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大企業の「てにをは」修正を言語学的に考える。

 最近インターネットで取り沙汰されるネタの一つが「大企業の役職の高いオジサン社員が部下の書類の『てにをは』を修正をするだけで金をもらっている」という話である。JTC(伝統的な日本の大企業のことを指す)の無駄に権威的で非生産的な仕事のことを皮肉っている言説だ。
 有能で生産的な上司はどんどん周りを引っ張っていくし、会社にとって重要で必要性の高い業務に打ち込んでいる。だからこういう人は「てにをは修正」などと揶揄されることはない。しかしJTCは年功序列だから、能力が高くない社員も高い役職につけることがある。 
 そういったオジサン社員はリーダシップを取れるわけではないが、役職者としての威厳は保ちたい。だから下の人間の書類の些細なところを修正させて存在感を示そうということなのだろう。



 ところで言語について考えていると「てにをは修正」というのは実に日本語の特徴を捉えた表現だと思うことがある。「てにをは」の存在は日本語が属する「膠着語」の特徴だからである。

世界の言語は以下の三種類に分けられると言われる。

膠着語:単語の役割が助詞で決まる。 日本語、韓国語、トルコ語など
屈折語:単語の役割が活用で決まる。 ヨーロッパ言語、アラビア語など
孤立語:単語の役割が語順で決まる。 中国語、東南アジア言語など

 日本語が「てにをは」で表現していることを屈折語では格変化で表現しているということになる。ドイツ語やロシア語は屈折語の良い例である。
 一方で孤立語では「てにをは」に相当するものは語順で示される。中国語が良い例である。

 他所の国の大企業の事情は分からない。ただJTCをベースに勝手に妄想することはできる。
 代表的な膠着語の国、ロシアでくすぶっているオジサン社員が沢山生息してそうなのは、なんと言っても国営企業である。
 発展途上国の国営企業はやたらと問題を抱えていることが多い。経営改革など全くやる気がないし、政治家のコネで支持者のボンクラ息子が採用されたりする。日本ですら旧国鉄は借金まみれだった。国鉄の借金は多すぎて百年かかっても返せないらしい。清算事業団の人は大変である。
 それでもロシアは未だに国営企業が稼ぎ頭の国である。ロシアの基幹産業は石油とガスであり、これらは政権の息がかかったガスプロムやロスネフチといった企業が支配している。これらの企業には当然、無駄に政権のウケの良い権威的なオジサン社員がたくさんいるはずだ。彼らはきっと部下の作った書類の格変化を今日も修正しているに違いない。

 ドイツはどうだろうか。ロシア語ほどではないがドイツ語の活用も面倒くさい。定冠詞だけ注目すれば良いと思いきや、変なところで名詞自身も変化したりする。
 さて、最近のドイツは移民大国になっているらしい。国民の二割近くが外国出身なのである。元々ドイツはトルコからの移民が多かったが、EUの東方拡大で東欧からも沢山人がやってくるようになった。それに加えてシリアやウクライナからの難民である。彼らはそれなりにスキルを持っていてもドイツ語はあまり得意ではないだろう。だからドイツのオジサン社員が外国出身の部下の格変化を修正しているとしたら、外国出身者をドイツ社会に適応する手助けになるという点で社会的に意味ある仕事かもしれない。

 孤立語の国、中国はどうだろうか。孤立語は語順が命だが、格変化ほど複雑ではない。どちらかというと語順の並べ替え問題に苦戦する中国語検定の受験者のほうが「てにをは修正」に近い行為をしているかもしれない。アリババやテンセントのオジサン社員は部下の書類の文法修正ではなく、もっと発展性のある仕事に打ち込んでいると信じたい。

 英語は膠着語なのか孤立語なのかわからん言語である。「てにをは修正」に相当する行為を挙げるとするなら前置詞だろうか。「てにをは」がおかしい外国人を笑えないくらいに我ら日本人の前置詞はメチャクチャである。何を隠そう、私も未だに前置詞を適当に使っている。外資系企業は部下の作った英語資料の前置詞が間違っていたら上司が訂正するんだろうか。

 散々皮肉ばかり言ったが、正しい日本語を書くことは大切である。こうして文章を書いているときも頻繁に誤字脱字をしてしまう。
 自分一人では意外と文章のミスは気づきにくい。だから「てにおは修正」のように文章を他人にチェックしてもらうことは大切だ。
あっ「てにおは」ではなく「てにをは」だったな。



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