談であるから忘れてもらっても一向に構わない。今回は、そんな配管のスペシャリストの叔父が体験した奇妙な話を紹介したいと思う。

 とあるマンションの配管工事を行った叔父は若手の助手と共にエレベーターの前で雑談を交わしていた。だが、いくら待ってもエレベーターがやって来る気配がない。そのうちに会話は途切れがちになり、叔父は「遅いなぁ」と思いながらも扉の上に設置されていたテレビを確かめた。

 それは高層ビルや雑居ビルにはよくある設備である。エレベーター内の状況がカメラで撮影されており、各階に自動扉の上に小さなテレビが設置されている。おそらく、エレベーター内の混雑状況や不審人物の有無を確認するための設備なのだろう。叔父たちが工事を行ったマンションにも、そのようなカメラとテレビが設置されていたらしい。

 叔父たちが何気なくエレベーター内を映したテレビを眺めていると、奇妙なことに気が付いた。どうやら雨合羽を着た小さな子どもが各階に停まるように無茶苦茶にボタンを押して悪戯をしているらしい。叔父たちは「迷惑だなぁ」とくらいにしか思っていなかったらしい。「汗みどろになった身体を早くシャワーで洗いたい」という気持ちが勝っていて、注意しようという気にもならなかったという。

 チーン、という鈴を鳴らすような音を立ててエレベーターの扉が開いた。「これでようやく家に帰れる」と思って箱に入ろうとした途端である。

 エレベーターの中には誰もいなかった。思わず叔父は驚いて後ろに立つ助手の顔を振り返った。叔父曰く、助手の顔色は真っ青だったという。ゆっくりと彼は指先を上げて自動扉の上に設置されたテレビを差した。叔父は一歩退いて助手が指を差したテレビを見上げて確かめる。

 そこには雨合羽を身に纏った子どもの後ろ姿が映っていたという。だが、奇妙なことに叔父の目の前で開かれているエレベーターの中には誰もいない。助手は目を白黒させて混乱するばかりで役に立たない。

 叔父は黙ってエレベーターの開閉ボタンを押した。「このエレベーターには乗れないなぁ」と直ぐに判断したらしい。エレベーターがゆっくりと上の階に上って行くのを見届けた後に、助手は息せき切って「あれ、見ましたか?さすがにやばいですよね?」と一気呵成に捲し立てたようだ。叔父は狼狽する助手の姿が面白くて盛大に笑ってやったと言っていた。無論、彼らが階段を使ってマンションを立ち去ったことは言うまでもない。

 


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