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スポーツ選手33歳寿命説について検証する

 私はスポーツには疎いのだが、唯一熱心に見ているものがある。それはオリンピックだ。なぜかは分からないが、昔から夏と冬のオリンピックはできる限り全試合見ているし、日本人がメダルを取りそうな競技には事前に当たりを付けている。なかなか当たらないが、金銀銅のメダリストを予測してみることもある。

 さて、アスリートの戦績を予想する上で避けては通れない要素がある。それは選手寿命だ。メダルを取った時にまだ20歳であれば次の五輪が期待できるし、メダルを取った時に30歳であればラストチャンスで良かったね、となる。40歳でメダルを取ればレジェンド扱いである。

 この選手寿命はどの年齢で来るのか。競技によっても異なるのだが、概ね32歳頃に来ることが多い。もちろんこれは年齢的な理由が原因でトップランクを維持できなくなるという限界のことだ。20代のうちに不調に陥ってそれっきりという選手は沢山いるし、33歳を過ぎても代表入りする選手はいる。だが、33歳という年限を過ぎると強い選手もメダルには届かなくなる。これが限界年齢である。

ケース:大相撲

 スポーツ選手の限界年齢を考えてみよう。一番例としてわかりやすいのは大相撲だろう。大相撲では優勝する選手がトップランクと言って問題ないと思う。歴代の横綱が最後に優勝した年齢を考えればスポーツ選手の限界年齢が見えてくる。横綱の引退年齢は30歳〜35歳当たりが多いが、勝てなくなってから引退することを考えると、最後に優勝した年齢はもう少し低いだろう。大体横綱が最後に優勝した年齢を調べてみると32歳ごろが限界のようだ。36歳で優勝した白鵬はかなり異例の存在であり、桁違いの強さが分かる。因みに最後に優勝した年齢は稀勢の里が30歳、鶴竜が33歳、武蔵丸が31歳、貴乃花が28歳、曙が31歳だ。

 ものすごく強い力士であっても33歳に近づくと急に勝てなくなり、トップランカーから脱落するのである。

ケース:女子レスリング

 私がスポーツ選手32歳限界説を思いついたきっかけとなったのが2016年のリオ五輪のレスリングだ。伊調馨が4連覇を達成する中で、それまで15年間無敗だった吉田沙保里が決勝戦で敗北し、銀メダルに終わった。無敵の女帝の敗北に日本中が衝撃を受けていた。

 吉田沙保里は何を間違えたのか。結論から言うと恐らく何も間違えていない。両者の違いを分けたのは年齢だ。伊調馨は当時32歳、吉田沙保里は当時33歳で、しかも34歳にほぼ近かった。吉田沙保里の試合をリアルタイムで当時見ていたが、足腰が以前に比べて弱っており、高速タックルがままならないように見えた。

 実は、日本の個人競技のメダリストのうち、女子最高齢は吉田沙保里だ。集団競技ではソフトボールの上野・宇津木などもっと上がいるが、個人競技ではなんと吉田沙保里が最高齢なのである。34歳以上で個人メダルを獲得した日本人女性はいない。リオの吉田沙保里の銀メダルはまさかの失敗というよりも、よく持ちこたえたというのが正確かもしれない。

ケース:東京五輪・北京五輪

 最近の五輪のメダリストも見てみよう。30歳代のメダリストは沢山存在するが、興味深いことに34歳以上になると途端にメダリストが激減する。2021年の東京五輪でメダルを取った日本人選手のうち、34歳以上なのはフェンシングの身延(34歳)とアーチェリーの古川(36歳)だけだ(野球等の集団競技を除く)。30代序盤でメダルを獲得する選手は結構多いことを考えると特徴的である。東京五輪だけでも水谷隼(32歳)・野口啓代(32歳)・喜友名諒(31歳)など、32歳までならメダルに手が届く選手が多い。ただし、集団競技も入れるなら、上野由岐子は38歳にして投手として投げつづけた。2008年北京五輪から考えると「連覇」を果たしたことになる。13年のブランクが開いた連覇は前代未聞だ。

 なお、北京五輪ではノルディック複合の渡部暁斗が33歳にして銅メダルを獲得している。リアルタイムで見ていたので感動してしまった。やはり33歳が完全にボーダーのようだ。ただ、同じくノルディック複合でリレーではあるが、永井は37歳にしてメダルを獲得している。後述するが、クロスカントリーの選手寿命の長さが原因と思われる。直前まで調子の良かった小平奈緒は成功すれば記録更新だったが、35歳という年齢には勝てず、あえなくランク外となった。

ケース:レジェンド選手

 世界には1人の選手が沢山のメダルと総なめにするケースがある。こうした選手が何歳までメダルを獲得できるのかを考えてみよう。

 史上最高のメダリストは水泳のマイケルフェルプスで、生涯に23個のメダルを獲得した。このうち個人メダルは13個である。史上例を見ない異常な個数だ。北京五輪では8個の金メダルを獲得した。引退を撤回したリオ五輪は31歳の時で、なんと6個のメダルを獲得した。うち一種目は4連覇である。怪物は31歳までは少なくとも怪物でいられるようだ。

 日本人で5大会に渡ってメダルを獲得した谷亮子は最後に銅メダルを獲得した北京五輪の時、32歳だった。やはり32歳まではものすごく強い人ならメダルを取れるらしい。同じく3連覇のレジェンド柔道選手だった野村忠宏は北京五輪の時に33歳だったので、代表にはなれなかった。やはりボーダーが見て取れる。因みに柔道のメダリストを見ていると、最高齢が男子34歳、女子33歳のようだ。ここを超えると誰一人としてメダルには手が届かない。人間の生理的限界の存在を感じさせる。

選手寿命の長い競技

 今までスポーツ選手33歳限界説を見てきた。ただし、これは色々なスポーツの標準的な限界年齢というだけだ。中には選手寿命が来るのが早い競技も存在するし、逆に選手寿命が長い競技も存在する。

 選手寿命が長い競技の代表は馬術だ。運動するのは人間ではなく馬なので、通常のスポーツ選手の年齢を遥かに超越した人物がメダリストになることが珍しくない。そもそも馬術は五輪で唯一男女合同だ。例えば東京五輪で馬術の銀メダルを獲得したオーストラリアのホイ選手は御年62歳だった。12個のメダルを獲得している馬術会のレジェンドであるイザベル・ワース選手は東京五輪でメダルを取った時に52歳だった。彼女はバルセロナ大会から30年にも渡ってメダリストとして君臨してる。これは馬術以外には不可能な記録だ。

 続いて選手寿命が長いのは射撃とアーチェリーである。この競技もメダリストの多くは20代なのだが、中には40代でメダルを取る人間も散見される。例えばアテネ五輪で銀メダルを取った山本広は41歳だった。ロス五輪から20年ぶりの快挙であり、これまた選手寿命の長い競技ならではだ。しかし、これでも日本最高齢ではない。日本最高齢メダリストは射撃の蒲池猛男の48歳である。天才的な腕前でありながらメダルに縁がないと言われていた蒲池だが、ロス五輪でソ連勢がいなくなった隙をついて金メダルをもぎ取った。

 ゴルフも選手寿命は長い。タイガー・ウッズはなんと44歳の時にマスターズ優勝を果たした。もちろん20代の方が圧倒的に成績は良かったが、場合によっては40代でも優勝が可能な辺りはアーチェリーに似ている。これらの競技に共通しているのは動いていることが少なく、あまり体力を使わない点だ。腕っぷしが要らないので、高齢になってからでも強い人は強い。

 興味深いのはその次に選手寿命の長い群だ。30代後半でもメダルが獲得可能なのは陸上・自転車・クロスカントリーである。

 室伏広治はロンドン五輪で銅メダルを獲得した時、37歳だった。しかし、彼のメダル獲得はそこまで話題を呼ばなかった。というのも、ハンマー投げという業界では30代後半でメダルを取るのは珍しくないからだ。中には40歳でメダルを取った選手もいる。他の陸上競技も似たようなものだ。東京五輪のマラソンで金メダルを取ったキプチョゲは当時36歳だった。短距離選手のレジェンドであるアリソン・フェリックスは東京五輪で銅メダルを取ったが、当時35歳だった。朝原宣治が銀メダルを取った時は36歳だった。因みに史上最強のシルバーコレクターと言われるマーレン・オッティは金メダル獲得を諦めずに40歳でシドニー五輪に出場し、見事銀メダルと銅メダルを獲得している。なんと20年にわたって銀メダルを取り続けていた計算になる。陸上という業界は30代後半になってもトップランクを維持できそうである。なお、棒高跳びなどジャンプ系の競技は当てはまらないようだ。

 自転車も陸上と似た性質を持つようだ。ロシアのエキモフはアテネ五輪で38歳にして金メダルを取っている。リオ五輪で金メダルのカンチェラーラは35歳だ。ロンドン五輪で金メダルに輝いたケニーもまた36歳である。自転車競技は20代のメダリストの方が少なく、全体的にピークが後ろにある競技のようだ。他にも30代半ばのメダリストは珍しいことではない。

 クロスカントリーも似たような感じだ。史上最も多くのメダルを獲得したノルウェーのビョルゲンは最後にメダルを獲得した時は37歳だった。なんとこの時5個も獲得している。次いでメダルを獲得したビョルンダーレンは40歳にして二冠に輝いている。因みに3番目にメダルを獲得した選手はビョルン・ダーリという選手だ。ギャグかよ。

 この3競技ほどではないが、ビーチバレーもやや選手寿命は長そうである。東京五輪で金メダルを取ったアメリカペアの片方はなんと39歳だった。この競技もメダリストは30前後が多く、ピークが遅めのようだ。

 五輪のことばかり考えていて忘れていたが、テニスも選手寿命が長く、30代後半になってもトップランカーでいることは可能だ。フェデラーが最後にグランドスラム優勝を果たしたのは37歳の時だ。ナダルは36歳の時に優勝し、未だに第一線だ。36歳のジョコビッチも同様である。セリーナ・ウィリアムズは36歳まで優勝していた。やはり、テニスの選手寿命は長いと言えそうである。

選手寿命の短い競技

 選手競技の短い競技の方も見てみよう。こちらの方が劇的だ。

 極端に選手寿命が短いのは女子フィギュアスケートである。なんとここ数十年、20代の金メダリストが荒川静香しか存在しない。後は皆10代だ。平昌大会を制したザギトワや銀メダリストのメドベージェワもとっくに引退している。他も軒並み似たようなレベルだ。日本人は比較的選手寿命が長いが、それでも浅田真央は20代前半でもうトップランカーではなくなっている。キム・ヨナもやはり23歳で銀メダルを獲得して以降、一線を離れた。因みに男子フィギュアはもう少しピークが遅いが、それでも20代半ばで寿命が来ることが多い。ソチ五輪え27歳にして銅メダルを取ったコストナーは「高齢」といった扱いだ。羽生結弦は28歳で北京五輪に出場したが、メダル獲得はならなかった。ライバルも軒並み20代前半だ。

 女子体操も選手寿命は短い。東京五輪で銅メダルを獲得した村上選手は25歳にしてスパッと引退した。女性体操の選手寿命から考えると珍しいことではない。女子新体操も似たような感じのようだ。フィギュアにも共通する現象だが、自重と戦う系統の競技は女性の場合は不利のようだ。10代後半から体脂肪率が高くなってしまうので、飛べなくなってしまうのである。東京五輪で女子中学生が次々とスケボーでメダルを獲得したのも恐らくこれが理由だと思われる。

 ここまで劇的ではないが、水泳もやや短い。北島康介は30歳時点ですでに限界に達していた。それでも4位には食い込めたが、メダルには届かなかった。ただし、後輩の奮闘もあって、リレーでは銀メダルを獲得している。水泳は20代後半で寿命が来ることが多く、東京五輪で二冠に輝いた大橋悠依は26歳にも関わらず、高齢という扱いだった。日本女性最高齢メダリストは寺川綾の27だ。水泳の選手寿命の短さに関しては理由は良くわからない。マラソンと同じ全身運動にも関わらず、選手寿命は大きく異なっている。

 他にも男子体操はやや選手寿命が短く、30代でメダルを取っている人物はほとんど目にしない。内村も32歳の時に東京五輪でメダル獲得を目指したが、ダメだった。延期がなければメダル獲得も可能だったかもしれない。余談だが、日本の男子体操はメダルばかりなのに、女子体操はなぜかほとんどメダルが無い。東京五輪で銅メダルを取った村上選手は1964年以来のメダリストだったとか。

平均メダル獲得年齢

 このような図も発見した。

 概ね今まで議論した限界年齢の高低と一致している、ただし、ある程度の相違もある。例えばサッカーの年齢が低いのはアンダー22の影響だろう。アーチェリーは高齢でもメダルが獲得可能というだけで、大半のメダリストは20代である。

限界年齢を超えた選手

 どんない強い選手でも、33歳という限界年齢を超えるとパフォーマンスが劇的に低下し、メダル獲得は叶わなくなる。代表入りであれば可能だが、トップの中のトップは無理だ。ただ、中には33歳という年齢を超えてもなおメダル獲得に成功した選手が存在する。

 その筆頭は2014年ソチ五輪で銀メダルを獲得した葛西紀明だろう。なんと41歳である。リレハンメルから20年ぶりのメダルだ。長野五輪で運悪く代表チームに入れず、メダルに預かれなかったことが心残りだったらしい。葛西紀明はこの快挙で一躍レジェンドの名で知られることになった。

 アメリカ水泳界のレジェンドにダラ・トーレスという選手がいる。彼女はソウル五輪辺りの時代の人なのだが、一度引退した後に33歳にして5個のメダルを獲得する。この時点でも快挙なのだが、出産を経てシニア向けの競技会に出場したところ、自分がまだトップランクであることに気付き、41歳にして北京五輪に出場し、銀メダルを獲得した。水泳の選手寿命を考えると異常な数値である。

 東京五輪の準決勝で日本と対戦したドイツ代表のティモ・ボルは40歳だった。卓球の寿命がやや早いことを考えると凄まじいレジェンドぶりだ。

 なお、北京五輪のメダリストの中に忘れられないレジェンド選手がいた。それは36歳でメダルを取ったスノボのジャコベリス選手だ。彼女は2006年のトリノ五輪で首位独走だったので、ゴール手前で空中技を決めたところ、失敗。お陰で銀メダルになってしまった。その後もジャコベリスはメダルに縁がなく、後悔の日々が続いた。しかし、最後の挑戦となった北京五輪で16年ぶりのリベンジを果たし、金メダルを獲得した。その上二度目の競技で空中技を決めて金メダルを獲得し、なんと二冠にも輝いたのだ。なんとも笑えるような感動するような話である。

 なお、惜しい程度の選手なら結構いる。スノボ界のレジェンドショーン・ホワイトは35歳の時に北京五輪に出場し、惜しくも4位に終わった。スピードスケートの岡崎朋美も35歳の時にトリノ五輪に出場し、惜しくも4位となった。33歳というのはあくまでメダルの限界であって、代表として活躍するならもう少し上でも大丈夫である。野球選手やサッカー選手といった集団競技の考察を省いたのは、個人競技のメダリストと同じ条件で比較するのが難しいからだ。

まとめ

 スポーツ選手33歳限界説について今回は考察を重ねた。アスリートは数ある業界の中でも最も職業寿命の早いものだろう。人間の身体能力のピークは訓練を重ねた場合、30歳辺りなのだと考えられる。ただし、体力をそれほど使わない競技の場合はその限りでない。普通のスポーツが肉体労働だとすれば、体力を使わない競技は職人技に近いのだろう。

 なお、マインドスポーツに関してはもう少し長い。羽生善治が最後にタイトルを獲得したのは47歳だった。どうにも50手前まではマインドスポーツの場合、トップランクにいられるようだ。なお、囲碁は将棋よりもやや寿命が長く、60代でタイトルを獲得した人もいるらしい。流石にタイトル獲得には及ばなかったが、杉内雅夫に至ってはなんと97歳で死去するまで現役の棋士として頑張っていた。戦績も勝ち分けていた。現在の最高齢棋士は96歳現役の妻の杉内寿子らしい。

 人間の身体の限界は30代前半で訪れ、頭脳の限界は40代後半で訪れる。この事実は重要だ。それ以降に大きな挑戦をするのは止めた方がいいし、逆にそれ以前は以外に遅すぎるということはなさそうだ。人生100年時代、計画的に人生を歩んでいきたいものである。

 それにしてもパリ五輪、楽しみだ。


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