自己勝手な消費

今日も私は他人の人生を消費した。
何も共感することも学びを得ることもなく、
自らを調整するために消化した。
まるで子供のおもちゃの様に
自分勝手の都合で消費した。
どうせすぐ忘れるのになんで消化したのだろうか。
私はこの人の気持ちなんて知らないし、
知りたくもない。
ただ、自分の感情や考えを調整したいがために使った。
きっと、自分の中には空虚な骸があって、そこに肉付けして生命を宿したいがために他人を使った。
それでもまだまだ、足りないから明日・明後日・明々後日も同じことをし続ける。
いつになれば完成するのかも知らず、ただ自分勝手の都合だけで。

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