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会社員女子が街で知り合った女子と、公園に行って同棲して百合な感じになって、最後は上手く行く創作小説

 カテゴライズを悩むまでも無く、彼女はロクデナシだった。大きな公園に設置された噴水ではしゃぐ子どもを見ては「私も遊びたい」と言い出し、やめときなよと諭すと「大人差別だ。産まれて間もない事がそんなに偉いのか!」と缶ビールを片手に騒ぎ出すような人だった。

 彼女との出会いは、渋谷では比較的新しいスポットである、新駅ビルの中のおにぎり屋さん。夜遅く、もう会社の定時なんて時間はとっくに過ぎたであろう時間に、いつも決まって私達は居合わせていた事から始まる。先に声を掛けてきたのは彼女からだった。「お姉さんもこの辺が職場なんですか」線が細くて背の高い、綺麗な人だと思った。

 線が細くて背の高い、綺麗な人だと思った。
「いえ、職場は少し違うんですけれど、乗り換えのついでに……」
「あ、そうなんだ。お姉さん、夕飯がおにぎりで嫌じゃないの?」
「それはお互い様だと思いますけれど」
「アッハハ、そーだね」
 最初の印象から、彼女は明るくてよく笑う人だった。

 それから私達はよく話すようになり、仕事が疲れた時は彼女に会うのを求めておにぎり屋を覗いたりもしたものだ。毎日約束していた訳ではないから、当然彼女と会う確率はあまり高くない。今にして思えば、元々、一週間に一度見るくらいの関係だったように思う。

 しかしいつの間にか、彼女の明るさに惹かれて、もっと話したいと思ってしまっていたのだ。

 これがキャバクラにハマるおじさんの気持ちか。そんな事をぼうっと考えた事もある。まあいっか、女同士だし、どうせ向こうもお一人様で暇なんでしょう。私は、彼女に会いたいという気持ちに対して、いちいちそんな風に言い訳をつけていた。

 ある日、彼女が、休日遊びに行こうよと話しかけてきた。コンビニで缶ビールでも買って、大きな公園の閉園までプラプラしようという話だった。エスケープというやつらしい。彼女はたまにそれを一人でやるそうで、一緒にどうかという誘いだった。私はすぐに承諾し、集合時間を決めてその日は解散した。

 休日、朝早く起きて向かったのは、電車で一時間以上かけて移動した先にある、大きな国立公園の入り口になっている駅。電車を降りた瞬間、秋風が気持ちよく駆け抜け、東京の喧騒から解放された気分に浸らせてくれた。彼女とは、そこの改札を出たところで待ち合わせをしていた。

 休日に会った彼女は、垢抜けていて、一言で表現するならラップで生きていくと宣言した学生のようだった。
「いよっす。そんじゃ、コンビニ寄って、たくさんビール買って、おにぎり買って、今日はエスケープしましょ!」
 そういった彼女はとても嬉しそうに、肩から下げたクーラーバックを叩いていた。

 入園料を払って、気持ちいい風を感じながら、もしかしたら夜は冷えるかもねなどと話し、私達は公園の中を歩いた。沢山の木、視界いっぱいに広がる林、少し不思議な作りのアート、ログハウス調のエリア、霧が出る迷路、だだっ広い短い芝生の広場。

 どこへ行っても人が多すぎる事はなく、確かにこれは、日々人に囲まれながら数字を追い、言葉を選び、資料を何度も見直し、時には気まずくなるような報告もあげる生活の、ちょっとしたエスケープだと思った。

「気持ちいい!」
「でっしょー!」
 なんの気なしに呟いた感想に答えてくれる彼女が嬉しかった。

 どういう話の流れでそうなったかは覚えていないが、寒くなってきて缶ビールも底を尽き始めた頃、彼女が同棲案を持ちかけてきた。「上手くやれると思うんだよね」酔っ払っていたというのもあるかもしれないが、私は乗り気だった。「お互い、男ができたら引っ越しとか考えればいいしさ!」

 私はその言葉だけがとても寂しく感じてしまった。「そうだね」それには素っ気なく、そう答えた。それから程なくして同棲を開始し、毎日のように一緒にテレビを見て、仕事の愚痴を言ったりして、小学校の頃の思い出を語り、今までで一番サイテーだった男の話題で盛り上がった。

 働き盛りの女同士の、冴えない同棲生活。私は、彼女の事を、好きになっていた。そう自覚したのは、この生活が始まって一ヶ月が経った頃である。良く覚えている。夜に窓を開けていたら、冷たい風が入ってきて、「そろそろ暖房の季節かな」と言っていた。

 その抑えきれない気持ちを素直に告白して、唇を重ね、そういう空気に持っていくのに必死になって、なんとか流し、彼女は流され、体をくっつけ合ったのも、一回や二回では無い。彼女は気づいていただろう。同性ながら、彼女の事を、性的にも私が好きでいたという事を。

 私は信じていた。このまま二人で過ごし、彼女の隣に私がいる未来を。いや、しかし、一方でそんな未来は一切信じていない自分も居た。そこには越えるのがとても難しい壁が確かにあって、いつか自然な流れで解散する仲であると、なんとなく理解してしまっていた。

 そして、その理解の通り、彼女は、ある日好きな人が出来てしまった。後ろめたそうにそう告げてきた彼女の表情は、今でも忘れられない。「おめでとう」私は泣きながらそう言った。彼女も泣いていた。このまま、泣き落として、惨めにすがりたいとすら思った。

 しかしそういう訳にも行かず、翌朝には、彼女と私は、お互いに手伝いながらも、引越しの準備を始めた。「ねえ、やっぱりやめたら?」「私以上にあなたと仲良くやれる人なんて、きっと居ないよ」「きっと、上手く行かないよ」何度言葉を飲み込んだことか分からない。

 これが現実なのだ。どうしても、越えられない壁なのだ。私達は、少し歪つだった生活から、正常な生活に戻るのだ。それだけの話である。

 部屋の片付けが終わって、引越しの手配をしようとしたところで、彼女が突然泣き出した。どうしていいのか私は分からなかった。すると、彼女が叫んだのだ。

「やっぱり嫌だ。どうしよう。どうしたら良いのかわっかんないよ! あなたの事が大好きで仕方ないのに、男の人を好きにならないとと思って、頑張って探して、やっと合うかもって人を見つけたけど不安で、やっぱりあなたの事が大好きで……本当は、あなたが好きなの!」

 彼女の明るい、よく笑う顔が、ぐしゃぐしゃに崩れて、涙を床に垂らしていた。腕でこすってもこすっても落ちる涙は、綺麗な彼女の顔を台無しにしてしまう。そんな顔は似合わない。私は、彼女の手を取って、強い眼差しで言った。
「私も、あなたが好き。だから、私を選んで!」

 その時の彼女の顔は一生忘れない。その後、彼女は好きな人だと言っていた男に連絡し、あっさりとサヨナラを告げた。トンデモなく明るいトーンで突然言い出した彼女に、電話越しの相手はさぞ驚いた事だろう。彼女は大変魅力的な人であり、その男も彼女の魅力に心酔していたかもしれない。

 私の人生に深く食い込み、隣でいつも一緒に笑ってくれていた彼女は、唐突な義務感で好きになった人をあっけなくフり、結局私のところに戻ってきた。カテゴライズに悩むまでも無く、彼女はロクデナシなのである。私は、そんな彼女と、これからも一緒に、楽しくやっていくのだ!

生きるためになるべく頑張ります