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『未来をつくる言葉』から共話と対話を考える。

3連休最終日。わたしは体調を崩してひたすらベッドの上で体を横にしています。ベッドから見える窓の外の木々の揺れをただひたすらじっと見ている日々が続いています。たまにはこんな休みもいいかもしれない。いきたいところはたくさんあったが、今回はタイミングではなかったのだろう。

ということで、今日は以前読んだ本の紹介をします。『未来をつくる言葉』、ドミニク・チェンさんの本です。サブタイトル「わかりあえなさをつなぐために」という非常に興味深い本です。

最近、いろんな場面で対話を意識することがあります。家族や仕事、仕事の中でも同僚や子どもとの対話などなど。対話は大切なことである一方で、それを毎日続けていくと正直大変だなという気持ちもあります。そんなことを考えていた時に読んだのが本書です。

本書にある「共話」という概念にこそ、大切なことが詰まっていると感じました。今回は、特に気になった2点を引用しながら自分の感じたことを書いていきます。皆さんの参考になれば幸いです。

1 能と共話

能楽の本を読んでいると、シテ方(曲の主軸となる役)とワキ方(シテと対話する役)、そして地謡(舞台で舞わず、舞台の端に座って合唱するグループ)の台詞が有機的に交わっていることがわかる。特に、物語がクライマックスを迎えるあたりで、シテとワキが台詞を互いにリレーしながら、会話を協調的に進める場合がある。安田さんいわく、このようなパートは「共話」として読むという。

『未来をつくる言葉』より

能に関しては、昨年学んだこともありすごく身近に感じます笑

確かにそうだなとも思いつつ、まだ能の世界に入り込めていないので理解できていないところもあります。ただ、次回能を観るときに着目するポイントが増えたのでなんか嬉しいですね。

能には対話もあるし、共話もある。そのバランスがいいから心地よくなっていくのではないかというのが現時点での気づきです。

2 対話と共話

その上で両者の形式的な違いに注目すると、共話とは互いの発話プロセスを重ね合う話法であるのに対して、対話とはターンテイクを行い、互いの発言をなるべく被せ合わない話法であるといえる。

『未来をつくる言葉』より

では、対話と共話の違いとはなんなのか。共話はお互いの足りない部分を補い合いながら完成させていく感じ。一人では決してできないものが共話かなあと。

少し前にこのnoteで書いた、学校で子どもたちとのやりとりが共話的なのかなという感じがしています。なんとなく言葉を口にして、それを子どもたちが補って、それをまたわたしが付け加えていく。

そんなやりとりは非常に心地が良いなと感じています。自然なんですよね、流れが。対話になるとどうしても、自分の番という意識があるし、誰が話すのかは明確になります。

だからこそ他者の言葉をじっくりと聴くということが大切なのですが。結局、これもバランスが大切だということかと思います。本書でも対話の中から共話も生まれうるし、その逆もあると述べられています。

どちらも大切にしながら日々のかかわりを大切にしようと思った病み上がりの日曜日でした。

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