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ヒレカツデラックス弁当

夜勤明けの、いつもより陽射しを感じながら家路をたどる、あの「背徳感」がけっこう好きだ。

平日の空いているカフェに行く感じに似ているかもしれない。大勢の人とはちがって、自分ひとりだけが時間に縛られていないような、物語の主人公になったような気分。

自分のことを主人公だなんて思うのは、我ながらけっこうイタイ。でもイタイ自分に気がつかないほど、思考が鈍っている。何かを考えるたび、その考えが頭の中にある白いモヤを通って出てくるような感じがする。


ああ、ねむい。ああ、まぶしい。


コブクロの小さい方に似ていると言われるぼくだけど、今だけは大きい方になりたい。

サングラスをおくれ……。

いや、やっぱ身長もおくれ……。



30分前、泊まり込みの仕事を終えて会社を出たぼくは、普通電車に揺られながら自宅へ向かっていた。黒色でレザーのビジネスリュックに、着替えやお泊りグッズが入った灰色のボストンバッグ。夜勤の日はふだんよりもひとつ荷物が増えるから好きじゃない。

帰ったら洗濯しないとなぁ。それに夕食の食材を買いにも行かないとなぁ。今日は火曜日だから、あのスーパーが10%オフか。あー晩ごはん何にしようかなー。冷蔵庫には何があったっけな……。


——はっ!!寝過ごした!!!


そう思って飛び降りた駅は、最寄り駅ではなく、ひとつ手前の駅だった。

次の電車は15分後。ここから自宅まで歩いて帰るのと同じくらいの時間。駅のホームで首と体をグラグラさせて電車を待つ自分の姿を想像して、思わず眉間に皺がよる。

よし、歩こう。同じ15分だ。
歩いて帰ろう。斉藤和義。


信号待ちで足を止めるたび眠ってしまいそうになりながら、古い商店街を抜けて家まで歩く。肩からズレたリュックを両手で背負い直して、「朝ごはん、いや、もう昼ごはんか。なに食べようかなぁ。」なんて考えながら歩いていると、ふとあるお店が目についた。


それは商店街の一角の、さびれたお弁当屋さん。


黄色、というよりはくすんでマスタード色になった横長の看板に、赤色の太字で「ほっかほっか弁当」と書いてある。一瞬ぼくの知っている「ほっかほっか亭」かと思ったが、どうやら様子がちがう。チェーン店ではなさそうだ。

お世辞にもきれいとは言えない店構えは、普段のぼくならきっと恐れて近寄らない。でも今日のこの時間のぼくは少しちがう。夜勤明けの背徳感が、そっとぼくの背中を押してくれる。

店頭のショーケースには、新幹線の弁当店みたいにずらっと食品サンプルが並んでいた。焼肉弁当、野菜炒め弁当、チキン南蛮弁当、、、。どれにしようかと左から順に見ていると、トクン、と心を打つ名前の弁当があった。


ヒレカツデラックス弁当。



「ぼくのための弁当だ…!」と思った。

ロースカツほどギラギラ感はない、でもまだ現役ばりばりなんだぞ!がっつりいけちゃうんだぞ!と言わんばかりの弁当。若手と中堅の境目にいる、ぼくにぴったりの弁当。

「ヒレカツデラックス弁当、お願いします」
「あいよ、生姜焼きデラックス弁当ね」
「いえ!!ヒレカツデラックス弁当です!!!」

あぶないあぶない、ここはゆずれない。どうやら思ったよりも声が出ていないようだ。

注文を終えると、入口から筒抜けになった厨房で、ご夫婦が調理している姿が見える。奥でヒレカツを揚げるお母さんと、手前で炊飯器から白米をよそうお父さん。黒のプラスチックの容器に詰められたご飯の中央には、小ぶりな梅干しが乗っている。そこにまた弁当らしさを感じて、いっそう待ち遠しく思う。


家に着くと、着替えもままならない内に弁当を取り出した。揚げたてのヒレカツが、弁当のフタの内側を白く曇らせている。3枚のヒレカツの横には、からあげが2つと、切り込みの入った赤いウインナー、そして小袋に入ったとんかつソース。
付け合わせの煮卵とポテトサラダ、お肉の下に敷いてあるナポリタンといい、ボリュームはほんとに申し分ない。

ゴクリ、と唾を飲み込む。

よし、慌てずゆっくり、よく噛んで食べよう。ああそうだ、ご飯を食べる前に洗濯機を回しておこう。食べ終わって、洗濯物を干して、それからソファーでうとうとしよう。うん、いいプランだ。

開けかけたフタをそのままにし、洗濯機へと向かう。さて、洗濯物はーっと、、、あれ……?



ボストンバッグ、どうしたっけ……。



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