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奇妙な話:金縛り

 数年前から金縛りにあうことが屡々ある。疲労が私の脳みそを侵しているのだろうとは思うが、これもまた「奇妙な話」には違いない。レム睡眠とノンレム睡眠の周期に関わっているのかもしれないが、何とも言えない不吉な感じがするのも確かである。

 人間誰しもが一度は経験するだろう現象だが、私の場合、金縛りに遭遇する際にいくつかの前兆が必ず現れる。
 まずは、玄関の方からチャイムを鳴らすような音が聞こえる。当然の反応として、寝床から起き上がって訪問者を迎えようとするのだが、この時に肉体が全く動かないことに気が付く。何せ、瞼すら動かせないので、仕方がなく、そのまま横たわっていることになる。すると、誰かが玄関の扉を開けて室内に上がってくるような雰囲気――それは微妙な空気の変化である――を感じることになる。

 最初こそ、不審者の侵入を恐れて必死に起き上がろうとしていたのだが、何度も経験しているうちに考えは変わっていった。いくつかの理由はあるが、室内を駆け回る足音の軽やかさが原因していると思う。何か小さな者が無邪気に遊びまわっているような足音――それが、私の警戒心を希釈させるのだ。小さな童がトタトタと部屋中を歩き回っている。そして、時々、鼾をかいて寝ている住民に悪戯をする。ちょっと、足を引っ張ってみたり、クスクスと笑いながら頬を突いてみたりする。

 私は彼らを「座敷童」のような存在だと考えているし、特別な害を被っているわけではないので、放任している感じすらあるのだ。「怖くないのか?」と問われることもある。だが、不思議と彼らに不吉を感じたことはない。親戚の子どもが遊びに来たもの程度に受け入れるようにしている。だが、それは彼らに限った話であり、我が家を訪れる者の中には明確な悪意を持った存在もいる。そういった、闖入者には不吉を感じるし、起き上がることが怖いと感じることもある。

 そう――我が家を訪れる者は座敷童だけとは限らない。それの正体が男か女かは判然としないが、大人であることだけは確かなように思える。
 そいつは重たい足取りで、私の部屋の前までやって来ると、襖をちょっとだけ引いてできた隙間から、横たわる私のことををジッと見下ろすのを楽しみにしているようである。
 金縛りにあっているのだから、そいつが本当にそのような意地の悪い遊びを楽しみにしているのかは分からない。だが、座敷童とは違った湿った視線んを感じるのも確かである。もしかしたら、「これは現実であって、闖入者は無抵抗な私を睥睨して暗い愉悦に浸っているのではないか」と考えると気が気ではない。それが嫌で仕方がない。

 そういえば、もう一つだけ気になっていることがある。それは私の寝室の前の床板が不思議なことに腐食し始めていることだ。腐食の具合は年々酷くなり、いまでは足が埋まることすらある程である。時々、私はこのように妄想を逞しくしている。「この床板はアイツが立っていた場所なのだ。アイツの悪意が腐敗を進めているのだ」と。全く――、不吉でしょうがないはずである。

 

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