見出し画像

調味料入り紙袋

昔、料理の本を作っていた。

編集プロや出版社でアシスタントをして、
撮影もすれば皿のコーディネートもし、
記事も書けば、取材にも行った。
まだフードコーディネイターなどおらず、
編集が大方のことをしていた。

撮影は1日に大量なカットを撮る。
駆け出しの仕事は
前日にレンタルスタジオから借りてきた皿を
数枚料理ごとに並べ、先生の判断を仰ぎ、
順番に準備すること。

そこで担当ベテラン編集者から
痛烈なダメ出し食い、
憔悴しながら
次の憔悴を生まないように
必死で料理ごとのスタイリングをシュミレーション。
あとは撮影の段取りを見ながら
仕事を覚えることくらいだ。

大きな仕事といえば、撮影後に行われる試食会。一同がテーブルに会してあまたの料理を食べ、談笑。話題はその日の大御所がリード。
会話に入れる程の度胸と話術のない新人は
とにかく「美味しい」と言いつつ料理をたいらげていくことなのだ。

帰り支度が整い、撮影機材を赤帽便に頼み
いざ帰宅となるのだが、
その日は渋谷の某局への原稿納めの仕事が残っていた。
よりにもよってそんな時にもらうのは
決まって撮影で使い残した調味料たち。

貰いやすい小型の調味料や軽い食材は
先輩編集者たちへの行き、
新人には頼りない紙袋に入った
大型の醤油やら油やらと相場が決まっている。
使いかけの砂糖、塩など
どれもなかなかの難物である。

宇田川町の交番前を原稿を届けてヨロヨロと帰る。片手には重い調味料の袋。
撮影疲れもあって目はうつろ、足取りも怪しい。

職質ってのは、こうゆう人に突然来る。

「ねぇ、君どこから来たの?」
「未成年だよね?」

どこから来たって渋谷のスタジオからだし、
成人してるし、仕事だし、って説明しても、
お巡りさんの疑問と確信は増すばかり。

とうとう交番の中で話を聞かれる事となった。

その頃は童顔で化粧もしていなかった。
仕事の性質上とてもラフな格好をしていて、
巷のOLとはかけ離れた姿であった。しかも持っているのはヨレヨレの紙袋。
家出娘と思われても仕方のない状況だ。

挙げ句の果てにボスの自宅に確認の電話をされて2時間前に帰宅したボスは酒に酔って就寝中。
たまたま電話口に出た娘さんが証言してくれたから、やっと解放となった次第だ。

でもさ、
普通田舎から出てくるなら、
使いかけの大型の醤油瓶や
今にも袋から出そうな、
いや実際少し出ている砂糖より、
もっと持ってきそうな物ってありませんか?

宇田川町の交番の前を通ると今でもそのことを苦々しく思い出してしまう。

因みに調味料入り紙袋はその後もよく持って帰らされた。
そのうちの一回は電車の扉に挟まり、
強く引き抜いたせいで裂け、
新宿からの数駅を
使いかけの醬油瓶を素手で持つ羽目となった。
夜半に電車で使いかけの大型調味料数本を素手で持つ娘がいたら、
間違いなくそこへ向けられる視線は冷たい。

周りにはかっこいい仕事だと思われていたが、
まったくそうでない事のほうが多かった
若かりし日の苦い経験だ。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?