特例法:性転換のための生殖不能要件・外見要件(性別適合手術要件)は違憲!?

本稿のねらい


2023年10月12日の日経の記事で「性別変更の手術規定『違憲で無効』静岡家裁浜松支部」というものを見つけた。

また、先日も日経の記事で「性別変更規定、年内にも憲法判断へ 最高裁大法廷で弁論」というものを読んだばかりであった。

ある種の政策的な問題ではあるものの、上記記事で日経が「手術規定」と呼ぶ要件、つまり性別の取扱いの変更にかかる審判の要件である「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」(本特例法)第3条第1項第4号(生殖不能要件)・第5号(外見要件)の2つの要件(性別適合手術要件)は憲法適合性の問題があることから、少し検討してみた。

(性別の取扱いの変更の審判)
第3条 家庭裁判所は、性同一性障害者であって次の各号のいずれにも該当するものについて、その者の請求により、性別の取扱いの変更の審判をすることができる。
 18歳以上であること。
 現に婚姻をしていないこと。
 現に未成年の子がいないこと。
 生殖腺せんがないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること
 その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること

(性別の取扱いの変更の審判を受けた者に関する法令上の取扱い)
第4条 性別の取扱いの変更の審判を受けた者は、民法(中略)その他の法令の規定の適用については、法律に別段の定めがある場合を除き、その性別につき他の性別に変わったものとみなす。
 前項の規定は、法律に別段の定めがある場合を除き、性別の取扱いの変更の審判前に生じた身分関係及び権利義務に影響を及ぼすものではない。

性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律
※重要なことであるが性転換の効果としてはあくまで法令の適用に関してのみである
2023年10月12日筆者作成

なお、本稿のうち特にドイツに関する部分は、藤戸敬貴(国立国会図書館 調査及び立法考査局行政法務課)「性同一性障害者特例法とその周辺」(藤戸文献)を参考としている。

ちなみに、欧州の状況は"RAINBOW EUROPE"に詳しい。

RAINBOW EUROPE
※赤枠部分の要件が本件では重要

性別適合手術要件の趣旨


そもそも本特例法は2003年(平成15年)の第156回国会(常会)において議員立法として参議院法務委員会に提出され、衆参両院を全会一致により可決・成立した議員立法である(参議院ウェブサイト)。

その提出理由等は次のとおりである。

性同一性障害は、生物学的な性と性の自己意識が一致しない疾患であり、性同一性障害を有する者は、諸外国の統計等から推測し、おおよそ男性3万人に1人、女性10万人に1人の割合で存在するとも言われております。
性同一性障害については、我が国では、日本精神神経学会がまとめたガイドライン(①)に基づき診断と治療が行われており、性別適合手術も医学的かつ法的に適正な治療として実施されるようになっているほか、性同一性障害を理由とする名の変更もその多くが家庭裁判所により許可されているのに対して、戸籍の訂正手続による戸籍の続柄の記載の変更はほとんどが不許可(②)となっております。
そのようなことなどから、性同一性障害者は社会生活上様々な問題を抱えている状況にあり、その治療の効果を高め、社会的に不利益を解消するためにも、立法による対応を求める議論が高まっているところであります。

提出理由等
※太字・①②は筆者

①:「性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン第4版改」
②:東京高決平成12年2月19日第53巻1号79頁

そのほか、立法時には、法務委員会や議会において、例えば性別の取扱いの変更にかかる審判の要件についての趣旨説明等はされていない。

詳細は、本特例法を参議院法務委員会に提出した南野知恵子議員監修の「『解説』性同一性障害者性別取扱特例法』」(筆者は未読)又はこれを引用しつつ説明を加える藤戸文献を参照されたいが、本件で問題としている性別適合手術要件について藤戸文献の内容を紹介する。

«生殖不能要件»

①元の性別の生殖機能によって子が生まれることで様々な混乱や問題が生じかねないこと、②生殖腺から元の性別のホルモンが分泌されることで何らかの身体的・精神的な悪影響が生じる可能性を否定できないこと、を理由とする。

生殖不能要件に対しては、子が生まれた場合の「混乱や問題」が具体的に何を指すのかが明確ではないとの指摘があるほか、いわゆる「リプロダクティブ・ライツ」(性と生殖に関する権利)の観点から批判がある。

藤戸文献6頁

«外観要件»

公衆浴場の問題等、社会生活上の混乱が生じる可能性が考慮されたものであるとされる。

この点について、公衆浴場等の問題は、そもそも法的な性別の問題とは関係がないのではないかとの指摘がある。 また、外観要件及び4で述べた生殖不能要件に関連して、ホルモン療法、乳房除去、性別適合手術等の身体的治療を要求することは、①性別変更を望む性同一性障害者にとって身体的・経済的な負担が大きい、②本来的には身体的治療を望んでいないにもかかわらず性別変更のために身体的治療を受けてしまうことがあるのではないか、等の指摘がある。

藤戸文献7頁

これらの趣旨については、藤戸文献にもいくつか紹介されているように、趣旨不明というか意味不明であり、本特例法案の提出理由と要件がまったく整合的ではないと思われるが、とりあえず以下では、以上を前提に、特に生殖不能要件についての憲法適合性を判断した最決平成31年1月23日集民第261号1頁(平成31年決定)を検討する。

ちなみに、2018年1月に改訂された「性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン第4版改」本ガイドライン)では、生殖不能要件と外観要件を満たすためには性別適合手術しかないとされている。(なお、本ガイドラインが引用するDSM-Ⅳは2023年9月にDSM-Ⅴ-TRとなり、またICD-10も2022年1月にICD-11となっている)

現在のところ、この4ならびに5の規定(筆者注:生殖不能要件と外観要件)を満たすには、唯一性別適合手術を受ける以外に他の治療法だけでこの規定を満たすことは不可能である。このことから現段階では、特例法は戸籍上の性別変更の条件として、性別適合手術を前提としていることになる。

本ガイドライン8頁

冒頭で触れた年内にも最高裁大法廷の決定が出される可能性がある事案では、申立人側は本特例法第3条第1項第4号や第5号の「規定には『手術』の文言はなく、要件を満たすかは手術の有無でなく事案ごとに柔軟に判断されるべきだと強調」しているとのことで、ホルモン療法を指すのだろう。

本ガイドラインでも、MtoFとFtoMのいずれにおいても、ホルモン療法と性別適合手術のいずれかあるいはそのすべてを選択でき、どの治療をどの順番で行うかを検討するとされており(本ガイドライン20頁)、性別適合手術に限る必要はなさそうに思える。

過去の判例(平成31年決定)


平成31年決定の事案がどのような事案かは調べられていないが、結論として、本特例法第3条第1項第4号の生殖不能要件を「現時点では、憲法13条、14条1項に違反するものとはいえない」と合憲判断を行った。

«法廷意見»

本件規定(筆者注:生殖不能要件)は、性同一性障害者一般に対して上記手術を受けること自体を強制するものではないが、性同一性障害者によっては、上記手術まで望まないのに当該審判を受けるためやむなく上記手術を受けることもあり得るところであって、その意思に反して身体への侵襲を受けない自由を制約する面もあることは否定できない

もっとも、本件規定は、当該審判を受けた者について変更前の性別の生殖機能により子が生まれることがあれば、親子関係等に関わる問題が生じ、社会に混乱を生じさせかねないことや、長きにわたって生物学的な性別に基づき男女の区別がされてきた中で急激な形での変化を避ける等の配慮に基づくものと解される。

これらの配慮の必要性、方法の相当性等は、性自認に従った性別の取扱いや家族制度の理解に関する社会的状況の変化等に応じて変わり得るものであり、このような規定の憲法適合性については不断の検討を要するものというべきであるが、本件規定の目的、上記の制約の態様、現在の社会的状況等を総合的に較量すると、本件規定は、現時点では、憲法13条、14条1項に違反するものとはいえない。

このように解すべきことは、当裁判所の判例(最高裁昭和28年(オ)第389号同30年7月20日大法廷判決・民集9巻9号1122頁、最高裁昭和37年(オ)第1472号同39年5月27日大法廷判決・民集18巻4号676頁、最高裁昭和40年(あ)第1187号同44年12月24日大法廷判決・刑集23巻12号1625頁)の趣旨に徴して明らかというべきである。

平成31年決定
※憲法問題への回答としては0点というところだろう

«補足意見»

性別は、社会生活や人間関係における個人の属性の一つとして取り扱われているため、個人の人格的存在と密接不可分のものということができ、性同一性障害者にとって、特例法により性別の取扱いの変更の審判を受けられることは、切実ともいうべき重要な法的利益である。

性別適合手術による卵巣又は精巣の摘出は、それ自体身体への強度の侵襲である上、外科手術一般に共通することとして生命ないし身体に対する危険を伴うとともに、生殖機能の喪失という重大かつ不可逆的な結果をもたらす。このような手術を受けるか否かは、本来、その者の自由な意思に委ねられるものであり、この自由は、その意思に反して身体への侵襲を受けない自由として、憲法13条により保障されるものと解される。上記1でみたところに照らすと、本件規定は、この自由を制約する面があるというべきである。

本件規定の目的については、(中略)性別の取扱いの変更の審判を受けた者について変更前の性別の生殖機能により子が生まれることがあれば、親子関係等に関わる問題が生じ、社会に混乱を生じさせかねないことや、長きにわたって生物学的な性別に基づき男女の区別がされてきた中で急激な形での変化を避ける等の配慮に基づくものと解される。

しかし、性同一性障害者は、前記のとおり、生物学的には性別が明らかであるにもかかわらず、心理的にはそれとは別の性別であるとの持続的な確信を持ち、自己を身体的及び社会的に他の性別に適合させようとする意思を有する者であるから、性別の取扱いが変更された後に変更前の性別の生殖機能により懐妊・出産という事態が生ずることは、それ自体極めてまれなことと考えられ、それにより生ずる混乱といっても相当程度限られたものということができる。(中略)

以上の社会的状況等を踏まえ、前記のような本件規定の目的、当該自由の内容・性質、その制約の態様・程度等の諸事情を総合的に較量すると、本件規定は、現時点では、憲法13条に違反するとまではいえないものの、その疑いが生じていることは否定できない

世界的に見ても、性同一性障害者の法的な性別の取扱いの変更については、特例法の制定当時は、いわゆる生殖能力喪失を要件とする国が数多く見られたが、2014年(平成26年)、世界保健機関等がこれを要件とすることに反対する旨の声明を発し、2017年(平成29年)、欧州人権裁判所がこれを要件とすることが欧州人権条約に違反する旨の判決をするなどし、現在は、その要件を不要とする国も増えている。

平成31年決定(鬼丸かおる・三浦守裁判官補足意見)

このように、平成31年決定鬼丸かおる・三浦守裁判官補足意見は、性同一性障害者(※WHOのICD11をはじめ"disorder"ではなく"incongruence"と呼称するようになっていることは認識しているが、本稿では平成31年決定の原文や本特例法に従う。以下同じ)にとって、日本国憲法第13条により保障される手術を受けるかどうかの自由を、公的な場面における性別の取扱いの変更という「重要な法的利益」を得るためには「強度な侵襲」を伴う手術を要するとすることで事実上制約しているにもかかわらず、①可能性の問題としてあり得る程度の親子関係の問題や②極めて抽象的であるし戸籍上の性別を変えたところで何の混乱が生じるのか何ら説明がないまま社会秩序の2点のみを理由に当該制約を正当化するという荒業をやってのけた(入力と出力が整合しなすぎて何らかのバグを疑う)。

法廷意見よりはマシであるが、これでは憲法問題として及第点は難しいだろう(まったくロジカルではない)。

さはさりとて、筆者としても、いわゆる3段階審査でいうところの1段階目、つまり公的な場面における性別の取扱いの変更を求める権利が憲法上保護されるべき権利なのかどうかはあまり自信がないが、アイデンティティに関する部分であり個人の人格と密接不可分であること(最判令和5年7月11日令和5判決〕参照)、また少なくとも同性婚が認められていない現在の我が国において、仮に自認する性と異なる性の人と婚姻関係を結ぼうと思えば、おのずから公的な場面における性別の取扱いの変更が必要となるのであって、自己決定権(日本国憲法第13条)に関するのみならず、婚姻の自由(同法第24条)にも関係し得ることから、肯定と考えて、以下に進む。

(参考:WHO Statement

According to international and regional human rights bodies and some constitutional courts, and as reflected in recent legal changes in several countries, these sterilization requirements run counter to respect for bodily integrity, self-determination and human dignity, and can cause and perpetuate discrimination against transgender and intersex persons (15, 64, 140, 141–146).

Discrimination on the basis of gender identity has been recognized by international human rights bodies as a human rights violation.
Human rights bodies have condemned the serious human rights violations to which transgender and intersex persons are subjected and have recommended that transgender and intersex persons should be able to access health services, including contraceptive services such as sterilization, on the same basis as others: free from coercion, discrimination and violence. They have also recommended the revision of laws to remove any requirements for compulsory sterilization of transgender persons (39, para 21; 163, para 32; 164; 165; 166).

WHO"Eliminating forced, coercive and otherwise involuntary sterilization"8頁

(参考:ICD-11.17 Conditions related to sexual health

HA60 Gender incongruence of adolescence or adulthood
Parent
Gender incongruence
Description
Gender Incongruence of Adolescence and Adulthood is characterised by a marked and persistent incongruence between an individual's experienced gender and the assigned sex, which often leads to a desire to ‘transition’, in order to live and be accepted as a person of the experienced gender, through hormonal treatment, surgery or other health care services to make the individual's body align, as much as desired and to the extent possible, with the experienced gender. The diagnosis cannot be assigned prior the onset of puberty. Gender variant behaviour and preferences alone are not a basis for assigning the diagnosis.

ICD-11

過去の参考判例(令和3年決定・令和5年判決)


本件を考える上で、重要な判例が2つある。

(1) 最決令和3年11月30日集民第266号185頁(令和3年決定)

1つ目は本特例法第3条第1項第3号のいわゆる「子なし要件」の憲法適合性が争われた最決令和3年11月30日集民第266号185頁(令和3年決定)である。

この法廷意見は赤点であるが、注目すべきは宇賀裁判官反対意見である。

令和3年決定は、性別の取扱いの変更にかかる審判を求めた当事者が既に医療的措置により身体的にも社会的にも男から女に転換していたところ、未成年の子がいたため審判を受けられなかった事案に関する判断であり、性別適合手術要件の憲法適合性について判断したものではないが、考え方は参考になる。

«宇賀裁判官反対意見»

もし、生まれつき、精神的・身体的に女性である者に対して、国家が本人の意思に反して「男性」としての法律上の地位を強制し、様々な場面で性別を記載する際に、戸籍の記載に従って、「男性」と申告しなければならないとしたならば、それは、人がその性別の実態とは異なる法律上の地位に置かれることなく自己同一性を保持する権利を侵害するものであり、憲法13条に違反することには、大方の賛成が得られるものと思われる。(中略)

性別の取扱いの変更の審判を申し立てる時点では、未成年の子の親である性同一性障害者は、ホルモン治療や性別適合手術により、既に男性から女性に、又は女性から男性に外観(服装、言動等も含めて)が変化しているのが通常であると考えられるところ、未成年の子に心理的な混乱や不安などをもたらすことが懸念されるのは、この外観の変更の段階であって、戸籍上の性別の変更は、既に外観上変更されている性別と戸籍上の性別を合致させるものにとどまるのではないかと考えられる。親が子にほとんど会っておらず、子が親の外観の変更を知らない場合や、子が親の外観の変更に伴う心理的な混乱を解消できていない場合もあり得るであろうが、前者の場合に子に生じ得る心理的混乱、後者の場合に子に生じている心理的混乱は、いずれも外観の変更に起因するものであって、外観と戸籍上の性別を一致させることに起因するものではないのではないかと思われる。(中略)

3号要件を設ける際に根拠とされた、子に心理的な混乱や不安などをもたらしたり、親子関係に影響を及ぼしたりしかねないという説明は、漠然とした観念的な懸念にとどまるのではないかという疑問が拭えない。(中略)

3号要件は、憲法13条で保障された前記自己同一性を保持する権利を制約する根拠として十分な合理性を有するとはいい難いように思われる。未成年の子の福祉への配慮という立法目的は正当であると考えるが、未成年の子がいる場合には法律上の性別変更を禁止するという手段は、立法目的を達成するための手段として合理性を欠いているように思われる。

したがって,特例法3条1項3号の規定は、人がその性別の実態とは異なる法律上の地位に置かれることなく自己同一性を保持する権利を侵害するものとして、憲法13条に違反すると考える。

令和3年決定(宇賀裁判官反対意見)

要するに、仮に未成年の子に心理的な混乱・不安をもたらし親子関係に(悪)影響を及ぼす可能性があることが子の福祉の観点から問題であるとして、本特例法第3条第1項第3号の子なし要件を設けたとしても、そもそも未成年の子にそのような混乱等を与える可能性があるのは、親の外見の変化等であり、戸籍の性別が変更されたことによるものではない

そのため、子なし要件を設けることで性別の取扱いの変更にかかる審判が認められないという自己同一性保持権を制約することに合理的な理由がない。

極めて論理的であり、納得のいく説明だと思われる。

立法者や平成31年決定・令和3年決定の各法廷意見は、本特例法第3条第1項による審判の効果、つまり同法第4条の効果を過大に見積っていると言わざるを得ない。

冒頭で少し触れたように、本特例法第4条の効果は、あくまで法令の適用において自認する性として扱われる、特に新戸籍の編製(戸籍法第20条の4)や自認する性の異性との婚姻が可能になるといった、社会一般とはまったく無関係に公権力に対して自認する性として扱ってもらう(自認していない性で扱われない)ことに主眼がある。

つまり、本特例法による性別の取扱いの変更にかかる審判により性別が変更となっても、基本的に、第三者は戸籍の閲覧等ができないのであり、これだけでは他者、それも不特定多数の他者との衝突など起こるはずがない。

仮に、英国やドイツの制度下で求められるような”容易”な要件、つまり性別適合手術を経ずに別の性別に転換できるとしても、あくまで法的に別の性別として扱われるに過ぎない。

それゆえ、社会的な意味で別の性別として扱われることの保障はどこにもない(性自認に対する侮辱等が不法行為に当たりうるのは別論である)。

社会一般との接点を持つ場合、そこには、当然、生物学的及び心理的にも男又は女という他者が存在するのであり、その他者の利益と衝突する場面においては、適切な利益調整が図られる必要がある。

本特例法の世界と社会一般の世界を区別して考えないから意味不明なことになるのである。

2023年10月13日筆者作成

(2)最判令和5年7月11日(令和5年判決)

令和5年判決は、性同一性障害(Male to Female)である旨の医師の診断を受けているものの性別適合手術は受けていない原告が、国家公務員法第86条の規定により、人事院に対し、職場のトイレの使用等に係る行政措置(執務階やその上下階の女子トイレの利用許可等)の要求をしたところ、いずれの要求も認められない旨の判定を受けたことから、国を相手に、判定の取消しや慰謝料の支払いを求めた事案である。

その意味で、令和5年判決は、(たまたま性同一性障害者の職場が官公庁であったことから)対公権力であることに加え、生物学的及び心理的にも女である他者との衝突が生じ得るものであり、性別適合手術要件の憲法適合性を考える上でも重要な示唆があると思われる。特に後者の、生物学的及び心理的にも女(男)である他者との衝突可能性については、後記のとおりいわゆる保守層からの反対意見もあることから重要な視点である。

«渡邉裁判官補足意見»

性別は、社会生活や人間関係における個人の属性として、個人の人格的な生存と密接かつ不可分であり、個人がその真に自認する性別に即した社会生活を送ることができることは重要な法益として、その判断においても十分に尊重されるべきものと考える。

もっとも、重要な法益であっても、他の利益と抵触するときは、合理的な制約に服すべきことはいうまでもなく、生物学的な区別を前提として男女別トイレを利用している職員に対する配慮も必要であり、したがって、本件についてみれば、トランスジェンダーである上告人と本件庁舎内のトイレを利用する女性職員ら(シスジェンダー)の利益が相反する場合には両者間の利益衡量・利害調整が必要となることを否定するものではない。(中略)

性的マイノリティに対する誤解や偏見がいまだ払拭することができない現状の下では、両者間の利益衡量・利害調整を、感覚的・抽象的に行うことが許されるべきではなく、客観的かつ具体的な利益較量・利害調整が必要であると考えられる。

令和5年判決(渡邉裁判官補足意見)

«宇賀裁判官補足意見»

結論として、本件判定部分は、本件の事実関係の下では、人事院の裁量権の行使において、上告人がMtFのトランスジェンダーで戸籍上はなお男性であることを認識している女性職員が抱くかもしれない違和感・羞恥心等を過大に評価し、上告人が自己の性自認に基づくトイレを他の女性職員と同じ条件で使用する利益を過少に評価しており、裁量権の逸脱があり違法として取消しを免れないと思われる。

令和5年判決(宇賀裁判官補足意見)

いずれにせよ、令和5年判決は、経済産業省内という"閉鎖空間"における他者との衝突が問題となった場面であり、だからこそ、性同一性障害者の個別の事情(10年以上女性ホルモンの投与を受けていること、性同一性障害者であることの"カミングアウト"をし、職員説明会の開催への同意をしたことなど)や同じ職場で働く他者の事情を具体的に考慮することができた。

つまり、個対個の関係に落とし込むことができ、それにより、性同一性障害者と同じ職場で働く他者が被る不利益が漠然とした不安感・警戒心・羞恥心といった抽象的なものに過ぎないのに対し、性同一性障害者が被る不利益が極めて重大であることが判断できた。

他方で、不特定多数者が利用する空間の場合、個対個ではなく個対社会又は個対制度という対立構造となり、特に、更衣室・トイレ・浴場等第三者に対して一定程度無防備となる空間においては、その利用者の物理的・心理的な安全性が特に重視されるだろう。そうした安全性が確保されなければ、そこを利用する者が減少するなどし事業者としても立ち行かなくなる。

第4条 営業者は伝染性の疾病にかかつている者と認められる者に対しては、その入浴を拒まなければならない。但し、省令の定めるところにより、療養のために利用される公衆浴場で、都道府県知事の許可を受けたものについては、この限りでない。
第5条 入浴者は、公衆浴場において、浴そう内を著しく不潔にし、その他公衆衛生に害を及ぼす虞のある行為をしてはならない
 営業者又は公衆浴場の管理者は、前項の行為をする者に対して、その行為を制止しなければならない。

公衆浴場法

静岡家裁浜松支部の決定


冒頭の日経の記事によれば、次のような指摘をしたようである。

決定は規定について、社会の混乱や急激な変化を防ぐ目的があり「一定の合理性を有する」としながらも、必要性は「社会状況の変化で変わりうる」と指摘。性別変更制度の定着や生殖不能を条件としない海外の動向のほか、LGBTなど性的少数者らへの理解増進法が6月に施行したことにも言及し、「特例法の施行時と比べ、配慮の必要性は相当小さくなってきている」とした。

その上で、意思に反して手術を強いる規定は「もはやその必要性、合理性を欠くに至っている」として、憲法違反で無効と結論付けた。

日本経済新聞「性別変更の手術規定『違憲で無効』静岡家裁浜松支部

下記のとおり、理由付けは異なるが、結論は筆者の考えと同じである。

(社会の混乱や急激な変化とはなんだろうか?戸籍が変わるだけなのに)

私見


筆者は、社会の状況の変化とか海外の情勢とかは関係なく、本特例法制定当時から、性別適合手術要件は過大な要件であり、目的と手段の合理的な関連性は見出だせないことから、日本国憲法第13条に違反し違憲であったと考える。(※)

※ 誤解なきように断っておくが、筆者としては、別にどちらでもいいのだが、普通に考えると違憲ではないかという意見である。

これまで述べてきたように、本特例法第4条の効果は、あくまで対公権力との関係で、法的には自認する性として扱ってもらうよう求める、あるいは自認していない性で扱わないよう求めることができるようになるに過ぎず、それを制約する必要性は何もないと思われる(他人からすればその人が戸籍上男でも女でもどうでもいい)ことに加え、社会混乱を防止するなどという抽象的かつ的外れな目的との兼ね合いで一定の身体への侵襲を伴う医療的措置が必要となるという重すぎる制約は、まったくバランスが取れていない。(必死で見えない敵と闘っているように見える)

なお、公権力関係で唯一(?)問題となるのが公衆浴場かと思われる。

この点、性別適合手術を要件としない英国でも、関連の懸念はあるようだが、合理的な範囲での区別であれば明確に問題ない旨が示されている。英国の"the Gender Recognition Act 2004"のほか"the Equality Act 2010"が関係するためややこしいものの、性同一性障害者以外の人々の利用に不利益が生じる場合など合理的な理由があるのであれば、その目的達成に必要最低限の利用制限等は認められている。

UK gov"Gender Recognition Act What People Said"15頁

Gender reassignment
28(1) A person does not contravene section 29, so far as relating to gender reassignment discrimination, only because of anything done in relation to a matter within sub-paragraph (2) if the conduct in question is a proportionate means of achieving a legitimate aim.
(2)The matters are—
(a)the provision of separate services for persons of each sex;
(b)the provision of separate services differently for persons of each sex;
(c)the provision of a service only to persons of one sex.

the Equality Act 2010 
UL gov "Factsheet: Trans people in the UK"2頁

また、藤戸文献においても次のような記載があるが、もっともであり、やはり多くの人が本特例法第4条の効果を過大に見積っているとしか思われない。

「公衆浴場の入場の問題は、戸籍上の性別ではなく、性別適合手術前(プレ・オペラティブ)か、手術後(ポスト・オペラティブ)かという、現在でも生じる問題である。」(渡邉 前掲注(48), p.67.)
「公衆浴場の利用に限って言えば、当事者の利用マナーと周囲への啓発によって解決するのが本筋であり、仮に国や自治体の判断が必要だとしても、戸籍や住民票を根拠とするよりも、浴場や利用者に対して、実態に即した指針を提示するのが筋だと言えるでしょう。」(針間ほか 前掲注(44), p.127.(野宮亜紀執筆))

藤戸文献7頁脚注53

生物学的には男であるが性自認としては女である性同一性障害者のうち、性別適合手術を経ていない者が、公権力に対して法的に女として扱えと求めることはできても、例えば、女用のサービスを運営している事業者に対しても同様に女として扱えと求めることは必ずしもできない。当該事業者にも契約の自由はあり、もちろん不当な差別等による契約拒否は不法行為を構成し得るが、他の利用者との間で問題が生じたりすることを理由に契約拒否を行うことは必ずしも不合理とはいえない。

(参考:公衆浴場と入場・入浴拒否の裁判例)
札幌地判平成14年11月11日

そのため、下記のような「全ての女性の安心・安全と女子スポーツの公平性等を守る議員連盟」による法務大臣への申入れなどは杞憂も杞憂である。本特例法の効果を勘違いしている。

性別変更のために適合手術を要件とする性同一性障害特例法について合憲性を判断するための最高裁弁論が控える中、仮にこれを不要とする判断がなされた場合、男性機能を持った「自称女性」が女性スペースに入ったり、戸籍制度が影響を受けたりする懸念を伝えました。

柴山昌彦衆議院議員オフィシャルウェブサイト

共同代表の片山さつき参院議員は会合後、記者団に「(女性トイレなど)女性スペースへの立ち入りについて、(性別の)外的要件がわからなくなってしまうと、(立ち入りの是非の)判断ができなくなる」との認識を示した。

読売新聞
※外的要件など性同一性障害者以外でもわからない場合があるではないか

なお、令和5年判決の事案のようなこと含めて懸念があるのかもしれないが、上記のとおり、これは特殊な事案であり、不特定多数者が立入り、使用することのない、”閉鎖空間”における判断である。

令和5年判決の渡邉裁判官補足意見でも次のとおり示されている。

トイレの利用に関する利益衡量・利害調整については、確かに社会においてこれまで長年にわたって生物学的な性別に基づき男女の区別がなされてきたことやそのような区別を前提としたトイレを利用してきた職員に対する配慮は不可欠であり、また、性的マイノリティである職員に係る個々の事情や、例えば、職場のトイレであっても外部の者による利用も考えられる場合には不審者の排除などのトイレの安全な利用等も考慮する必要が生じるといった施設の状況等に応じて変わり得るものである。したがって、取扱いを一律に決定することは困難であり、個々の事例に応じて判断していくことが必要になることは間違いない。 

令和5年判決(渡邉裁判官補足意見)

どうしても気になるのであれば、本特例法第2条・第3条第2項の医師の診断についてより一層厳格にすることが考えられるが、現時点でも2人以上の医師の診断が必要とされており、「性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン第4版改」(本ガイドライン)等による診断方法が一般に適切と認められるのであれば、それ以上厳格にする必要もないと思われる。結局は医師の診断の適格性にかかってくることになる。

(定義)
第2条 この法律において「性同一性障害者」とは、生物学的には性別が明らかであるにもかかわらず、心理的にはそれとは別の性別(以下「他の性別」という。)であるとの持続的な確信を持ち、かつ、自己を身体的及び社会的に他の性別に適合させようとする意思を有する者であって、そのことについてその診断を的確に行うために必要な知識及び経験を有する2人以上の医師の一般に認められている医学的知見に基づき行う診断が一致しているものをいう。

(性別の取扱いの変更の審判)
第3条 
 前項の請求をするには、同項の性同一性障害者に係る前条の診断の結果並びに治療の経過及び結果その他の厚生労働省令で定める事項が記載された医師の診断書を提出しなければならない。

本特例法

本ガイドラインでは、①ジェンダー・アイデンティティの判定(養育歴・生活史・性行動歴に関する本人又は関係者のヒアリング、DSM-Ⅳ-TRやICD-10を参考に性別違和の実態調査)、②身体的性別の判定、③除外診断を総合的に考慮して、身体的性別とジェンダー・アイデンティティが一致しないことが明らかであれば性同一性障害(本特例法第2条)と診断するとされている(本ガイドライン13-15頁)。本ガイドラインを読む限りにおいて、特に重要なのは①のジェンダー・アイデンティティの判定である。

この医師2人による判定に疑義が残るというのであれば、ホルモン療法等(手段は問わない※)により、令和5年判決が摘示しているように「性衝動に基づく性暴力の可能性は低い旨の医師の診断」を求めることは考えられるところだが、これはおそらくMtoF(Male to Female)の場合にのみ問題となるように思われ、そこにはFtoM(Female to Male)の場合との日本国憲法第14条の問題を生じさせることになる。

※ 手段決め打ちは悪法である。手段が目的化する上、医療等技術の発展に付いていけなくなるためである。技術的中立性が必要。

あるいは、英国のように、過去最低2年間は別の性として過ごしていたことの証明を求めることも考えうるが、英国でもこの要件の撤廃が行われる可能性があり(例えば"Gender Recognition Act Reform: consultation and outcome")、そもそもなぜ2年間なのかも不明であることやどのように証明するのかも不明であるなど、問題点が多いように思われる。

ただし、英国のように、一度本特例法により性別の取扱いの変更にかかる審判があった後は、生涯、変更後の性別として生きなければならないようにして、コロコロと性別の転換を認めないような建付けとはするべきである。

一方で、英国やドイツのように、一度きりとはいえ"容易"に性転換が可能となると、「性別」は本人の意思や努力で変え難いからこそ日本国憲法第14条第1項列挙事由として厚く保護するという見解もあるところ、その土台を揺るがすことにもなる。これが今後の憲法論にどのように影響するのか(しないのか)は興味深い。

第14条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

日本国憲法

以上

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