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「混沌」の美学

こんにちは、早稲田哲学カフェのあきひとです。
今月のコラムテーマは「最近美しいと思ったもの」です!
まずは僕の体験談から話していこうと思います。

僕が最近美しいと思ったものは山下洋輔トリオのジャズライブです。このライブは7月12日に小説家の村上春樹氏監修のもと、早稲田大学の大隈講堂で開かれました。運よく僕は抽選にあたり、ライブにいくことができました。当初僕は敬愛する村上春樹氏を見るためにライブへ行ったのですが、そこで披露された山下洋輔トリオの演奏に文字通りぶっ飛びました。

山下洋輔トリオのメンバー、山下洋輔(p)、中村誠一(ts)、森山威男(ds )は、日本においてフリージャズというジャンルのトップランナーとして長年活躍して来られた方々です。僕は、フリージャズはおろか、ジャズ自体もそこまで詳しくはないのですが、可能な範囲でそれがどんなものなのか説明をさせていただきます。ジャズ愛好家の皆さんはどうか温かい目で見ていてもらえると有難いです。

僕なりの理解では、フリージャズとは、理論や様式を重んじる従来の演奏形態をぶち壊すような、形式に捉われないジャズのジャンルです。彼らの演奏に譜面はなく、多くの部分が即興によって作り出されたりします。僕が山下洋輔トリオの演奏を聞いた時に一番に思い浮かんだ言葉は「混沌」です。まず森山威男氏のドラムが一つの混沌の波を生み出し、観客はその波の中で激しく揉みしだかれます。そしてその波が暫時的な完成を迎えたところで、山下洋輔氏のピアノが入ってきます。彼のピアノは既にある混沌の上にもう一つの混沌をつけ足し、会場は異様な熱と昂りに包まれていきます。そして最後にやってくるのが中村誠一氏のテナーサックス(もちろん楽曲によっては順番が違ったりしましたが)。個々の演奏だけでもそれは一つの街を破壊する重戦車のようなエネルギーを持っているのですが、それらが三つ同時に会場を包み込むとき、僕はその異様な光景を前にして呆然とするしかありませんでした。しかし、同時にあることにも気が付きました。その茫然自失の感覚には不思議にエクスタシーのような感覚も混ざっていたのです。示し合わせの整った音ではない、爆音の混沌。その圧倒的な力に翻弄されることには、言葉の言い表せないようなマゾヒスティックな快感が伴っていたのです。

僕が何より衝撃を受けたのは、個々の音は全然他の音に合わせようともせず、それぞれの完成へ向かって真っ直ぐに突き進んでいたことです。にも関わらず、集合としての彼らの音は、言いようのない心地よさを持っているのです。言うなれば、彼らが生み出していた音は、混沌を突き詰めた先にある、高次のステージの秩序なのではないかと思いました。

美しさを想像するとき、私たちはしばしば黄金比のような完成された形式や論理を思い浮かべますが、「混沌」にも美しさは宿るのです。

山下洋輔トリオのジャズライブは、僕の中でも非常に異質で、印象的な思い出となりました。フリージャズ。みなさんも興味があれば、ぜひ聞いてみてください。




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