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生きた証【踏切の幽霊】高野和明著

「この人は何のために生まれてきたんだろうか」と考えさせられる本でした。

第169回直木賞の候補作です。
毎回候補作に選ばれた本を全部読むという試みをしていますが、今回は5冊中2冊もホラー小説が候補でした。
一瞬「夏だから?」と思ったくらいです。

確かに、踏切に女性の姿をした幽霊が出たという読者の投稿から始まった取材です。
しかし幽霊の正体を追えば追うほど、女性の生前の人生に思いを馳せるようになりました。

きっと主人公の松田法夫も同じ気持ちだったでしょう。
権力やお金を貪る人たちに踏みにじられたとしか思えませんでした。


・取材が始まってからの異変

松田の前に取材を担当してた人が、体調不良で入院することから始まります。
心霊記事あるあるなんでしょうか。

取材を始めてから松田自身にも異変が起こります。
毎日ではありませんが、同じ時間にイタズラ電話がかかってくるようになります。
しかも電話に出ると、苦しそうな女の人の声がします。

「誰かいたずら電話をかけてきたのではないか」と思います。
実際に警察にも来てもらいましたが、立ち会った警察官も声が聞こえるのに、機械が反応しないという事態になりました。

そもそも心霊記事を書くために取材をするにつれて、記事にできない事実が出てきます。
途中から「そもそも心霊記事の取材ではなくなってる」と思ったくらいです。

・名前すらわからない

駅の踏切で幽霊が見えるため、事故や自殺の線で調べる松田。
元新聞記者だったので、当時つながりがあった警察官の協力を得ながら調査を進めていきます。

事故や自殺で調べていたら、なんと殺人事件が出てきました。
不思議だったのが、犯人は捕まったものの、被害者の身元が全くわからないことです。
年齢どころか名前すらわかりません。

被害者の身元が分からないまま、裁判が進められていました。
「そんなことがあり得るのか」と疑問。

松田の上司である編集長の井沢から、「幽霊の身元を明らかにせよ」と指示がありました。

今の時代ならDNA鑑定などで見つかる可能性がありますが、当時はそういう技術もいませんでした。

名前だけではなく、その人に生きた証まで、闇に葬り去られたように見えました。

・死者が生者に伝えたいこと

話が進むにつれて、幽霊が見えるという人が増えてきました。

偽名を使って拘置所にいる犯人と接触を試みた松田。話を始めると「殺したはずなのに、あいつが歩いてる」と怯えました。

心霊写真を透視する人にも、鑑定を依頼していました。
現場での透視に立ち会いましたが、怯える人間がだんだん増えていきました。

「ここまではっきり見えるものか」と驚きました。
生きてる人に何を伝えたいのだろうかと思わずにいられませんでした。

その想いを必死に受け取ろうとしてる松田の姿を感じました。

・感想(ネタバレあり)

どこまで本当かわからないけど、裏の世界怖いと思いました。

序盤に政治家の汚職事件の話がありました。
「心霊取材と何の関係があるのか」と疑問。
しかし、取材が進むにつれて、この事件の政治家と殺された女性の関係が見えてきました。

体を売らなければならない境遇の果てに、殺された女性に思いを馳せずにいられません。
最後までこの女性の名前は分かりませんでした。

今も昔も人の尊厳や人格を踏みにじって、権力やお金を貪ってる人間が存在することを改めて感じました。

政治家の結末を見ると「自業自得」としか言えませんでした。
たくさんの人を踏みにじった天罰かと思いました。

ホラー小説というより、ある一人の人生を辿って行く話と感じました。
以前読んだ『1941年 パリの尋ね人』を思い出しました。

他の直木賞を候補作も読みたいです。

以上、ちえでした。
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