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【一千文字感想】『セールスマン』(1969) 訪問販売は絶滅したが、聖書は不滅である


セールスマンたちは家を訪問しては“聖書”を売りつける。

“ダイレクト・シネマ”と呼ばれるドキュメンタリー映画群の旗手であるメイズルス兄弟。その代表作が半世紀以上経って日本初公開となった。

“ダイレクト・シネマ”とは、文字通り“素材そのまま”を徹底した映画の作り方だ。ナレーションやインタビューなどの演出的要素を可能な限り取り除き、ただ被写体に密着してカメラを回し続ける。この演出を極限まで廃す作り方は状況説明などの逃げ場が一切ないわけで、作り手としては相当ストイック。1本の作品としての体裁を整えるだけでも大変なのに、こうも雄弁になにかを物語ることができているというのは奇跡的とすら思える。

この作品でメイズルス兄弟が被写体として選んだのは、アメリカを旅しながら聖書の訪問販売を行うセールスマンたち。彼らはキリスト教徒のお宅を訪問し、豪勢な装丁の聖書を売りつけていく。相手が買い渋ってからが彼らの勝負所。時に優しく、時には強行突破で聖書を売りつける。要は押し売りだ。

ただ彼らの日常を見ているだけなのに、不思議な作品だ。この中で記録されている色々は今となっては無くなってしまった気もするし、それでいて今の世の中でも全く変わっていない気もしてくる

少なくとも訪問販売の「セールスマン」という職業はもう絶滅しただろう。しかし彼らから聖書を買う顧客たちを見ると、Amazonで不要不急の買い物をする自分たちと何も違わない気もする。

「セールスマン」は滅びはしたけれど、彼らの売る聖書は今までもこれからも滅びはしないだろう。では「セールスマン」の仕事を「伝道師」と捉えればどうだ。それなら歴史の中でずっと存在していた。

劇中ではセールス会社の喚起集会の様子も記録されている。セールスマンたちが一同に会し、今年の目標を大声で言わされたりしている。この風景は最近でもテレビで見たことあるぞ。
実績を積んで出世したいと躍起になる男たち。これも現代まで生き残っている。

彼ら自身もそれ程多くない賃金の中で駆けずり回って働いているが、聖書を売る相手はさらにもっと貧困層だ。時にはヤクザなやり方も使う。持たざる者が、もっと持たざる者から金をむしり取る。これだって今と変わらない。

アメリカの片隅に生きるセールスマンたち。この作品は、彼らを記録した映像でしかない。それなのに、なぜこうも雄弁に、世界の悲喜交交について語りかけてくるのだろう


1969年 / アメリカ / 91分
監督: メイズルス兄弟

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