さかのぼりレストラン
田舎とは言えない街にある小さなレストランでのお話。
食事は旅の楽しみのひとつ。
某グルメサイトを見てみると先程来る途中に見かけたレストランがオススメで出ていた。
さっそく、そのレストランへと向かった。
覗いてみると小ぢんまりとしたレストランには4人がけのテーブルが6セット。すでに常連らしい客がお酒を飲みながら食事を楽しんでいる様だ。
「8時には予約が入っていますが、それまででも大丈夫でしたら…」と言われて席に通された。今日は移動で疲れているので長居をするより、さっと食事して部屋で休みたいので十分だ。
と言っても既に午後7時を過ぎている。渡されたメニューに目を通し急いでオーダーした。
「魚介のカルパッチョ、今日のオススメスープ、そしてメインメニュー…」
旅なので久々のお酒も頼んだ。
ワインと迷いながらも急な冷え込みに冷えたカラダ。ホットの梅酒を頼んだ。
「まずは前菜のカルパッチョをつまみに楽しもう」
そんな事を想像していると出てきたのは
「デザート?!」
シェフからのサービスの様だ。「ちょっと早すぎ」と笑いながらも、ありがたく受け取った。先に食べるのも何か不思議なので、傍に置いてカルパッチョを待つ…
「シェフからのサービスでバゲットです」それはトーストしたバゲットに肉も添えられたもの。とても芳ばしく美味しい。期待が膨らむ。
そろそろカルパッチョ…
楽しみにする中、スープがサーブされた。
これもシェフのこだわりのメニューで。
「素材は何かしら?」
「この素材が当てられたら再現できるかな?」
「さつまいも?」
「この甘味は…タマネギ?」
そうこう言ううちに、メインのビーフシチュー。
「?」
とてもビーフは柔らかく煮込まれていて、すぐにほぐれる。
美味しいけど、
「で…カルパッチョは?」
全てを食べ終わった頃…
で、カルパッチョ……?
もしかして、「頼み忘れたか?」と自分達のオーダーに疑いを持ちかけた頃に、
「…あの、カルパッチョは?」
一応、店の人に申し出た。
「申し訳ありません…もう少しお待ちください」
しばらく待って、とうとうラストに
「たいへん、お待たせいたしました」とカルパッチョが登場。
艶々のオリーブをまとった新鮮な2種類の魚にイタリアンパセリと赤い香辛料、そして粗挽きの黒胡椒…
普段なら前菜で来るはずのカルパッチョ…高まる期待を焦らしながら「ラストの主役」で登場しただけあって、手間暇かけたラストメニューのカルパッチョは絶品だった。
味わいながら頂いた。
「これは?」
「私たちはちょっとずつ、時をさかのぼりながらメニューを頂いた??」
「君の名は」のフレーズをもじって、
「もしかして、私たち、さかのぼってる?!」と小声で叫びたくなった。
最初に出たのが、ラストに出るはずのデザート。
スープは良いとして、バゲット
メインメニュー
ラストがカルパッチョ?
カルパッチョって前菜のつもりだった。
お腹も脳も想像していた、「いつもの順番」という先入観。
考えている概念を逆から出てきた食事たち。
お会計して帰る時に厨房にいるシェフが忙しい手元を止めて、こちらに申し訳なさそうな笑顔で、
「すみませんでした…」と頭を下げていた。
小さな店を一人のシェフで回す中、どんどん注文する先約の常連ぽい方々のオーダーに応えながら予約客の準備に手間取った結果の順不同。
一人で客たちの気ままな注文に応えるのは難しい事だろう。
「私たちはちょっとずつ、時をさかのぼりながらメニューを頂いた??」
これは逆再生でメニューを頂いた様な特別な気持ちがした。
小さな旅のサプライズ。
懸命に店を回す店主の温かい笑顔に心まで温まって店を後にした。
もしかしたら寒いその日には冷たいカルパッチョより先に、温かいものを頂いてお腹を温めて結果的には良かったのかもしれない…
とにかく、とても美味しかった。
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