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甲子園球場はなぜドーム化しないのか

近年、
高校野球全国大会が開催されるたびに
巷で主張される内容の一つのが
甲子園球場のドーム化だ。
「甲子園球場に屋根をつけろ、ドーム化しろ」
「開催地を甲子園球場から京セラドーム大阪に代えろ」
「開閉式天然芝ドームを作れ」。
こうした主張が非常に多いのだが、
これらの声に共通している特徴は
「高野連は金があるはずだからやる気さえあればすぐできる」
「高校野球の伝統に縛られているからやらないだけ」
と唱える人が非常に多く、
所有者である阪神電鉄ではなく
高校野球、高野連、朝日新聞等が批判対象になっていることだ。
ちなみに
2017年のクライマックスシリーズでも
甲子園球場での大雨が問題になったが、
この時は甲子園のドーム化ではなく
CSの存在が全ての元凶として叩かれており
甲子園のドーム化という話は一切なかった。
この話が出るのは
なぜか高校野球の時だけである。

では
そんな「やる気があればできるはず」な
甲子園球場のドーム化は
なぜ実現しないのだろうか。


まずはドーム球場を学ぼう

甲子園球場がなぜドーム化されないかを見る前に、
まず「ドーム球場」について学んでいこう。
といっても難しいことはない。
Google Mapからの航空写真を見るだけだ。

開閉式ドーム球場

まずは開閉式ドーム球場。

2020年にオープンした
テキサス・レンジャーズのホーム
Globe Life Field。
屋根を開ける際は
左側に見えるレールの上に移動すると思われる。
アメリカの開閉式ドームは
だいたいこのような
四角形の構造から
屋根が片側または左右両方に畳まれる作りが多い。
ざっと測ってみたところ
レール部分の横は約280m、
縦は200m強あった。
なお、このGlobe Life Fieldから
北へ200mのところには
2019年までレンジャーズのホームだった
現Choctaw Stadiumがあり、
サッカーやアメフト、ラグビーで使われている。
1994年に開場した
「新古典主義」の野球専用球場の一つだったのだが、
MLBのホームとしては
わずか26年での移転となった。

総天然芝開閉式の場合

最初にあげたGlobe Life Fieldは、
例としては一つ問題がある。
内外野ともに人工芝なのだ。
現在MLBの開閉式ドーム球場では
Globe Life Fieldを含む4ヶ所が人工芝になっており、
3ヶ所の総天然芝を数で上回っている。
次は現在も総天然芝を維持している球場だ。

日本でもおなじみであろう
シアトル・マリナーズのホームT-Mobile Park。
道路に挟まれているため
大まかな大きさがわかりやすかった。
長方形の縦が約200m、横は約300mある。

こちらは2023年に開場した
北広島のエスコンフィールド北海道。
開閉式屋根の作りは先ほどまでの例と同じだ。
そして斜めになっていていささかわかりづらいが、
この球場もシアトルと同じく
縦約200m、横約300mの長方形である。
この形の屋根が設けられる場合、
200m×300mが立地の最低条件と言えそうである。

一方
銀杏形に開いていく作りなのが
ミルウォーキーの
アメリカン・ファミリー・フィールド。

こちらは
屋根が空いた状態の航空写真が掲載されていて
わかりやすい。
作りは違うけれども
左右に屋根を収納するスペースが
設けられている点は同じだ。
そしてこの球場の場合、
屋根はホームプレートから600フィート(約183m)で
重さは12,000トン

屋根と周囲を合わせた建物全体の直径は
こちらで計測してみると約250m強になる。

一方、
開閉式だが総天然芝にすることのできない
福岡PayPayドームは
屋根の直径が約212m
天然芝化については
屋根の作りの違いや
立地の関係で試合中はほぼ屋根を開けられない
といった事情も考えないといけないのだが、
内外野総天然芝を想定して屋根をつける際に
最低限必要な広さの指針の一つにはなりそうだ。


既存の球場に屋根をつける場合

次に既存の球場に屋根がつけられたケースだが、
これはベルーナドームの例を
参照するのが一番だろう。

これが現在のベルーナドーム。

ベルーナドームに屋根がつく前の
西武球場の航空写真は
残念ながらフリーの素材が出てこなかった。
なのでお手数だが
こちらのサイト
平成11年の項を見てほしい。

さてこの二つを比較したとき
屋根の存在以外に気づくことはないだろうか。
ここでポイントとしてあげたいのは
球場周囲の通路が
ほぼ屋根で覆われている点。
球場内の画像を検索してみてもわかるが、
これは屋根を支える柱が
観客席の外側に設置されている
ことを意味する。
この屋根の大きさは
直径223mだ。

そしてもう一つ、
西武球場は他の球場と比べて
球場の作りそのものが異なっている。
周囲の地形に対して
掘り下げて作られているのだ。
グラウンド自体が掘り下げられた形になっているのは
日本の球場によくある構造だが、
西武球場の場合は
丘陵地を掘って作られており、
ベルーナドームへ入場する際に
必ず登ることになる坂道も
元々あった自然の地形を利用したもの。
すなわち
のちの屋根の土台になる部分が
元から強固で高い位置に存在していた
のである。

屋根をつけるための絶対条件


これで
もともと存在していた球場全体に
屋根をつけるための絶対条件が判明した。
金ではない。土地の広さである。
メットライフ型か完全密閉ドームの場合、
球場の外側から
球場全体を覆う屋根を支えられるだけの
柱または壁を建てる必要がある。
さらに開閉式となれば、
中央部分にある広い屋根を動かし
なおかつ長い間支えておくためのスペースも必要。
特に天然芝にするなら
芝の養生のため
普段は屋根を開けておかなくてはならず、
しかもその開閉部分は
全ての天然芝区域に最大限の日光を当てられるだけの
広さを要する。
この場合も
屋根全体の半分近い重さに
日常的に耐えられるだけの強固な土台を
観客席の外側に構築しなければいけないため、
どのような形であるにせよ、
現在ある球場をドーム化する場合は
球場全体をすっぽり覆える屋根と壁を
球場のさらに外側からかぶせていくようなイメージになる。


甲子園球場の致命的な難点

ここで甲子園球場の立地を確認しよう。

球場の四方は最大で見積もっても240m程度。
長方形型にするには明らかに広さが足りない。
しかも球場の北側は
高速道路と幹線道路が隣接しており、
それ以外も道路と住宅で覆われている。
球場から車道、隣接する施設までの距離は
10mもないばかりか
北東の高速道路側にいたっては2、3mもあるかどうか。
甲子園球場は
こうした物流の動脈と住宅地とに囲まれた土地にある。
そんな甲子園球場に屋根をつけるとして、
特に開閉式屋根を増築するためにはどうするか。
高速道路に沿った屋根を作る場合だと
南東へ拡張するなら
県道340号線(甲子園筋)の次の道路付近まで、
北西への拡張では
タイガースの室内練習場、クラブハウスや
ホテル甲子園などは確実に取り潰す。
南西の場合だと
球場に沿った曲線状の道路の次の通りまで潰しても
まだ300mにすら達しない。
そしてどのような形のドーム球場にするにせよ
球場の北側にも土台を作らなければいけないので
最低でも国道43号の歩道は全て、
場合によっては阪神高速道路も
潰していくことになるだろう。
甲子園球場のドーム化とは
このような周辺地域どころか
関西圏全域や国までも巻き込んだ一大再開発になる。
当然それにかかる費用は
素人目に見ても数百億円程度で済むとは思えないし、
クラウドファンディングや
新聞社の出資で賄えるような金額にも思えない。

また「球児のための」屋根を作るだけなら
観客席を軒並み潰して
フィールドとスコアボードだけを覆う屋根を作ることも
できなくはないかもしれない。
そうなれば
高校野球にもほとんど観客を入れられなくなるので、
ドーム化を主張する著名人やライターなどは
高野連等の収益激減や高校野球人気の減少で大喜びだろうが、
それ以上に大損害を受けるのは
阪神タイガースと阪神電鉄である。

なおこの問題点は
高野連に開閉式天然芝ドームを作らせた場合も変わらない。
関西は住宅街と山が多く
野球強豪校のグラウンドも
郊外の山、森の中に確保せざるをえない状況。
また近年
関西圏をはじめとした
全国で建設計画が立てられている
立地のいい球技専用スタジアムでは
必要な土地の広さに違いがありすぎ比較にならない。
T-Mobile Parkやエスコンフィールド北海道は
パナソニックスタジアムやサンガスタジアムの
約二個分に相当するのである。


誰のため、何のための「甲子園ドーム化」なのか

甲子園球場がドーム化されない理由は
このように説明できる。
実のところ
この理由は私だけが述べているわけではなく、
Twitterを検索しても
既に何人かの人がつぶやいているものだ。
また甲子園球場へ実際に行ったことがなくとも、
周辺があまりにも密集している地図を見れば
理由を察することは不可能ではない。
そんな
わかっていれば荒唐無稽とすら言えてしまう主張を、
いくらでも検索し
理由を考えることができる大の大人が
ここぞとばかりに賛同しているのは
何とも奇妙な光景である。

だがそれ以上に引っかかるのは、
この主張が何のためになされているかだ。
これらの発言を高野連が行う、
あるいは高校野球至上主義とでも言うべき熱烈な支持者が
主張しているのであれば、
少なくとも主張と思想の一貫性という点では理解できる。
ただしこの場合だとむしろ
「高校野球人気をかさに着た高野連の傲慢」と
とらえられるだろう。
しかし「球児のため」と称してはいるものの
実際にこうした主張をするのは
普段高校野球どころか
野球にもたいして興味のなさそうな人たちが
かなりのウェイトを占めており、
しかも最初に書いたように
そのうちのほとんどは所有者の阪神電鉄ではなく
高野連や朝日新聞等への批判なのだ。
つまり
自称「球児のため」に、
あるいは高野連が憎い、朝日新聞ら新聞社が憎い、
ただそれだけの理由で
高速道路や幹線道路を寸断して
日本国内の人・物の流れを破壊し、
地域住民を住宅地から追い出せと
主張していることになるのである。
そんな恨みや政治思想などの私的な理由のために
甲子園のドーム化を主張されても、
高校球児の見逃し三振と違って
生み出されるものなど何もあるはずがないのだ。


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