自由と排外主義

自由そのものは存在しない。
<〜からの自由>といふ次第で、先づは、〜に登場してゐただかないと自由は始まらない。
こんなあやふやなものを、何よりも大事だと信じて疑はない日本人は、自由の国アメリカに負けて植民地人になったからだ。
英語が話せるとわかると、バカでもヘンタイでも急に見直される日本といふ国。
戦前の日本人は、どこにあるかもわからない神武天皇陵を薩長政権がここだとした古墳を頭から信じ込んだ。
戦後の日本人は定義も出来ない自由と民主主義を信じ込んでゐる。
信じやすい、といふより、面倒なことを考へたくないのだと思ふ。みんなでまとまってゐれば、いつでも、なんとかなった歴史があるからだ。
これからもさういくとは、わたしには、思へない。多文化共生の名の下に、日本でなら「郷に入っては郷に従ふ」ことなく暮らせると見透かした移民たちが続々とやってくるだらうから。

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