左近司祥子『初級者のためのギリシャ哲学の読み方・考え方』(だいわ文庫、2017年)を読んで。
西洋哲学のはじまりはソクラテスにある。その哲学の方向を決定づけたとも言えるプラトンの思想とは何だったのか。それを知るにはプラトンの対話篇『ソクラテスの弁明』を紐解くことが求められよう。しかしいきなり『ソクラテスの弁明』を紐解こうとしても、どうしてこれを読まなければいけないのかというその前提あるいはとっかかりが必要な読者もいるのではないだろうか。本書『初級者のためのギリシャ哲学の読み方・考え方』はそのようなひとのための本である。
キャッチーなタイトルと装丁に包まれた本書はわかりやすいイラストが多く載せられていて、まじめに哲学を勉強しようと思う読者を逆に遠ざけてしまうかもしれない。しかし本書の特徴は実に丁寧なアリストテレスとプラトンの主著の読解にある。プラトンの『ソクラテスの弁明』『国家』、アリストテレスの『形而上学』『ニコマコス倫理学』を具体的に読み解いていく中で、ギリシャ哲学の誕生を始め、徳とは何か、魂とは何か、正義とは何か、幸福とは何かといった主題が読者に寄り添う仕方で明らかにされていくのである。しかも単に紹介するだけでなく、ソクラテスがプラトン以外の人々にどのように語られたのかや、プラトンとアリストテレスのそれぞれの議論の進め方そのものを丁寧に掘り下げ、その違いを明示していることが印象的である。
西洋哲学史を勉強し始めると哲学のはじまりはタレスであると説かれる。それが原理的な思考のはじまりであるからそう書かれるのであるが、どうしてそれを哲学のはじまりとするのかということから説き起こし、ギリシャ哲学から中世ヨーロッパへと移行していく期間を扱う本書は、主著の読解を通した古代哲学史とも言える。
イラストの多い啓蒙書はどうしても叙述に奥行きを欠き、痒いところに手が届かない思いをしたことのある読者もいるかもしれない。しかし本書の読解は、どうしてプラトンがそのような発想をしたのか、アリストテレスがこのように議論を進めたことにはどんな意味があるのかを丁寧に紹介してくれるので、本書を読んだ読者は自然と彼らの主著そのものを読んでみようかなと思うに違いない。哲学が過去の哲学者との終わりなき対話であるだけでなく、今を生きる私たちの生を揺さぶる力を持っていることを知らされるであろう。
ギリシャ哲学の基本的な主題を押さえていく本書はそこから哲学史を学ぼうとする読者にうってつけの本である。哲学に興味のあるすべての読者に薦めたい一冊である。