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あの子にとってひまわりとは、一体なんだったんだろう。

容赦なく照りつける日差しが、夏の訪れを知らせていた。

ギギギィと濁った音を立てて、セミが木から飛び立った。重力に引っ張られて落ちていく体を、羽を動かして必死に空中へ戻す。その上下運動を何度か繰り返したあと、もう力尽きたと言わんばかりに別の木の枝葉に飛び込んでいく。着地に失敗して地面に落ちてこないか心配になって、耳に意識を集中させる……が、何も聞こえない。

緊張が解けたぼくはまたひとり、公園の中を歩き始める。


夏になるたび、思い出してしまう恋がある。いや、恋とも呼べないかもしれない。不純な動機と、不純な行為。それでも毎度思い出してしまうのはきっと、あのとき彼女から聞いた、不思議な質問のせいだ。


・・・


日曜日の午後1時、大阪・梅田の堂山町。
阪急東通商店街を150mほど抜け、左に折れた辺りにある小綺麗なホテルにぼくらはいた。


「はいこれ、誕生日おめでとう。」
「あ、、、うん。ありがとう。」


出会い系のアプリで知り合ったのが2週間前。初めて食事に行ったのが1週間前。心の距離を縮める時間をかなりすっ飛ばし、その分はやく体の距離を縮めた相手に、バースデーケーキを贈ったのは間違いだった。時期的にも、もちろん場所的にも。

彼女の反応はまさにそんな感じで、結局のところケーキはほとんど手つかずのままだった。


彼女は同い年の25歳。デニムのショートパンツ姿がまぶしい、長身の女の子。趣味はショッピング(と、プロフィールに書いてあった)。たぶん、同級生だったら友達になれていないタイプだ。いわゆる人気者グループの中心にいそうな人。学生の頃なら尻込みして話しかけることすら叶わなかっただろうけど、オンライン上でのぼくはそこそこ明るい。イケてない自分をなんとか隠し通して、この数週間やりとりを続けてきた。アプリで繋がってからは、連絡先を交換し、食事に行ってと、とんとん拍子で話が進んだ。それで終わりじゃなく今日があったんだから、少しは安心していいんだろうと思い込んでいた。



「ねぇ、今年ひまわり見た?」


枕元の照明のスイッチをカチカチと押しながら、彼女が言う。分厚い布団に包まりながらうとうとしていたぼくは、彼女の声で意識を取り戻す。鼻で息を大きく吸い込んで、頭をクリアにしてから質問に答える。


「ひまわり?今年はまだ見てないかなー。」

「ふーん、そっか。」

「急になんで?」

「ううん、聞いただけ!」


そう言うと彼女は、タオルを手に取ってシャワーへと向かった。彼女が出てきたのを確認して、ぼくも汗を流しに行く。

ホテルに入ってもうすぐ3時間。お互いに何を言うでもなく、身だしなみを整えはじめる。精算を済ませ、廊下に誰もいないことを確認してからエレベーターへ向かう。

建物を出てホテルを見上げると、都会でもこの場所だけが浮いているように見える。テーマパークのアトラクションみたいにメルヘンチックな城。きらびやかな装飾にネオンの看板。「¥3900〜」と大々的に書かれたのぼり旗。昼間に見るそれらはなぜか気まずくて、見てはいけないものを見ているような気分になる。外観や内装は違えど、この背徳感だけはどのラブホテルでも変わらないのかもしれない。

うしろを振り返るぼくとは対称的に、彼女は通って来た道を足早に戻っていく。サングラスをかけ、麦わら帽子を深々とかぶり、脇見もせずに駅を目指す。


「このあとどうする?カフェでもいく?」

「ごめん、夜予定あるんだ。」


翌日にLINEを送ったときにはもう、既読はつかない状態になっていた。通話ボタンを押しても応答がない。Googleで「LINE ブロック どうなる」と検索した結果と症状が完全に一致し、彼女にブロックされたのだと気付いた。LINEをコミュニケーションの主ツールにしているぼくたちは、ボタン一つで簡単に他人と距離を置ける。驚くほどあっさりと。

2週間前にぼくたちが出会ったアプリでも、彼女とのトーク履歴には「ユーザーが見つかりません」と表示されていた。ぼくはアプリを消去し、LINEのトーク画面で彼女の名前をスライドして連絡先も消した。


・・・


あの夏、もしも「ひまわりを見た」と答えていたら、何かが違ったんだろうか。

そんなことをぼんやり考えながら、ぼくは近くの緑地公園を歩いている。さっき自動販売機で買った600mlのアクエリアスのペットボトルを、人差し指と中指で挟むようにして持ちながら、園内にある「ひまわり畑」を目指して歩く。ペットボトルの底からこぼれ落ちた雫が、時折り右足に当たって冷たい。

彼女がどんな心境だったのか、ぼくには知る術がない。2回会って終わりと決めていたのかもしれないし、不思議な質問へのぼくの回答が、ほんとうに気に入らなかったのかもしれない。

真相はわからないままだ。でもそれで良かったと、今は思えている。ひまわりを近くで見るとそのリアルさに少しだけ怖さを感じてしまうように、距離を置いて眺める方が心地いい場合もある。


誰もいないひまわり畑では、たくさんのひまわりが空を仰いでいた。




不純な恋と、不思議な質問。

あの子にとってひまわりとは、一体なんだったんだろう。




ごくり、と音を立てて、生暖かいアクエリアスが喉を通っていった。



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こちは、yuca.さんの #お花見note への参加記事です。

いやーなんとか期日内に書けました。物語を書くことってあまりないので、思ったよりも時間がかかってしまいました。

春、夏と、お花にまつわる物語を募集してきたこちらの企画。夏は「ひまわり」をテーマに、8/15の正午まで募集されているとのことです。ぜひお盆期間にでも参加してみてはいかがでしょうか。

yuca.さん、ステキな企画をありがとうございました!

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