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憂いの晩杯や、立ち飲みをした夜

普通の恋愛というものをしてこなかった。
好きな人ができて、好きですって伝える。
休日に予定を合わせて、一番可愛い自分で待ち合わせをしてデートをする。
手繋いでハグして、キスして身体を重ねる。
喧嘩をして仲直りして、抱きしめあって。

そんな恋愛、なかった。

自分が好きだった人に、
「あいつ、いい奴だから付き合ってあげてよ」
そう言われたから、その友人と付き合った。

「好き」と言われたから付き合った。

今思えば妥協した恋愛しか知らなかった。
好きな人と結ばれることなんて奇跡。
そう思って生きていた。

そんな私にも、この人の前ではいつだって可愛くありたいと思う人に出会った。

私には忘れられない人がいて、忘れるべく友人の勧めでマッチングアプリを始めた。
顔出しせず、長い髪を巻いてワンピースを纏った後ろ姿の写真で、500件を超えるいいね数を叩き出した中で唯一会った人。それが彼。

待ち合わせ場所で待っていると電話がかかってきて、「もしもし」と顔をあげた先に、同じように携帯を耳に当てている彼はいた。

「初めまして、お疲れ様です。」
約束を立てた日から、緊張して何着ていこうなんて考えてたのに、なんだか知り合いにあった感覚だった。
やっと会えた。そんな感覚だった。

赤提灯の下がった飲み屋街で、梯子酒をした。
好きな食べ物、好きな音楽、休日の過ごし方、好きなタイプ、好きだった人の話、、、
初めて会ったのに初めてじゃなかったように話せるのが不思議でたまらなかった。

帰る時は雨が降っていて、私の持っていた折りたたみ傘に2人で入って駅に向かった。
2件ともご馳走になってしまったので、反対方向だった彼のホームまで送ることにした。

ちょうど目の前で電車がいってしまったので、ベンチに座って次の電車を待つことに。

「手、繋いでいい?」
そういって彼は私の手を握ってきた。安心する温かくて好きな手だった。

10分待って電車が来て、別れる時間が訪れて、
でも彼は来た電車に乗らなかった。

結局三本電車を目の前で見送って、
「絶対に手を出さないから僕の家来ない?」
そう言ってきた。

さっき初めて会った人、さっき初めましてって言った人。
なのに今その人と手を繋いでいる。
謎にホッと安心している。

「うーーん、悩む。」

私は少しだけ帰ると言うのが惜しかった。

彼は私の手を引いて、じゃあ行こうと目の前に来た電車に走って乗った。
帰り道、アイス買って帰ろうよ。なんて言いながら電車に揺られた。
お酒を飲んだらアイスで終わりたい私にとって、その些細な一言が嬉しかった。

彼の家について、お風呂を借りて、
一つしかないシングルベッドで一緒に寝た。
彼は手を繋いで、抱きしめてきた。
このままずっと抱きしめられていたいと思った。

結局一晩、隣にいた私に手を出すことはなく、
翌日彼の仕事のタイミングで家を出た。
彼は玄関先で手を振って、扉を閉めた。

雨が降っていたので彼の家にあった傘を借りて帰って、家についてから傘を乾かすのに数日広げて置いていた。

玄関を開けるたびに彼の家の匂いがして、
その度に思い出すことになった。彼の匂いが好きだった。わざとしばらく傘は閉じなかった。

次はいつ会えるんだろう、何してるんだろう。

気づけばそう考えるようになって、私は広げていた傘を閉じた。匂いは消えた。

でも考えるのはやめられなかった。

つづく。

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