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\骨太の方針2023を読む/

2023年6月16日、「経済財政運営と改革の基本方針2023」(骨太の方針)が閣議決定されました。

構成としては「第1章 マクロ経済運営の基本的考え方」「第2章 新しい資本主義の加速」「第3章 我が国を取り巻く環境変化への対応」「第4章 中長期の経済財政運営」「第5章 当面の経済財政運営と令和6年度予算編成に向けた考え方」となっています。

第2章は「三位一体の労働市場改革」「投資の拡大と経済社会改革」「少子化対策・子ども政策」「包摂社会」「地域・中小企業の活性化」の5つのテーマが扱われています。

ここでは、1つ目の「三位一体の労働市場改革」を詳しく見ていきます。

本方針の基本的な考え方は次のとおりです。

  • 「成長と分配の好循環」と「賃金と物価の好循環」の実現の鍵を握るのが賃上げ。

  • 人手不足への対応を図りながら、人への投資を強化し、労働市場改革を進めることにより、物価高に打ち勝つ持続的で構造的な賃上げを実現する。

  • 多様な働き方の推進等を通じ、多様な人材がその能力を最大限いかして働くことで企業の生産性を向上させ、それが更なる賃上げにつながる社会を創る。

まとめると、「人への投資」「労働市場改革」「多様な働き方」で賃上げを実現し、成長と分配、賃金と物価の好循環を生み出そうというものです。

このことをさらに具体化したものが「三位一体の労働市場改革」であり、「①リ・スキリングによる能力向上支援」「②個々の企業の実態に応じた職務給の導入」「③成長分野への労働移動の円滑化」の3つで構成されます。
また、「三位一体の労働市場改革」と併せて「多様な働き方の推進」も行うとされており、この4つが労働雇用行政の基本的な骨格と言えるでしょう。

それぞれの具体的な内容を見ていきます。
なお、本方針だけでは分かりにくい部分もありますので、「新しい資本主義実現会議」にて示された令和5年5月16日付け「三位一体の労働市場改革の指針」からも引用して説明します。

「①リ・スキリングによる能力向上支援」については、

  • 企業経由が中心となっている在職者への学び直し支援策について、5年以内を目途に、過半が個人経由での給付が可能となるよう、個人への直接支援を拡充する。

  • 雇用調整助成金について、休業よりも教育訓練による雇用調整を選択しやすくする。例えば30日を超えるような雇用調整になる場合、休業の助成率は引き下げる等。

  • 雇用保険の教育訓練給付に関しては、高い賃金が獲得できる分野の補助率や補助上限を拡充する。

  • 専門実践教育訓練のデジタル関係講座数を拡大する。

  • 新たに拡充する部分については、ハローワークや民間のキャリアコンサルタントが事前に在職者へのコンサルティングと妥当性の確認を行う仕組みとする。

とされています。
雇用調整助成金については、コロナ禍において労働意欲の低下や労働市場の硬直化という副作用も指摘されており、このことも影響しているようです。

「②個々の企業の実態に応じた職務給の導入」については、

  • 中小小規模企業の導入事例も含めて職務給(ジョブ型人事)の事例を整理し、個々の企業が制度の導入を行うために参考となるよう年内に事例集を取りまとめる。

とされています。
事例集を作る前提として、なぜ職務給を導入する必要があるか、その効果や考え方について触れておきます。
問題意識としては、例えばデータサイエンス職などにおいて、日本と海外企業の賃金格差により人材流出が起こっていることがあるようです。
つまり、職務給が浸透、言い換えるとメンバーシップ型からジョブ型への転換が進めば職務ごとの賃金に差を付けられることから問題が解消されるというものです。
さらに、外部労働市場への移行も見据えていると考えられます。
メンバーシップ型ではどうしても企業固有のスキルを蓄積するため、転職先に持ち出せるスキルが少ないことや、賃金が低下しやすいという問題が生じます。
一方、ジョブ型ではこの問題が生じにくいため、③の労働移動の円滑化にもつながります。
ただし、現行の日本の雇用制度(解雇規制)の関係から、ジョブ型の仕組みが馴染まない企業や業務も多いことから、事例集程度の施策になったものと思われます。
「③成長分野への労働移動の円滑化」については、

  • 失業給付制度において、自己都合による離職の場合に失業給付を受給できない期間に関し、リ・スキリングに取り組んでいた場合は会社都合の離職の場合と同じ扱いにする。

  • 自己都合退職の場合の退職金の減額といった労働慣行の見直しに向けた「モデル就業規則」の改正や退職所得課税制度の見直し。

  • 求職・求人に関して官民が有する基礎的情報を加工して集約し、共有。キャリアコンサルタントが、その基礎的情報に基づき、働く方々のキャリアアップや転職の相談に応じられる体制の整備等に取り組む。

とされています。
最後の基礎的情報を加工・利用という部分が分かりづらいと思いますので補足します。
これは、デンマークで取り入れられている仕組みであり、政府が半年ごとに各職種の見通しを緑・黄・赤の形で明示するものです。ケースワーカー(日本のキャリアコンサルタント)は、この情報を参考に、より良い職業に移動できるよう労働者を指導するものです。ケースワーカーの経歴は様々ですが、IT技術を有している者が選ばれるという特徴があります。
「多様な働き方の推進」については、

  • 週所定労働時間20時間未満の労働者に対する雇用保険の適用拡大(2028年度までを目途に実施)

  • テレワーク推進、介護と仕事の両立支援、勤務間インターバル制度の導入促進、メンタルヘルス対策の強化、副業・兼業の促進、選択的週休3日制度の普及

  • フリーランスが安心して働くことができる環境を整備するため、フリーランス・事業者間取引適正化等法の十分な周知・啓発、同法の執行体制や相談体制の充実等

とされています。
以上が本方針等で示された内容です。
幅広にカバーできていると感じますが、1つ気になるのは、大企業と中小企業の人材獲得格差が広がってしまうのではないか…ということです。

本方針が目指すところは、一人ひとりがリ・スキリングして成長分野への移動を目指し、「ジョブ型雇用」や「多様な働き方」を導入した企業がそれらの人材を確保できる社会です。
構造的な賃上げにつながる理想の姿ですが、大企業と比べ中小企業にとっては「ジョブ型雇用」も「多様な働き方」も導入の難易度が高いといえます。
なぜなら、いずれも職務記述書を作れるレベルの業務の切り出しが求められることから、少人数体制で一人ひとりが複数の職務を行う中小企業には難しいためです。
結果、人材獲得という観点では大企業と中小企業の格差がますます広がることが懸念されます。

個人的には、これらの対策として有効な手段が、「副業・兼業」の受入れではないかと考えます。
週40時間分の仕事をジョブ型雇用で作るのが難しい企業規模でも、週1~2日分であれば業務を切り出しやすくなるためです。
中小企業にとっては、大企業で専門性を高めた人材のノウハウを活用できること、転職後の受け皿になりえることなどメリットは大きいです。

労働者にとっても、転職のハードルを下げるためには、副業や兼業を通じて実際に他の仕事を体験することが有効と考えます。
リ・スキリングをしたとしても、一方通行になりがちな転職は、何回も試せるものではなく、慎重に検討せざるを得ないためです。
その点、副業・兼業であれば、力試しを行うことができる上、副業・兼業先への転職であれば、コミュニケーションに起因する転職失敗の確率も減らすことができると思われます。

このことを促すためには、大企業側が副業を認めていくことが必要となりますが、優秀な人材流出を防ぎたい企業は二の足を踏むと思われます。
しかしながら、私自身、本業の他に色々な取組をやっていく中で、スキルや自信が付くこともあれば、本業の有難さに気付く機会も多いため、本業元の企業にとってもメリットがあると考えています。
モデル就業規則の改定だけでなく、このメリットを啓発していくことが求められます。

本方針では「副業・兼業」の取扱いはやや薄いですが、具体的な施策構築においては、副業・兼業の受け皿を増やすための視点も組み入れてほしいですね。


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