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官能エッセイ「終電」

とある駅
終電間際、
改札での光景。 


大人の恋人たち。
切なそうに別れを惜しむ二人。

ついさっきまで愛し合っていたのだろうか?

まだ身体が熱を帯びているように見える。


人目も憚らず抱きしめ合う。

キスをする。


なんども交わすキスは、

一秒も離れたくない二人の気持ちが溢れ出ているようで....



冷静で、理性ある日常を送る成熟した大人の恋人たち。


日々に忙殺される中、
愛し合う時間は悲しくなるほど短いのだろう。


殺人的なスケジュールの隙間をぬって
やっと逢えた二人は

一秒たりとも無駄にしないよう

本能だけで求め合い、
そして愛し合う。


細胞と細胞が溶け合うようなSEXは
脳がダメになってしまう。


そして、深いオーガズムを味わい、

その官能を貪るように

なんどもなんども求め合う。


そんなウタカタのあと、

待っている現実世界と
甘く官能的な世界との狭間で過ごす別れ間際の時間。


さっきから電車をなんども見送っている。

繋いだままの手、


「次の電車に乗る....」


急行を見送るたび、そう強く心に決めるのに....

その気持ちとは裏腹により いっそう強く絡める指、

心が、

細胞が

離れられない、

離れさせてくれない。



容赦無く迫る恋人たちのタイムリミット。


ぎりぎりまで触れ合う その唇は、

輪廻転生を繰り返しても また結ばれる運命だったことを遺伝子に確かめるように重ね合う。


そこにあるのは
愛し合う二人を街の喧騒や人の目から守るシールドで覆われたシェルター。


二人だけの空間にはモラルも理性もなくて。

現実世界を忘れ、
唇が離れる最後の瞬間までその切なさを味わう。

   


次の約束をせずに別れる二人。


逢えない時間に心が離れてしまわないようにと
かける魔法。



....最終電車


冷酷なアナウンスのあと

生温い空気とともに

この運行で今日の仕事を終える列車が疲れた顔をしてホームへと滑り込んでくる。


ドアに集まる人々に紛れるように

手を繋いだままの二人もそっと佇む。


現実世界に引き戻すかのようにドアの開く音がする。


疲れきった人々は

列車に飲み込まれるように中へと入って行く。


ドアが閉まる時、

聞きなれたはずのメロディが
この時ばかりはけたたましく二人を急かす。



繋いだ手、

一本、一本  離れてゆく指


最後まで絡めていた人差し指も

遂には離れてしまって


無情にもその時は訪れる。


 

ドアは閉まり

列車はゆっくりと走り出す。



ホームを二、三歩 歩く彼、

それをじっと見つめる。



「愛してる....」

ガラスの向こう側で

彼の唇が動く。



「わたしも....愛してるよ.....」

そう返す。



容赦無く加速する列車、

さっきの言葉は彼に届いたのだろうか?



電車はどんどんスピードを上げ、

二人の距離を引き離してゆくのに、
二人の心までは引き離すことは出来ない。



一人ホームの階段を降りながら、
一人列車のドアを見つめながら、


お互いを想う。 



さっきまで二人でいた世界、

 触れる肌の弾力、

湿った吐息、

甘い蜜の匂い。 


目を閉じなくても

すぐそこにあるかのように感じてしまうのだ。



ふたたび充血し、
湿り気を帯びてくる身体を抑えることも出来ず、
離れている部分だけがもどかしい。


なんども

なんども

フラッシュバックする光景。


映像を切り取るように

そっと、心に焼き付ける。



いつでも

どこでも

なんどでも

すぐに思い出せるように、


記憶の一番 浅いところに

大切に

大切にしまっておく。


家に着く頃、

彼からのメッセージ。


たった一行の言葉に込められた彼の思いに

心臓は早く脈打ち
身体が火照り出す。


愛おしく切ないその想いを抱いて

ベッドに沈み込む。



深い闇が、

怖いくらいの静寂が、

身体を包み込んでいく。



明日の朝にはこの火照りも鎮まるだろうか...


そして、切ない溜息をひとつ ついて、

眠りの沼に

落ちてい。

深く....

深く....


やがてくる朝を

少し恨みながら....





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