法制審議会家族法制部会:親子に関する問題③要綱案の取りまとめに向けたたたき台!?(養育費)
本稿のねらい
前回の記事で、2023年8月29日に法制審議会家族法制部会において、第30回会議が開催され(法務省ウェブサイト)、そこで「家族法制の見直しに関する要綱案の取りまとめに向けたたたき台(1)」(要綱案たたき台)が示されたことを紹介した。
そこでは、要綱案たたき台のうち、特に重要度が高いと思われる「第1 親子関係に関する基本的な規律」と「第2 親権及び監護等に関する規律」(共同親権)について説明した。
本稿では、要綱案たたき台のうち、「第3 養育費等に関する規律」について説明を行う。「第4 親子交流に関する規律」は次回。
なお、本稿執筆時点でも、直近で養育費や面会交流について扱った家族法制部会第29回の議事録は公開されていないため、議論の趨勢は不明である点には留意のこと。
ちなみに、家族法制部会第29回の議事速報によれば、次のような意見があったとのことである。
この家族法制部会第29回会議までを踏まえて、要綱案たたき台「第3 養育費等に関する規律」が作成されたものと思われるため、以下では、要綱案たたき台やその補足説明に加え、部会資料24・部会資料29を中心に説明することになる。
養育費等に関する規律
まず、要綱案たたき台「第3 養育費等に関する規律」は、全4項で構成されており、(相変わらず順番が意味不明。通常の法律家の思考では、実体法のうち権利義務の根拠が一番先で、次に権利義務を担保する担保権が、その後に裁判手続、最後に権利を実現する執行手続である。)以下では「2 法定養育費」、「1 養育費等の請求権の実効性向上(先取特権の付与)」、「3 裁判手続における情報開示義務」、「4 執行手続における債権者の負担軽減」の順に説明する。
(1) 法定養育費
要綱案たたき台の提案
中間試案時点での提案
中間試案時点でも、要綱案たたき台同様の提案がされていた。
中間試案における論点は上図のとおり、主に次の3つである。
A. 法定養育費制度を認める論拠
B. 法定養育費の発生要件・発生期間・その金額
C. 法定養育費請求権の権利行使主体
この3つの論点は、部会資料29や要綱案たたき台の補足説明でも触れられているため、以下、これらについて説明する。
A. 法定養育費制度を認める論拠
この点、中間試案の補足説明54頁では、次の2点が説明されていた。
DV等の事情により父母が子の監護に関する協議を直ちには行うことが困難な場面では、父母間の協議によって養育費の定めがされることは現実には期待し難い
DV等の事情がある場面では、その被害者が通常の生活を送ることが困難な状況に陥ることもあり、そのため、子の監護に関する処分の調停・審判の手続を直ちにとることを期待することができないことも少なくないと考えられる
また、部会資料29では、上記2点に加え、次の点が説明されていた。
裁判実務上は、扶養料請求や養育費分担の始期について、請求時より前に遡った過去の扶養料や養育費については原則として認められないとの考え方があり、この考え方によれば、協議上の離婚の際に養育費の定めをすることができなかった場面では、事実上、離婚の時から相当期間が経過す るまでの間の期間に対応する扶養料や養育費を請求することが極めて困難 な事態に陥る場合がある
結局のところ、上図のとおり、次の2点にまとめることができる。
協議離婚時に、離婚については協議ができるものの、子の監護に必要な事項、特に養育費については協議ができない場合があり、それについて一定の正当な理由がある場合がある
他の制度、例えば家事調停や家事審判よる養育費の確定等の手続をとることでは救われない場合があり、それについて一定の正当な理由がある場合がある
この点、1点目については、(なぜか)養育費について協議ができないことがあり、それが監護親の責任ではなく非監護親の責任だとすれば、幾ばくかの筋は通る。しかし、法定養育費の金額に関係するかもしれないが、そもそも養育費とは、非監護親も子に対して扶養義務を負っていることとの関係で、監護親や子が非監護親に対して有する債権・請求権という説明がされるのが一般的であり、自ずと、非監護親の扶養義務の履行といえなければならないはずである。
«養育費の性質に関してはこちら»
そこで、「債務者の扶養能力と関係なく、かつ、その協議等を経ることなく、法律上当然に一定額の債権債務関係が生ずることとなることを、どのように正当化するか」(補足説明17頁)がやはり問われる。
また、2点目については、そもそも裁判手続や執行手続が時代遅れの欠陥システム(オンラインで完結しないシステムに未来はない)になっていることに起因するものであり、非監護親に帰責性はなく、まったく筋が通らない(法務省・最高裁の怠慢を非監護親が負う理由はない)。
ちなみに、家族法制部会第29回会議では、「父母の協議がないことによって養育費の額が定まらないといった空白期間を生じさせることは子の利益の観点から望ましくないことから、父母の協議による定めがない場面を補完するための任意規定として法定養育費の考え方を導入すべきではないかとの意見が示された」とのことである(補足説明18頁)。
しかし、これは一見美学ではあるが、裁判手続を利用する負担・コストを非監護親に押し付けているに過ぎない。
つまり、確かに、非監護親は子に対して扶養義務を負っており、仮に監護親との協議が成立しなくても、子に対して一定の扶養を行うべき責任がある上、養育費が確定せず非監護親からの支払がないことは子の養育の妨げとなる可能性は十分にあるところである(子はかわいそうだ)。
しかし、提案されている法定養育費制度によれば、非監護親が自己の支払可能な範囲を超える金額の支払いを求められる可能性があり、その場合、非監護親は支払能力を欠くことやその支払をすることによってその生活が著しく窮迫することの証明が求められ、また法定養育費の請求を求める監護親や子が先取特権に基づく担保権実行として非監護親の財産を差し押さえた場合、非監護親は、執行抗告の手続により支払能力を欠くことなどを主張して、差押命令からの解放を求める必要がある。
このように、提案されている法定養育費制度は、結局、非監護親がイニシアチブをとって裁判手続等を進行させなければならないよう事実上強制する制度となっている。権利者である監護親も、当然、子の養育のために非監護親との協議又は裁判手続により養育費を確定させなければならない責任を負っているにもかかわらずである。
このような不公平が生じることを正当化する根拠として、上記1に挙げている「養育費については協議ができない場合があり、それについて一定の正当な理由がある場合」というのは、結局、非監護親に責任がある場合と読み替えなければならないことになる。
そうすると、次の要件論にも関係するが、単に「離婚した父母間で養育費の定めがないことを要求することとし、その理由等は問わない」というのでは論理的に一貫しない。
これは、提案されている法定養育費制度が「飽くまでも、父母の協議等により養育費の額を定めることができない場合に対応するための補充的なものであって、その定めをすることができるような状態までの間の暫定的な養育費の額を定める応急の措置として位置付けられる」(部会資料29・8頁)だとしても、あまりに歪な制度ではないだろうか。
筆者としては、次の2点があり得ると考えている。
(もちろん、これら以外にも行政による立替払いの制度なんかもあり得るとは思うが、民法のルールではなく、家族法制部会で議論する話ではない)
1点目は、やはり協議離婚時に養育費を含む子の監護に必要な事項を定めることを義務化することである。
2点目は、上記義務化にかかわらず、借地借家法の地代等増減請求権(同法第11条)や借賃増減請求権(同法第32条)のように、非監護親としては、監護親又は非監護親による裁判手続における養育費の確定まで、自らが相当と認める額を支払うことで扶養義務を果たしているとし、仮にそれが裁判手続において不足していることになったときは、不足額に一定の割合(借地借家法では年1割〔以下同じ〕)の利息を付して追加で支払うこととし、反対に確定した養育費の額を超えるときは、監護親は非監護親に対し超過額に一定の割合の利息を付けて返還しなければならないものとするルールはどうかと考えている。
当たり前であるが、非監護親としても養育費が確定しないからといって1円も支払わなくていいわけではない(1円払えばいいわけでもない)。あまりに低い金額を支払えば、不足額との差額につき年◯割の利息がつくことになり、(周知は必要だが)ある種の警告にはなる。その意味で、自らが相当と認める額を支払うことで一次的な責任は果たしたとし、もしそれに不服があるのであれば、監護親又は子が裁判手続を利用すればよいのではないだろうか。
なお、いずれにせよ、裁判手続の欠陥がこのような無用な論点を招いているところでもあり(裁判手続がPCやスマートフォンから簡単にできるなら誰も負担やコストとは思わない)、その点の制度改善は必須である。
B. 法定養育費の発生要件・発生期間・その金額
a. 法定養育費の発生要件
発生要件については、上記A. にて触れたとおりであるが、要綱案たたき台では、「離婚した父母間で養育費の定めがないことを要求することとし、その理由等は問わない」とされている。
他方で、筆者としては、提案されている法定養育費制度の論拠との関係で、「法定養育費を請求するための要件として、例えば、DV等の事情によりその協議をすることや家事審判や家事調停の申立てをすることが困難であることを要求すべきであるとの考え方」(部会資料29・10頁)に賛同する。
この点、かかる考え方に対しては、次のような反対があるところである。
これについては、「立証」まで求めずとも、「疎明」のみ求めることでどうだろうか。「DV等の事情」があると主張して協議離婚している以上、一定の証拠収集はできていると思われ、「疎明」くらいできないものだろうか。
b. 発生期間
要綱案たたき台では、法定養育費の発生期間(始期・終期)につき、注記にて、次のように提案されている。
まず、始期については、「離婚の日」とされているが、これは現行民法下における裁判実務において「扶養料請求や養育費の分担の始期については、請求時より前に遡って過去の扶養料や養育費を請求することは原則としてできないとの考え方」があるためとされている(部会資料29・12頁)。
イマイチ理解できていないところだが、提案されている法定養育費制度が協議離婚後に限定した制度であっても、離婚の日は必然的だろうか。
ここでは子の扶養(養育)が問題となっており、協議離婚の日以後、かつ、父母の一方が子の扶養(養育)をしなくなった日が始期なのではないか。
協議離婚の日が父母の一方が子の扶養(養育)をしなくなった日より前になる場合、どのように処理するのだろうか。後記「C. 法定養育費請求権の権利行使主体」の問題として処理するのだろうか。
次に、終期については、考え方としては、提案されている法定養育費制度が「飽くまでも、父母の協議等により養育費の額を定めることができない場合に対応するための補充的なものであって、その定めをすることができるような状態までの間の暫定的な養育費の額を定める応急の措置」(部会資料29・8頁)だとすれば、自ずと、父母間の協議又は家庭裁判所の手続により養育費が確定するまでということになる。これは、権利の性質上、論理的に当然こうなる。
この点、「他方で、法定養育費の額の定めが及ぶ期間の終期を定めた場合には、父母の協議等による養育費の定めがされることなく当該終期が到来することにより、事実上、その後の期間に対応する養育費の請求をすることが困 難となるのではないかとの懸念があり得る」(部会資料29・13頁)とのことである。
しかし、法定養育費としては消滅しても、未成年子ではなくなるため扶養の程度は下がるが、子の父母に対する扶養請求権は存在し続ける(民法第877条第1項)。
これは、法定養育費の問題というより、成年に達しても自ら生活を送ることが困難な「未成熟子」の取扱いの問題である。
«参考 - 中間試案の補足説明 - »
c. 法定養育費の額
要綱案たたき台では、法定養育費の額につき、注記にて、次のように提案されている。
政省令で定める額といっても、その基準をどうするかが問題であり、部会資料29では、次の2つが示されていた(同13頁)。
最低限度の額
標準的な父母の生活実態を参考とする金額
どうやら、この2点につき賛否両論あるようであるが(字義通り、1<2となる)、提案されている法定養育費制度は、「飽くまでも、父母の協議等により養育費の額を定めることができない場合に対応するための補充的なものであって、その定めをすることができるような状態までの間の暫定的な養育費の額を定める応急の措置」(部会資料29・8頁)であるから、父母間の協議又は家庭裁判所の手続による養育費の確定までの間の「つなぎ」という趣旨であり、この2択であれば上記1. が妥当と考える。
養育費が確定するまでの期間、不足する可能性はもちろんあるが、それは協議離婚の際に養育費を含む子の監護に必要な事項を定めることをしない結果である。したがって、速やかに協議を行うか、家庭裁判所の手続を利用することになる。
しかし、いずれも妥当とは思われない。
つまり、本質的には子の扶養義務が問題となっており、(内容について筆者は異論があるが)「生活保持義務」である。一般に、生活保持義務は、自己と同水準の生活を保持させる義務とされているところ、偶然合致する可能性はあり得るが、通常、上記2. では「自己と同水準」とはいえない。
たしかに、子の養育は父母の責務であるが、例えば、借金をしてまで、あるいは非監護親に極限まで切り詰めさせて(場合によっては健康を害させてまで)子を養育すべきと法が強制できるのか。その場合、通常は社会保障として社会全体で賄うことになるのではないだろうか(児童扶養手当がその例では?)。
本来的には、基礎自治体が持つ収入情報(フローの部分)と金融機関が持つ資産情報(アセットの部分)を用い、個別の算定を行うべきである。
なお、この意見書では、現実的に算定可能性がある「収入」のみに着目しているが、(内容につき筆者は異論があるが)「生活保持義務」を果たすのであれば、重要なのは「資産」であり、金融機関の全口座へのマイナンバーの紐づけが急がれる。
C. 法定養育費請求権の権利行使主体
要綱案たたき台では、法定養育費請求権の権利行使主体は、「父母の一方」とされている。
明示はされていないが、この「父母の一方」とは子を養育している監護親であることが含意されている(補足説明18−19頁)。
その心は、次のとおりである(部会資料29・11頁)。
未成年の子は自ら単独で(法定代理人の関与なく)財産管理や財産上の請求をすることができないのが原則である
仮に法定養育費の請求権者を子であるとした場合には、その法定代理人が子を代理してその請求のための裁判手続を担うこととせざるを得ない
法定養育費の支払義務者が親権者である場合には、子と当該親権者の間で利益相反となるため、家庭裁判所の別途の手続により特別代理人を選任することが必要(民法第826条)
このように子を権利行使主体とすると、請求のための手続が複雑で技巧的なものとならざるを得ない
他方で、離婚後共同親権制度を導入した場合、事案によっては、父母の離婚後、その双方が親権者となり、子の監護を分担することもあり得るとして、部会資料29では次のように提案されていた(要綱案たたき台4頁の注にも同様の考え方は示されている)。
何をもって、子を「主に養育する」といえるのかも問題であり、「子と同居する者」という考え方も示されているところである。
そうすると、何をもって、「子と同居する」といえるのか、堂々巡りという気もするが、住民票の住所を同じくしている父母の一方というのが形式的には当たるだろう。
なお、子が父母それぞれとほぼ同一の割合で暮らすなど、監護分担というか監護割合が同一の場合、監護費用の分担は生じない可能性もあるが、そのような場合は「監護費用の分担が父母の協議等によって定められていないといったことは通常は想定し難いように考えられる」とのこと(部会資料29・11頁)。
筆者としては、チルドレン・ファーストに考えると、権利行使主体は子又は「子を主に養育する者」のいずれでも、子の養育のために利用されるのであればどちらでも構わないように思われるが、さりとて子を主に養育しない者にとってみれば、やはり、協議もできない父母の一方に対して支払うという構成よりは、子に支払うのだという構成の方が心情的には支払いやすいのではないかと思われる。
その意味で、権利行使主体はともかく、子を主に養育しない者としては、自らが支払った養育費が実際に子の養育のために利用されたことがわかるよう、その証跡の報告を求めることができるとか、そういう制度と一体になる方がよいと思われる。(本当に子の養育のために使われるかどうかわからないという不透明性も養育費不払いの1つの要因ではなかろうか)
なお、非常にどうでもいいことかもしれないが、例えば、父母と子2人の家族構成の場合で、父母のそれぞれが子を1人ずつ養育するようになったとする。このとき、提案されている法定養育費が父母の一方のその他方に対する債権・請求権であるならば、相殺が可能になる(単なる金銭債権であり権利の性質上許容されないということはなかろう〔民法第505条第1項但書〕)。この点、法定養育費請求権が子に帰属すると、相殺ができない(債権者と債務者が同一ではないため)。
婚姻費用への類推適用の可否
最後に、提案されている法定養育費制度は、婚姻関係が破綻している別居父母子に類推適用されることはあるのだろうか。
提案されている法定養育費制度が認められる根拠(筆者は否定的だが)によれば(上記「A. 法定養育費制度を認める論拠」)、婚姻関係が破綻している別居父母子についても同様のことがいえる以上、父母の一方が婚姻費用の分担請求権(法定婚姻費用?)として権利行使することも可能なように思われる。
(2) 養育費等の請求権の実効性向上(先取特権の付与)
要綱案たたき台の提案
なんだか読みづらいが、要するに、次の2点が提案されている。
子の監護に要する費用といった、日々又は月々、定期的に発生する義務にかかる債権をもつ者(子を監護する父母の一方や子)は、その債権にかかる債務を負う者(子を監護しない父母の他方)の全財産につき一般先取特権という担保権の一種をもつ
その先取特権の順位は、一般先取特権のうち上から3番目の順位となる
この点、中間試案では、次のような提案がされていた。
詳細は下図のとおり。
部会資料24では要綱案たたき台同様の提案が既にされていたが、婚姻費用や養育費等の定期金債権の性質は同じでも、そのうち「子の監護に要する費用」に限定をかけたのが要綱案たたき台である。
これは、家族法制部会第24回会議においては、方向性として、婚姻費用や養育費等定期金債権の債権者に債務者の総財産につき一般先取特権を付与することの賛同は得ていたものの、一般先取特権を付与する根拠(後記「A. 一般先取特権を付与する根拠」)との関係で、その範囲が広すぎるとして、子の監護に必要な費用に限定すべきであるとの意見があったためである。
ここでも、上図の3つの論点に沿って説明する。
A. 一般先取特権を付与する根拠
B. 一般先取特権を付与する債権の範囲等
C. 一般先取特権の存在を証する文書の限定
その前に、「一般先取特権」について、簡単に説明する。
一般先取特権(いっぱんさきどりとっけん)とは、次のような特徴をもつ担保権の一種である。
法定担保物権の1つであり、当事者間の合意が不要で、法定の要件を満たすと自動的に発生する(他には留置権が法定担保物権)
一般先取特権が付与される根拠は、様々であり、債権者間の実質的公平、弱者保護という社会政策的な考慮などがあり得る
現行民法において、一般先取特権は4種類用意されており、①共益の費用、②雇用関係、③葬式の費用、④日用品の供給によって生じた債権があり、この①⇨④の順序で優先される
一般先取特権を有する債権者は、その債務者の財産について、民法等の規定に従い、他の一般債権者に先立って自己の債権の弁済を受ける権利を有する
一般先取特権を有する債権者は、債務名義がなくても、その一般先取特権の存在を証する文書を執行機関に提出することにより、債務者の財産の差押え、財産開示手続や第三者からの情報取得手続の申立てを行うことができる
実体的な権利の存否について争いのある債務者は、執行抗告の申立てにおいて、一般先取特権の対象となっている権利の実体的な不存在又は消滅を理由とすることができる
A. 一般先取特権を付与する根拠
この点、中間試案時点では、「ひとり親家庭の子の生活の保護という観点から、その養育に必要な費用を保護するという社会政策的考慮」と説明する考え方が挙げられていた(中間試案の補足説明53頁)。
これと関連はするが、家族法制部会第24回会議では、次のような意見があった。
このように、子の監護に要する費用については、あくまで社会政策的な考慮のみが一般先取特権を付与する根拠となりそうである。
他方で、現状の一般先取特権の第2順位である労働関係債権は、労働者という弱者保護にかかる社会政策的な考慮のほか、当該労働者により債務者(使用者)の財産の増殖に寄与したという面もあり共益費用に近いともいえる。
また、(おそらく)社会的なコンセンサスとして、葬儀費用よりは子の監護に要する費用を優先すべきであると考えられる。
そのため、子の監護に要する費用は、共益費用・労働関係債権に次ぐ、第3順位となる見込みである。(異論なし)
B. 一般先取特権を付与する債権の範囲等
要綱案たたき台の提案
一般先取特権を付与する債権の範囲や金額についても、当然に、一般先取特権を付与する根拠と関係する。
つまり、あくまで「子の監護に要する費用」については他の一般債権者の債権に優先するが、その他の費用(父母の一方の婚姻費用等)は優先しない(優先することの社会的なコンセンサスを得られない)。
そのため、一般先取特権が付与される債権の範囲や金額について、他の一般債権者に優先させる必要性に応じた限定が必要となる。
この点、家族法制部会第24回会議において、債権の範囲については、「子の監護に要する費用」に限定されることに反対意見はなかった(筆者も異論なし)。
他方、上記(1)で説明した法定養育費は、要綱案たたき台では一般先取特権を付与する対象債権に含まれておらず、「法定養育費の請求権についても、上記1の先取特権の対象に含めるものとする考え方がある」とされているにとどまる(要綱案たたき台4頁)。
これは、法定養育費と協議等により確定した養育費の違いによるものであり、つまり、債務者の手続保障が基本的に見込めないことが大きな懸念点となっているためである。
たしかに、法定養育費は、協議もなければ裁判手続もないため、基本的に債務者(非監護親)の意向は反映されないが、不意打ちということはない。つまり、法定養育費の額は、基準をどこに置くのか議論の余地はあるものの、「法定」されることが提案されており、「協議離婚」(離婚する意思はある)をした非監護親としては、自己がどの程度の法定養育費を支払うべきか当然にわかる。したがって、事前に養育費の額について協議等がされなかったとしても、何ら不意打ちにはならない。
債務者の審尋を経ずに差し押さえの効力が生じる点では、提案がされている債権に付与される先取特権も同じであり、法定養育費にかかる債権と有意な差は存在しない。
したがって、論理的に考えれば、法定養育費にかかる債権にも一般先取特権を付与すべきである。(そもそも、養育費の額を確定する手続を厭うがために、実体法において非監護親の関与を蔑ろにし、法定養育費に対抗する手続負担・コストをすべて非監護親に背負わせながら、法定養育費にかかる債権を監護親に付与するにもかかわらず、執行手続は一般の債権同様債務名義を取得して債権執行せよというのは制度的に破綻していないか)
なお、補足説明20頁によると、どうやら「法定養育費の債権について一般先取特権を付与するものとすることを提示している」とのこと。(一般的に「◯◯という考え方がある」という場合、それについて賛否はなにも言ってないはずであり、「付与するものとすることを提示している」わけがないので、責任回避的なことはやめてもらいたい)
また、子の監護に要する費用をどの範囲で限定するかについては、色々な観点があり得るが、例えば、家族法制部会第24回会議では、費目・金額・月数などが挙げられていた。
要綱案たたき台は、この費目(「子の監護に要する費用」)と金額(「相当な額」)による限定を採用したものと考えられる。
C. 一般先取特権の存在を証する文書の限定
上記一般先取特権の説明のとおり、一般先取特権を有する債権者は、債務名義がなくても、その一般先取特権の存在を証する文書(民事執行法第181条第1項第4号)を執行機関に提出することにより、債務者の財産の差押え、財産開示手続や第三者からの情報取得手続の申立てを行うことができる。
この「存在を証する文書」は、一般的には何ら限定なく、公文書、公正証書、弁護士等の専門家が作成した文書等である必要がない。
特に、一般先取特権は法定担保物権であり、父母間の協議により養育費の支払に関する合意がされていれば当然に発生するため、父母間の協議により養育費の支払を取り決める文書を作成した場合や、ADR機関による養育費の調停がされて一定の合意文書が作成された場合には、 当該文書が「一般先取特権の存在を証する文書」となり得る(部会資料24・19頁)。
他方で、協議離婚されれば自動的に一定の額が定まることが提案がされている法定養育費を除き、養育費の額が協議により決定された場合、次の2点の懸念があり、何らかの文書であることを要求すべきではないかが問題となる。
取り決め文書の偽造・変造
過度に高額の養育費を取り決めた文書を仮装
この点、他の一般先取特権に比べて特異な事情ではないとして、文書を限定するべきではないという見解もある。
しかし、協議離婚(仮装かもしれないが)したとはいえ元夫婦という関係があったわけであり、例えば、①筆跡を真似する、②ハンコを盗用する、③一般債権者を害するために協議離婚を仮装し養育費を高額にすることで財産を避難させるなど、その関係性を用いた悪用がされやすい点で他の一般先取特権とは異なる。
したがって、筆者としては、他の一般先取特権とは有意な差があると考え、文書を限定することに賛成する。
(3) 裁判手続における情報開示義務
要綱案たたき台の提案
中間試案・家族法制部会第24回会議時点での提案
ここでの論点は、上図の2つである。
A. 開示義務の対象
B. 開示義務違反に対する制裁
ちなみに、論点として開示請求が可能な債権の種類が含まれていないのは、たしかに、この開示を認める趣旨は「適正な養育費を確保することによって、未成年の子の安定的な生活の保護を図ることにある」ため、一般先取特権の付与対象債権同様、子の監護に要する費用にかかる債権に限定し、婚姻費用にかかる債権を除外することもあり得るが、婚姻費用については配偶者の生活に要する分と子の監護に要する分を切り分けて請求することはなく、「子の監護に要する費用に限る」などと限定をかけても無意味(子の監護に要する費用相当につき収入を知られることになる)であるため、ここでの論点には挙げていない。
A. 開示義務の対象
この点、部会資料24では、源泉徴収票・給与支給明細書・所得証明書・確定申告書のような、債務者(非監護親)が所持する客観的な資料のみならず、「より幅広く収入に関する情報を収集することが適正迅速な審理判断にとって有意義」であるとして、「当事者が開示義務を負う対象を『収入に関する情報』とすることが 考えられる」とされていた(同・30頁)。
家族法制部会第24回会議では、それ以上に議論がされていた形跡は見当たらない。
しかし、要綱案たたき台では、「収入」の状況に加え、「財産」の状況についても開示対象とすることが提案がされている。
これは、「親族間の扶養の程度又は方法についての決定の審判事件においては、扶養義務者の『資力』が判断の考慮要素とされており(民法第879条)、また、子の監護に関する処分の審判事件等においても、事案の内容によっては義務者の収入に加えて財産の状況も考慮要素になり得る」ためである(補足説明21頁)。
筆者は、子の利益の観点や父母の子に対する責任の観点から、子の養育のために必要な養育費等は支払うべきだと考えているが、「生活保持義務」に強い違和感を持っており、仮に非監護親が年収1億円、資産5億円だとして、その水準に沿った養育(監護)など必要だろうか。その場合の養育費の額が、仮に月300万円だとして、子の養育のためにそんなにかかるはずがない。必ずしも父母の経済状況に子を合わせる必要はない。
その観点から、非監護親のすべての収入や財産の状況に関する情報を開示させることには反対である。子の養育のために必要最低限開示を要すると思われる情報のみで足りる。
これを実現するために、条文で限定するのか、あるいは手続面で「インカメラ審理」のようなことで実現するのかは別として、少なくともプライバシーの要素もあることから、子の養育のために必要最低限を超える情報の開示を求める必要性も許容性もないと考える。
「財産」の状況に関する情報で特にあり得るのは確定申告書か?
そのほか、個別具体的な金融機関口座・アカウントについては、どこまで開示すべきか、制裁との関係で悩ましい部分は出てくると思われる。例えば、フローを生み出さない/生み出せない財産(配当がない非公開株式やストック・オプションなど)まで含めるのかどうか。
B. 開示義務違反に対する制裁
最もあり得る制裁としては、過料である(民事訴訟法には過料に関する規定が多く置かれている)。
他方で、現行の過料は10万円以下又は20万円以下とされており、子の利益の観点から本来あるべきではないが、過料を支払う方が得策になるケースが多いように思われる。
そうすると、文書提出命令に当事者が従わない場合の制裁である真実擬制も選択肢に挙がる。
そのほか、部会資料24では、「当事者が収入を有しているにもかかわらず、その具体的内容等を明らかにしない場合は、家庭裁判所は、手続の全趣旨に基づき、収入の額を認定することができるものとする考え方」や、民事執行法における財産開示同様、「6 か月以下の懲役又は50万円以下の罰金にすべき」との意見が示されていた。
筆者としては、上記「A. 開示義務の対象」において一定の限定がされるのであれば、制裁の内容はいずれもあり得ると考える。その限りにおいては、非監護親のプライバシーよりも子の利益が優先されるためである。
この点、刑事罰はやり過ぎとの意見はあろうが、一般債権者である「執行力ある債務名義の正本を有する金銭債権の債権者」(民事執行法第197条第1項)ですら財産開示手続を利用可能で、開示義務者がそれに応じない場合や虚偽の陳述をした場合等には上記のとおり6 か月以下の懲役又は50万円以下の罰金が科される可能性があるのであり(同法第213条第1項第5号・第6号)、より保護されるはず(上記「(2)養育費等の請求権の実効性向上(先取特権の付与)」)である養育費等につきこれが認められない理由はない。
(4) 執行手続における債権者の負担軽減
要綱案たたき台の提案
要綱案たたき台からはまったく不明であるが、この「包括的申立て」(部会資料29・19頁)と呼ばれる仕組みの対象となる財産の範囲は、給与債権と預貯金債権が想定されていた(補足説明21頁)。
特に給与債権については、①給与の金額は養育費等の金額よりは多く費用倒れのリスクが低いこと(差押禁止についても養育費等の債権なら1/2まで差押可能)、②養育費等にかかる定期金債権の特例(民事執行法第151条の2)により、一部(一度)でも養育費等の未払いが生じた場合に、債権者(監護親)は非監護親の給与債権を一括して差し押さえることができること、③一般に勤め先は1つであり複数の給与債権を選択する必要が生じる可能性が低いことから、包括的申立てと相性がいい(部会資料29・20頁)。
他方で、通常、余剰資金は銀行等の預貯金として保管・管理することが多く、仮に給与債権だけでは養育費等が賄いきれない場合、預貯金債権も差し押さえることが合理的であるとされている。(本当か?)
とはいえ、この順番、つまりまずは給与債権から情報取得し執行を行い、それで足りない分につき預貯金債権の情報取得し執行を行うという順番を経ると、預貯金債権を隠匿される可能性が極めて高い(払いたくない人は当然そうする)。
そのため、「包括的申立てに関する考え方として、まずは債務者の預貯金債権等の情報取得手続及びそれにより判明した債権執行の手続を先行させることとし(中略)、それに引き続き、財産開示手続、給与債権に関する情報取得手続、先行する手続により判明した給与債権及び預貯金債権の債権執行の順で手続が進行するという考え方もあり得る」とされている(部会資料29・21頁)。
なお、預貯金債権については隠匿のおそれがあることから財産開示手続前置はとられていないが(民事執行法第207条参照)、給与債権についてはそのおそれは一般に低く財産開示手続前置がとられているため(同法第206条)、上記の順番での手続が提案されている。
筆者としては、非監護親に与える事実上の影響も含め、預貯金債権から情報取得・執行又は実行という流れに違和感はない。
以上
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