【ストックオプション・プール】産業競争力強化法に基づく募集新株予約権の機動的な発行に関する省令案等公表・パブコメ開始
本稿のねらい
2024年7月16日、経済産業省は「新たな事業の創出及び産業への投資を促進するための産業競争力強化法等の一部を改正する法律」により改正した産業競争力強化法の省令案及び告示や指針、審査基準の案を公表し、パブコメを開始した。
その中で、ストックオプション・プールの大臣確認の対象となる、「省令要件」(産業競争力強化法第21条の19第1項)に関する「産業競争力強化法に基づく募集新株予約権の機動的な発行に関する省令(案)」(省令案)と「産競法第21条の19第1項に規定する経済産業大臣及び法務大臣の確認に係る審査基準(案)」(審査基準案)も公表された。
そこで、本稿は、省令案と審査基準案の内容を確認し、必要に応じてパブコメに繋げることを目的とする。
【参考】産業競争力強化法改正に関する記事
産業競争力強化法改正についておさらい
2024年2月16日の定例閣議案件にて「新たな事業の創出及び産業への投資を促進するための産業競争力強化法等の一部を改正する法律案(決定)」が閣議決定され、本年の第213回通常国会に提出された。
そして、上記法律案は2024年5月31日に可決・成立し、同年6月7日に公布された。ストックオプション・プールに関する施行日は「公布の日から起算して3月を超えない範囲内において政令で定める日から施行する」(附則第1条本文)とされているとおり、おそらく2024年9月1日施行と思われる(施行日を定める政令は現時点では閣議決定されていないと認識している)。
この産業競争力強化法改正には、「スタートアップがストックオプションを柔軟かつ機動的に発行できる仕組み(ストックオプション・プール)の整備(株主総会から取締役会に委任できる内容・期間を拡大)」に関する内容が盛り込まれている。
ストックオプション・プールに関する産業競争力強化法の条文は第21条の19のみである。骨格となるのは同条第1項であり、要件と効果に分けて記載すると次のとおりになる。
<要件>
設立の日以後の期間が15年未満の株式会社であること
募集新株予約権の発行に関し株主の利益の確保に配慮しつつ産業競争力を強化することに資すること(省令要件を充足すること)
上記2につき経済産業大臣と法務大臣の確認を受けること
<効果>
① 会社法第239条第1項第1号を次のとおり読み替える(太字部分)
これにより、募集新株予約権の内容のうち、権利行使価額(会社法第236条第1項第2号)と権利行使期間(同条項第4項)については、株主総会決議で定める必要がなくなり、取締役又は取締役会に決定を委任することができるようになる。
② 会社法第239条第4項を次のとおり読み替える(太字部分)
③ 会社法第239条第2項と第3項の規定は適用なし
(コメント)
以前の記事でも示したとおり、我が国の法制下において、いわゆるストックオプションプールを実現するためのネックとなっているのは、(α)募集新株予約権の権利行使価額と権利行使期間を含む募集新株予約権の内容(会社法第236条第1項)の決定を取締役会の決定に委任できない点(同法第239条第1項第1号)、(β)仮に決定を取締役会に委任できるとしても、その委任決議の効力は割当日が当該決議から1年以内の日である募集についてのみ有効である点(同条第3項)である。
産業競争力強化法第21条の19第1項(特に上記①と③)は、この(α)と(β)のいずれをも解消する。
(再掲)産業競争力強化法第21条の19第1項
産業競争力強化法第21条の19の他の条項については、以前の記事を参照のこと。
省令案・審査基準案
建付け
省令案は第1条から第5条により構成されており(全5条)、それぞれ次のような役割を担っている。
第1条:省令要件(産業競争力強化法第21条の19第1項関連)
第2条:大臣確認にかかる申請方法(同上)
第3条:ストックオプション・プール設定決議通知の相手方(同条第2項関連)
第4条:ストックオプション・プール設定決議通知の時期(同上)
第5条:ストックオプション・プール設定決議通知に準ずる措置(同上)
審査基準案は、省令要件、つまり省令案第1条第1号から第4号までの指針となるものになっている。以下、審査基準案については、省令案第1条第1号から第4号の説明の際に必要に応じて言及していくこととする。
省令案:第1条(省令要件)
上記のとおり省令案第1条は第1号から第4号までで構成されており、それぞれのポイントは次のとおりである。
第1号:「スタートアップ要件」?
イ:株主間契約において下記(1)から(3)のとおり上場又はM&A等によるExitを目指す合意(上場等合意)がある
(1)上場
(2)(3)M&A等買収
//株主間契約によくある "Exit" に関する合意(「Exit協力義務」)であり、ベンチャーキャピタルファンド等の投資家の投下資本回収の機会を確保する趣旨である
ロ:投資ファンド(LPS方式)による株式又は新株予約権の保有
ハ:残余財産分配権又は取得条項の定めがある種類株式を発行
//残余財産分配権や取得条項については、「種類株式により設定される権利の中でも、優先分配や転換請求権は、投資家のExitにおいて重要な機能を果たすことから、設定されることが特に多い。また、発行会社が強制的に種類株式を普通株式へ転換するための取得条項も、IPOをする際に種類株式を残さないために設定される」と説明される(我が国における健全なベンチャー投資に係る契約の主たる留意事項17頁)
⇛イロハいずれかの要件を満たせば足りる
//このスタートアップ要件により、単なる閉鎖的な非公開会社と区別する趣旨だと思われる。なお、これだと創業間もない段階で投資ファンド等外部ステークホルダーによる出資を受けていない会社は含まれないが、その場合は創業者の裁量でストックオプションを自由に発行できるため(ベンチャーキャピタル等の横槍は入らないため)、事実上支障はないという発想だろう
一般的に、上場又はM&A等買収により投資家が投下資本を回収できる状態にすることを "Exit" というと理解しているが(参照)、その文脈において、上場とそれ以外を区別する必要はあるのだろうか。
つまり、審査基準第1において、上場に関しては「当該株式会社の発行する株式が国内外のいずれかの金融商品取引所に上場されることに関する合意」である一方、M&Aや買収に関しては「当該株式会社が努力を行う旨の合意」とされており、義務と努力義務という区別がされているように感じる。
なお、省令案第1条第1号は「スタートアップ要件」と名付けたが、経済産業省が考える「スタートアップ」とは別物であり、一般的な意味でのスタートアップとも別物だろう。強いていえば、投資ファンドから出資を受けている要件とかになるか。
【参考】ベンチャー企業における株主間契約について
第2号:新株予約権割当先の限定
イロ:当該株式会社又はその子会社の役職員
ハ :当該株式会社に対して役務を提供する者(業務委託)
⇛申請書において表明すれば足りる
産業競争力強化法第21条の19は、法文上は「ストックオプション・プール」という言葉を用いていないものの、経済産業省の資料や2024年規制改革実施計画にもあるように、スタートアップが優秀な人材を確保しやすくする観点から「ストックオプション・プール」を実現するための条文である。
ここで、ストックオプションとは、税務上の定義では「会社が自社または子会社の従業員、役員等に対して付与する自社株式を一定の期間内にあらかじめ定められた権利行使価格で購入することができる権利」であり、会計上の定義では「自社株式オプションのうち、特に企業がその従業員等(中略)に、報酬(中略)として付与するものをい〔い、〕「自社株式オプション」とは、自社の株式(財務諸表を報告する企業の株式)を原資産とするコール・オプション(一定の金額の支払により、原資産である自社の株式を取得する権利)をいう。新株予約権はこれに該当する。」とされているように、新株予約権の割当先として自社又はその子会社の役職員が想定されている。
加えて、いわゆる税制適格ストックオプションの付与対象者も発行会社又はその子会社の役職員(租税特別措置法第29条の2第1項、同法施行令第19条の3第2項)あるいは業務委託先である社外高度人材等(中小企業等経営強化法第2条第8項)であり、やたらめったに新株予約権を割り当てることは想定されていない。
第3号:株主間契約における「新株予約権合意」
希釈化防止のためのいわゆる「オプションプール」(≠ストックオプション・プール)に関する条項を意味するものと思われるが、これが要件として定められる趣旨は、投資家に対する予測可能性を確保するためだと思われる。
第4号:株主総会における取締役の説明
実際に取締役の説明があるかどうかは関係なく、株主総会において取締役又は取締役会に対し、募集新株予約権の内容のうち権利行使価額(会社法第236条第1項第2号)と権利行使期間(同条項第4項)の決定を委任する場合において、取締役がその旨を説明する運用とされていれば足り、申請書においてその旨表明されれば問題ない(審査基準第4)。
小括:省令案第1条(省令要件)の趣旨
省令案第1条(省令要件)は、産業競争力強化法第21条の19第1項の「株主の利益の確保に配慮しつつ産業競争力を強化することに資する場合として経済産業省令・法務省令で定める要件」を受けたものであり、①株主の利益の確保に配慮することと、②産業競争力を強化することに資することの2点を含んでいる。
省令案第1条(省令要件)のうち、第1号・第2号は、スタートアップであることやスタートアップの人材活用課題を捉えるものであり、上記②産業競争力を強化することに資することを具体化する内容といえる。(筆者は、ストックオプション・プールそのものが産業競争力の強化に資すると考えているが、経済産業省としてはスタートアップが活用するストックオプション・プールでないと産業競争力の強化に資するとはいえないという考えだろう)
また、同じく第3号・第4号は、株主への不意打ちを避けるためのものであり、上記①株主の利益の確保に配慮することを具体化する内容といえる。
筆者は以前の記事において、「本改正案による提案を踏まえても、既存株主は募集新株予約権の数の上限については取締役会に委任できず、株主総会の特別決議で決定しなければならないとされているため、問題は、持株比率ではなく、権利行使価額と権利行使期間、そして委任決議の有効期間の歯止めだと思われる」とし、これについてはポリシー(社内規程)等やストックオプションの募集要項による歯止めが考えられると書いていたが、そのあたりはどうやら問題とならないらしい。
省令案:第2条(大臣確認にかかる申請方法)
産業競争力強化法第21条の19に定める経済産業大臣・法務大臣の確認(大臣確認)を受けようとする株式会社(申請者)は、様式第1による申請書を経済産業大臣・法務大臣に提出して申請する必要がある(省令案第2条第1項)。
この申請書には登記事項証明書と株主間契約等省令案第1条第1号・第3号に該当することを証する書類を添付しなければならない(省令案第2条第2項)。
申請書と添付書類の提出に代えて、電子メール等やWebサイトの閲覧による伝達等、受信者(経済産業省)がファイルへの記録を出力することにより書面を作成できるような、電磁的方法による申請が可能である(省令案第2条第5項・第6項)。
【参考】電磁的方法
経済産業大臣・法務大臣は、確認の申請を受けた場合、「速やかに」省令案第1条に照らしてその内容を審査し、次のアクションを行う(省令案第2条第7項・第8項・第10項)。
大臣確認を行う :申請受理日から原則1か月以内に様式第2による確認書を申請者に交付又は電磁的方法により提供する
大臣確認を行わない:大臣確認を行わない旨とその理由を記載した様式第3による通知書を申請者に交付又は電磁的方法により提供する
省令案:第3条・第4条・第5条(ストックオプション・プール設定決議通知の相手方・時期・通知に準ずる措置)
大臣確認を経てストックオプション・プール設定にかかる株主総会決議が行われた場合、「その後株主となろうとする者その他の経済産業省令・法務省令で定める者」(省令案第3条)に対し、当該決議があった旨を通知し(省令案第4条)、又は通知に準ずる措置(省令案第5条)を講じなければならないとされている(産業競争力強化法第21条の19第2項)。
省令案第3条(通知の相手方)
① 株主となろうとする者
② 新株予約権者となろうとする者
省令案第4条(通知の時期)
ストックオプション・プール設定決議をした株式会社が上記①②の者を知った後、「速やかに」通知しなければならない。
省令第5条(通知に準ずる措置)
通知に準ずる措置とは、ストックオプション・プール設定決議があった旨の情報を、Webサイトに掲載する方法により、不特定多数の者が提供を受けることができる状態に置く措置とされている。
この通知又は通知に準ずる措置の趣旨は、ストックオプション・プールが設定されていることを事前に認識させ不測の損害を回避させる点にあると考えるが、目的と手段の整合性が取れていないのではないかという観点から、以前の記事でも疑問を呈したところである。
つまり、スタートアップの株主になろうとする者は、(a)既存株主から株式を譲り受けるか、(b)当該スタートアップから株式又は新株予約権の第三者割当を受けるかの2つに分かれると思われる。
前者の場合、ストックオプション・プールが設定されていることは当該株式の価値に影響する以上、譲渡人である既存株主がストックオプション・プール設定決議があったことを伝える必要があると思われるが、あくまで株式売買契約の当事者間における説明義務の問題に過ぎない。仮に譲渡人から譲受人にストックオプション・プールが設定されていることが伝えられていないとしても、スタートアップには無関係である。
また、後者の場合、今後ストックオプション・プールが普及すれば投資家とのやり取りにも変化が生じ、投資判断の準備段階(DD等)においてストックオプション・プールの設定決議の有無が調査されるプラクティスが形成されることになると思われ、法律により通知等を強制(*)する必要性が問われる。
*産業競争力強化法第21条の19第2項の通知義務違反が何らかの会社法上の効力(例えば譲渡無効や引受無効)をもたらすとはされておらず(取引の安全性や債権者への配慮も必要であり、そのような効力が設けられることはないだろう)、結局のところ、契約上の責任追及を行うほかない。
そのため、ストックオプション・プールの設定決議がされているとしても、スタートアップがその旨を株主となろうとする者又は新株予約権者となろうとする者に対し通知等の措置を強制する必要性はないと思われる。
どうしても株主となろうとする者又は新株予約権者となろうとする者の不測の損害を回避したいのであれば、ストックオプション・プールの設定決議があったことを登記事項とするほかないと思われる。
この点、通知に準ずる措置として、Webサイトに掲載すれば足りるとされており(省令第5条)、これによりスタートアップ側の負担は一定軽減されるかもしれないが、そもそも通知等を求めるのはストックオプション・プールが設定されていることを株主となろうとする者又は新株予約権者となろうとする者に事前に認識させ不測の損害を回避させる点にあるのだとすれば、何ら罰則等による強制力がない通知やそれに準ずる措置ではなく、一応罰則等が用意されている登記事項とすることがベストではないだろうか。
以上
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