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bitter but sweet #ほろ酔い文学 短編小説

私のお酒デビューは、失恋焼け酒、部屋ヒトリ飲みだった。

小さい頃や学校に通っていた頃、父が夜、たまに同僚や後輩を家に連れてきた。
そういう文化がまだちゃんとあった時代のこと。
彼らは既にえらく酔っている。
服や肌や髪の毛が酒で臭う。
ネクタイにも世間にも縛られていない(らしい)ことを嘯くのが好きな人たち。
その中の、酒癖の悪い若い男に言葉で絡まれた夜に、酒盃に口をつける日を一日でも遅らすことを決めた。私は高校生だった。
大学に入って卒業したら、私は組織に縛られるつもりでいたから、遠くない未来に、酒と縁ができてしまうことは知っていた。

20歳の頃、最初いい子だなと思ったけれど、もうその気が無くなったと言われた。
言われたというよりは、連絡が来なくなったのは何故かと問う内に、そういう言葉が引き出された。
手を繋いだのは私にとっては舞い上がる出来事で、フェイドアウトで逃そうなんて思わなかった。
でも私は、キャッチもできていなかったその人をリリースするしかなかった。

受話器を置いた後コンビニに行き、桃色の背の低い缶を2つと、鱈が薄い紙状にされたものに細長いチーズが挟まったつまみを買ってきた。
そのつまみは父たちがよく食べていた物で、父以外の男が帰ると、居間は、男とアルコールとそのつまみの匂いに暫く支配された。
私は実はそれを、ずっと食べてみたかった。

自分の部屋に戻り、先にチーズの棒を口にした。
知っている濃い味に、枯れた魚の風味が重なった。
その後、テレビコマーシャルで一際目立っていたピンクのフィズの飲み口に唇をつけ、缶を傾けた。
ジュースみたいなようで、全然違うものだった。
強めの炭酸と初めての酒の味にむせて、中身を半分くらいパジャマと絨毯にこぼした。

(人工的)ピーチの甘さはアルコールの味を隠蔽することなどできず、胸の奥に苦みが拡がる。
マンゴーや林檎の果実にも、酸い甘いの向こうに微かな苦さがある。
わずかの酒に初めてノックされた脳に、酔いが差し込んでくる。

壁にもたれてウトウトした後、ずるずると立ち上がって大学に行った。
たまに私の引き出しや鞄をチェックしに来ていた母は、顔を顰めて窓を開け放ったことだろう。


#ほろ酔い文学

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