資金調達:ベンチャーデット(デットファイナンス)!?

本稿の狙い


最近、スタートアップ(ベンチャー企業)向けの資金調達の文脈で、「ベンチャーデット」(Venture Dept)に関する話題に事欠かない。

本稿では、ベンチャーデットに関して簡単に紹介し、現在どのような議論が行われているのかを概観することを目的とする。後に触れる(かもしれない)事業成長担保については別稿を予定。


ベンチャーデットとは


(1) 定義等

当然ながら我が国の法令中に「ベンチャーデット」を定義したものは存在しないが、一般的には次のような性質をもつベンチャー企業向けの融資を意味するものと思われる。

新株予約権付き融資や転換社債といったメザニン性ローン等をいう

三菱総合研究所(経済産業省委託調査)「令和4年度中小企業実態調査事業(スタートアップの資金調達に関する企業の実態調査および検討会実施等)調査報告書」(2023年3月)2頁

ベンチャーデット 
金融機関が、新興企業に無担保や低利での融資を行う一方、貸し倒れのリスクを相殺するためにあらかじめ定めた価格で株式を取得できる新株予約権を受ける融資手法。米国などでは不動産や建物といった資産を持たないスタートアップの資金調達に積極的に活用されている。
新株予約権付融資のほか、転換社債型新株予約権付社債などの方式がある。新株を発行するよりも株式の希薄化が抑えられ、経営の自由度も保てると言われる。通常のベンチャー向け融資よりも大規模な資金調達が可能で、返済も事業成功時の一括償還とするケースもある。

時事通信社「ニュースワード『ベンチャーデット』」(YAHOO!ニュース版)

VENTURE DEBT(ベンチャーデット)とは
転換社債や新株予約権付融資等、エクイティとデット両方の性格を持った金融商品の総称。欧米では“ベンチャーデット”と呼ばれ広く認知されており、有力な調達手段として一定の市場規模を有している。

あおぞら企業投資株式会社ウェブサイト

最近、国内でのスタートアップ向けのデットニーズの高まりを踏まえて、スタートアップ向けのデットをすべて、新株予約権の有無を問わずベンチャーデットと呼んでいるケースも見られますが、欧米でのベンチャーデットの定義は、このエクイティとデットの両方の性格を持つ金融商品のことを指しますので、使い方には注意が必要です。

CORAL「日本でも広がる『ベンチャーデット』のメリットは? 第一人者に聞いてみた

【参考①】米国のベンチャーデット→エクイティの"エ"の字もないが…

事業性に着目した融資実務を支える制度のあり方等に関するワーキング・グループ(第1回)資料3

【参考②】ベンチャーデット供給銀行として名を馳せたSVBによる説明

SVBウェブサイト
SVBウェブサイト

【参考③】みずほキャピタル/みずほ銀行のファンド(LPS)

みずほキャピタルリリース※赤下線は筆者追記

他方、必ずしも新株予約権付きではないベンチャー企業向けの融資を「ベンチャーデット」と呼んでいるりそな銀行の「ベンチャーデット」(商品名)という融資商品もあるところである。

ベンチャーデットは一般的な借入と資本性調達の中間に位置する資金調達手段です。財務内容を基本とするような従来の借入とは異なり、 成長性・将来性の観点に踏み込んだ事業性評価を行います。ご融資後は成長ステージに応じた伴走支援を行うことで、企業の中長期的な成長をサポートします。
(中略)
金利、新株予約権の有無、新株予約権の付与割合等の条件についてはご相談の上、決定させていただきます

りそな銀行ウェブサイト

これは、特段エクイティ(資本性)の要素を考慮していない金融庁による「ベンチャーデット」の定義を参考にしているのだろうと推測される。

2.金融資本市場の活性化
(1)スタートアップ等の成長を促すための資本市場の機能強化

融資を含むスタートアップヘの資金供給やその他支援の状況について、銀行等のモニタリングを通じ、機動的に確認し、フォローする。特にベンチャーデット(脚注32)については、レイターステージのベンチャー企業を更に成長させ、機関投資家も参入可能な大型IPOにつなげる等の観点からも重要である。そのため、金融機関の審査実務に新たな審査目線等を構築する取組を促進、支援する。また、成長に時間を要するスタートアップを念頭に、銀行グループが出資可能なスタートアップの範囲を拡充するための要件緩和を進める。
脚注32:ベンチャー企業に対する融資。当該企業の将来キャッシュフロー等に着目した融資であり、通常の企業に対する融資よりも高い金利が設定されることが一般的である。

金融庁「2023事務年度金融行政方針」本文8-9頁

【参考①】経済産業省委託調査における定義

ベンチャーデット:
非上場企業を対象とした、融資や社債を含むデットファイナンス

アクセンチュア(経済産業省委託調査)「令和元年度 企業の長期成長に向けた 資金調達環境の在り方に関する調査検討 - 報告書 -」4頁

【参考②】事業者を支える融資・再生実務のあり方に関する研究会「論点整理」での事業成長担保のユースケースの1つとして

(事例1)ベンチャー企業に対する融資(ベンチャー・デット)
ベンチャー企業には、研究開発費・人件費・広告宣伝費等の成長資金の需要が生じる。そのすべてをエクイティで調達すると、持ち分が希薄化してしまうため、デットで調達したいと考える場合が多い。
しかし、業歴の浅い事業は、将来キャッシュフローが見えにくいなど、事業性の理解が難しく、貸し手にとって貸倒れのリスクが高い。そのため、現状、信用補完としての不動産担保等がない限り、デットでの資金調達は難しい。
このケースでは、包括的な担保権の活用を通じて、事業の理解・継続的な実態把握・貸倒れリスクが軽減されやすくなることにより、ベンチャー企業が創業・成長資金の一部をデットで調達する道を広げられる可能性がある。その際は、ワラントやコベナンツ等も必要に応じて組み合わせることになる。

事業者を支える融資・再生実務のあり方に関する研究会「論点整理」15頁

なお、りそな銀行の「ベンチャーデット」(商品名)として初の実行となった株式会社Vitaarsへの融資の場合、リリースを読む限りではワラント(新株予約権)は付されていないように思われる。

(2) 特徴

ベンチャーデットの特徴は次のとおりである(SVBウェブサイト)。

  • Venture debt is a loan for fast-growing venture-backed startups that provides additional non-dilutive capital to support growth and operations until the next funding round. It’s often secured at the same time or soon after an equity raise.

  • Venture debt can help reduce the cost of capital needed to fund operations and could be used as insurance against operational hiccups and unforeseen capital needs.

  • Venture debt underwriting focuses less on cash flow and collateral and more on the borrower's ability to raise additional capital to fund growth and repay the debt.

これをまとめると、次の4点に整理できる。

  1. 投資家に支援されている急成長中のスタートアップ向けの融資であること

  2. (増資と比較して)希釈化を最小限に防止できること

  3. (通常の融資と比較して)過去のキャッシュフローや担保ではなく資本調達能力を重視した審査が行われること

  4. 増資で調達した資金にレバレッジをかけることで資金調達コストを下げることが可能となること(※)

※ 信用力と交渉力が最も高い状態で融資条件を交渉することが可能であり、かつ、すべきであるということ。(「晴れの日に傘を貸して雨の日に取り上げる」ことに対抗し「晴れの日に傘を買って雨の日に借りなくて済むようにするべき」ということ)

Typically, a venture debt loan is synced up to close a few months after a fresh round of equity. Raising debt when the company is flush with cash may seem counterintuitive, but in many cases the debt could be structured with an extended “draw period” so that the loan need not be funded right away. Regardless of when you want to draw from the loan, your creditworthiness and bargaining leverage are typically highest immediately after closing on new equity.

Conversely, soliciting venture debt when liquidity is diminished, and the operating runway is minimal, may prove more arduous and more expensive.

Think of yourself as the proverbial “umbrella shopper.” The best time to test the market is when there isn’t a cloud in the sky, and the worst time is when the storm is already lashing at your windows.

SVBウェブサイト

国内のベンチャーデット事業者も同様の特徴を挙げている。

“ベンチャーキャピタルのエクイティ投資と銀行融資の間を埋める資金提供”
“保有株式シェアの希薄化を防ぎつつも、成長資金を確保したい。というスタートアップならではのニーズに応える商品設計”
“国内のIPOを志向する成長が期待されるスタートアップが投資対象”

あおぞら企業投資株式会社ウェブサイト

【参考】米国のベンチャーデットの特徴らしい

再掲・事業性に着目した融資実務を支える制度のあり方等に関するワーキング・グループ(第1回)資料3

ベンチャーデット関連の議論


(1) 政策の方向性

まず、政策の方向性として、"スタートアップ支援" の流れはできており、その中でもデットファイナンス関係のものは、例えば次のようなものが挙げられる。

<資金の出し手側の事情>

銀行等によるスタートアップへの融資促進
◯ 融資を通じたスタートアップヘの資金供給について、金融行政方針等に基づく銀行等へのモニタリングの中で、ヒアリング等を通じ、スタートアップ向けの支援の状況についても、機動的に確認、フォローする。
◯ 通常は銀行法にて銀行から事業会社への5%を超える出資は禁止されているが、2021年に銀行法を改正し、設立から10年以内のスタートアップに対して出資する場合には5%超の出資を認める例外措置について拡充を行った。今後、十分な周知活動を行うとともに、実施状況についてフォローアップを行い、銀行に対して積極的なスタートアップへの出資を促す。
(中略)
◯ 金融機関によるファンドの組成や地域金融機関によるスタートアップへの投資を促進する。また、銀行からスタートアップへの継続的な投資については、投機的な非上場株式として制約の対象としないことを明確化し、周知する。

スタートアップ育成5か年計画18-19頁

【参考】2021年銀行法等改正

金融庁「説明資料」4頁
※赤枠・赤下線は筆者追記

2.金融資本市場の活性化
(1)スタートアップ等の成長を促すための資本市場の機能強化

融資を含むスタートアップヘの資金供給やその他支援の状況について、銀行等のモニタリングを通じ、機動的に確認し、フォローする。
特にベンチャーデット(脚注32)については、レイターステージのベンチャー企業を更に成長させ、機関投資家も参入可能な大型IPOにつなげる等の観点からも重要である。そのため、金融機関の審査実務に新たな審査目線等を構築する取組を促進、支援する。また、成長に時間を要するスタートアップを念頭に、銀行グループが出資可能なスタートアップの範囲を拡充するための要件緩和を進める
脚注32:ベンチャー企業に対する融資当該企業の将来キャッシュフロー等に着目した融資であり、通常の企業に対する融資よりも高い金利が設定されることが一般的である。

再掲・金融庁「2023事務年度金融行政方針」本文8-9頁

スタートアップについては、担保となるような資産に乏しいスタートアップへの融資(ベンチャーデット)の供給を増やすため、金融機関の審査態勢の改善を図る。

新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2023改訂版51頁

【参考】スタートアップ育成5か年計画ロードマップ

スタートアップ育成5か年計画ロードマップ12頁

<スタートアップ側の事情>

経営者の個人保証を不要にする制度の見直し
◯ 起業関心層が考える失敗時のリスクとして、77%が「借金や個人保証を抱えること」と回答している。事実、現在、創業時に、信用保証付き融資を含め、民間金融機関から借り入れを行う際、47%の経営者は個人保証を付与している。
◯ 新しく、スタートアップの創業から5年未満について個人保証を徴求しない新しい信用保証制度を創設する。このための信用保証協会への損失補償等として120億円を措置する。
◯ また、日本政策金融公庫が行う貸付けに、スタートアップの創業から5年以内について経営者保証を求めない貸付け要件を設定する。また、キャッシュフローが不足するスタートアップや、一時的に財務状況が悪化した中小企業に対する資本性ローンの継続を図る。これらのため、公庫への出資追加等を行う。
◯ 併せて、関係省庁において、経営者保証に依存しない融資慣行の確立に向けた施策を本年内に取りまとめる

スタートアップ育成5か年計画15-16頁※脚注は省略

【参考】銀行界の「申し合わせ」

2.事業者の持続的な成長を促す融資慣行の形成
(1)経営者保証に依存しない融資慣行の確立

経営者保証は、スタートアップの創業や思い切った事業展開、円滑な事業承継、早期の事業再生等の阻害要因となっている面がある。金融機関による経営者保証への安易な依存をなくし、事業者の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上に繋げていくべく、「経営者保証改革プログラム」(2022年12月公表)の実行を推進する。
具体的には、金融機関が保証契約締結時に事業者・保証人に対して保証契約の必要性等を個別具体的に説明した件数や、金融機関における「経営者保証ガイドラインの浸透・定着に向けた取組方針」の公表状況等を把握していく。

金融庁「2023事務年度金融行政方針」本文3頁※脚注は省略

【参考】経営者保証改革プログラム

起業に関心がある層が考える失敗時のリスクとして、8割の方が個人保証を挙げている。経営者保証が付いている融資の割合は徐々に減少しているものの、引き続き、民間金融機関の新規融資のうち7割で経営者保証が付いている。 (中略)経営者保証や不動産等の有形資産の担保に依存した融資以外の資金調達の選択肢を定着・普及させていくことが必要である。
まずは、経営者保証ガイドラインの活用を徹底し、引き続き、新規融資に占める経営者保証が付いている融資件数の割合を減少させることを目指す。また、企業のノウハウや顧客基盤等の知財・無形資産を含む事業全体を担保に資金調達できる法制度(「事業成長担保権」)を検討し、早期の法案提出を目指す。
また、経営者保証に頼らない融資慣行を確立するため、スタートアップの創業から5年未満について個人保証を徴求しない新しい信用保証制度の活用を促進する。さらに、来春までに、経営者の取組次第で達成可能な要件を充足すれば、保証料の上乗せ負担により経営者保証の解除を選択できる信用保証制度を創設する。(筆者注:「スタートアップ創出促進保証制度」)
日本政策金融公庫が行う貸付けについて、新たに設定したスタートアップの創業から5年以内について経営者保証を求めない貸付け要件の適用を進める。あわせて、キャッシュフローが不足するスタートアップや、一時的に財務状況が悪化した中小企業等に対する資本性ローンの活用促進を図る。

新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2023改訂版51頁※脚注は省略

(2) 支援事業

乱立していて実に分かりづらく利用しづらいように思われるが、主な支援事業として次のようなものがある。

スタートアップ育成5か年計画における主なスタートアップ支援施策

【参考】経営者保証不要の「スタートアップ創出促進保証制度」

(3) 銀行法とベンチャーデット

銀行は、単独又はその子会社と合算し、国内の会社のうち一定の会社を除く会社の議決権につき、当該会社の総株主等の議決権に5%を乗じた数である「基準議決権数」を超える議決権を取得・保有してはならないとされている(銀行法第16条の4第1項)。いわゆる5%ルールである。※

※ 銀行に関しては独占禁止法第11条第1項によるルールもある。

仮に銀行がベンチャーデットを実行し、それにワラントが付与されているような場合(例えば新株予約権付融資又は転換社債型新株予約権付社債)、新株予約権が行使されるまでは「議決権」にカウントされないことから5%ルールとの関係で直ちに問題は生じないが、新株予約権の行使は当然想定される以上、5%ルールの適用を受けないよう整理しておく必要がある。

銀行法上、5%ルールの適用を受けないのは次の場合である。

  1. 国内の会社のうち銀行・証券会社・保険会社・信託会社等の金融関連業務を営む会社等の議決権を取得・保有する場合(銀行法第16条の4第1項、第16条の2第1項第1号から第6号・第11号・第13号・第15号・第16号)

  2. 担保権の実行等により国内の会社の議決権を取得・保有することになる場合(同法第16条の4第2項本文、同法施行規則第17条の4※事前の金融庁長官による承認がない場合は1年以内に処分する必要がある点〔同法第16条の4第2項但書〕に留意)

  3. 「特定子会社」(いわゆる投資専門会社)(同法第16条の2第1項第12号、同法施行規則第17条の2第14項、第17条の3第2項第12号)によるベンチャー企業(同法第16条の2第1項第12号)・特別事業再生会社(同項第13号)・地域活性化事業会社(同項第14号)の議決権を取得・保有することになる場合(同法第16条の4第7項)

  4. 特例対象会社(同法第16条の4第1項、第8項)

  5. 国外の会社の議決権を取得・保有する場合(※子会社規制〔同法第16条の2〕は受ける点に留意)

特に該当がありうるのは3点目だが、これは投資専門会社(ベンチャーキャピタル)がGP(無限定責任組合員)を務めるファンドを通じてベンチャーデットを行う場合(上記みずほキャピタルの事例参照)などに限定される。なお、この場合、ベンチャーキャピタルは貸金業者としての登録が必要となろう。

そうすると、銀行が行うベンチャーデットの場合、FinTech等金融関係のスタートアップに融資対象を限定するか、又は新株予約権を全部行使せず適切な割合のみ行使するか、あるいは新株予約権の買い取りを求めることで対応するほかない。

以上

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