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あの子とレモンスカッシュ

黒いタンクトップに黒スキニー

とがったピンヒール

揺れ動く金髪の隙間から覗いた

鋭い目とキュッとしまった唇

ガレージロックバンドのドラムを叩く彼女に

私の視線は釘付けだった

彼女と話す時はいつも呼吸をひとつ置く

私より10歳も上なのに

彼女の言葉は
少女のようなあどけなさを持っている

しかしその可愛らしい笑顔を見る度に

自分の存在が小さくなっていく感覚に陥る

それはやはり10年という差なのか

それとも私よりずっと上を向いているからか


彼女は結婚している

彼女の夫はファンの多いDJで
彼のまわすターンテーブルの周りには
必ず人がたくさんいる

みんなでイベントから帰るタイミングで

一緒に車に乗せてもらったことがあった

車に疎い私には
それが何という車種かわからなかったが

古い映画に出てくるような
真っ赤なベロアのシートが心地良かった

助手席に座る彼女の横顔が

スマホの液晶に照らされて色を変えた

画面をタップする度に
長く伸ばしたネイルが当たって
カチカチと音をたてた

途中で道沿いのラーメン屋に寄り

彼女はもやし多めを頼んだ

帰りの車中

プシュッと炭酸のはじける音がして

彼女がいつの間にか買った
レモンスカッシュを飲んだ

しかもゴク、じゃない
ゴクゴクゴク、だ

その一連の流れが

何年前かの女子高生時代を思い出させ

彼女の喉から目が離せなかった

とんこつこってりのラーメンを食べた後に

レモンスカッシュをゴクゴク飲めるのは
ギャルしかいない

普通この歳にもなれば黒烏龍茶だ

長い爪でくるくるとフタをまわし

2度、3度と炭酸を鳴らす

心の底から可愛いと思った

こうなりたい、という憧れではなく

こうなれない、という憧れだった

「ラーメンの後のタバコが1番美味しい」
なんて言っている自分が情けなくなった

彼女はライブが終わると

いつも髪をひとつに束ねる

顔の半分を埋めるクリアのメガネをかけ

メイクは薄いリップだけ

タンクトップはTシャツになり

スキニーはダボダボのスウェットに変わる

どれも彼女によく似合っていた

ピンヒールもスニーカーも

長く伸ばしたネイルも

今度彼女たちの結婚パーティーに行く

気合いの入った彼女はどれだけ綺麗だろう

それでも私がいつも思い出すのはきっと

レモンスカッシュを飲む

あの時の少女なのだ

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