猫のいる暮らし5/5

2024年3月29日
先住のくーが虹の橋を渡った。

我が家に迎え入れて14年と少しだった。

くーさんとの出会いは
猫のいる暮らし1/4に記録している。

本当に綺麗な猫だった。

以下、記録

3/16
くーの口からヨダレが大量に出ていた。
この日の深夜、妻が発見していて僕は直接見ることは無かった。

思えばこれが予兆だった。

3/17
この日も僕は立ち合う事は無かったが妻が動画を撮影してくれていた。くーの動画は立ち止まっていて確かにヨダレを垂らしているだけだった。


3/18
僕は仕事だったので普通に出勤した。
すると妻からメールでくーが痙攣していると連絡があった。痙攣はうずくまってプルプルしているだけだった。なんだろう?と思いつつ帰宅した僕もその光景を目の当たりにした。

次の日は会社を休んで病院に行った。

3/19
初回受診
血液検査など特に異常は無かった事から精神安定剤的な処方しかされなかった。医者曰く、これが脳に障害が出ているのであれば県外の大学病院でCTスキャン、頭部開口など真因を探る方法もありますが正直そこまでして治る保証は無いと言われた。

初撃的な宣告だったがある意味良心的であるとも感じた。


ここから
くーとてんかんによる本格的な介護生活が始まった。

それ以降
何時にてんかん発症してどんな症状だったかを記録を始めた。

最初は12時間置きだったが次第にその感覚が狭くなり遂に2時間置きになった。また、痙攣もうずくまってプルプルでは無く全力で暴れ出した。静止方法が分からず両脇を抱えて大暴れするくーを持っていたら妻が思わず噛まれてしまった。くーの意識が全く無い事を認識した事案の1つだった。

それと同時に発作が起こると失禁もしてしまう為、ペットシーツとオムツ、洗濯機がフル稼働となった。


3/22
また仕事を休んで
病院に連れていった。待合室でも発作が起こり獣医さんに診てもらった。この時ようやくてんかんの薬を処方してもらった。薬は約10日分。

処方した時は発作感覚が少し長くなってかなり楽になった気がした。

同時に昔子猫の時に使っていたケージを引っ張り出して急に暴れてどこか骨折してはいけないと思いフカフカ対策も施した。

久しぶりに3時間以上の睡眠が取れた気がした。

3/25
月曜日から割と安心して仕事に行きだしたものの妻からは発作状況がやはり数時間置きにあった。

発作はケージを突き破って家中走り回るほど激しいものもあればうずくまって唸るだけの場合もあって僕ら夫婦はそれなりに慣れつつ次の対策を調べていた。

3/28
仕事中に妻からの連絡が止まらなかった。
てんかん薬処方して3時間程の感覚だったのが1時間置き、どうかしたら30分置きに訪れるらしい。それは大暴れでは無く割と震えるレベルだったので何となく落ち着いたかな?ぐらいの気持ちだった。今週末(3/30)に薬も切れるのでもう少し強い薬か何か別の方法があるか相談するつもりだった。

その日僕は疲れて寝落ちしてしまった。
朧気な記憶では下の階でくーが時々唸っていた。

※パナは最初くーのてんかんを見た時にこれまでにないぐらいびっくりした顔で硬直していた。そしてそれ以降てんかん発症する度に2階に逃げてなかなか1階に降りて来なくなった。なので2階にご飯とトイレを設置する事にした。

ビビりまくるパナ

3/29
朝4時何となく目が覚めた。妙に静かだった事、もう1匹のパナがソワソワしていたこともあって胸騒ぎがあった。

1階に降りるとくーはケージの中で冷たくなっていた。

妻も殆ど寝てない日々だったので寝落ちしたらしいがそれでも階下の音を記録していた。

1時7分
それから記録が途絶えていた。

恐らく静かになった事で疲れた妻も寝てしまったんだろう。

その日会社には
「娘が他界したので弔ってきます」
と連絡を入れた。

上司から
「気を落とさないように」
と返事があった。

随分長い時間一緒にいたけど本当にこの子は綺麗だった。思い返せば1番手のかかる子でもあった。食べては吐くし、ソファはバリバリするしカーテン登ってボロボロにするし他の猫達はシバキ回すし……

でも、くーが居なかったらつまらない世界だったんだろうなと思う。

ありがとう

向こうでらんぺこをいじめないように。


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