【速報】銀行:高齢者口座のATM利用制限案!?

本稿のねらい


2023年7月26日(昨日)、共同通信から「高齢者口座のATM利用制限案が政府で浮上」という記事(以下「本記事」という)が出ていた。

これによると、次の2つの要件に該当する預金者の口座に関してはATM利用が制限されることになる(以下「ATM利用制限案」という)。なお、ここでいう「ATM利用」には、キャッシュカードを用いた払戻し(引出し)のほか、振込みや振替も含まれていると思われる。

  1. 預金口座名義人が65歳以上であること

  2. (当該預金口座での)取引が1年以上ないこと

また、YAHOO!ニュースの方での共同通信の記事(以下「YAHOO!ニュース版」という)によると、「政府は今後、犯罪対策閣僚会議で銀行業界を巻き込んだ特殊詐欺対策を取りまとめる予定」とされている。

そこで、これまでの金融機関の特殊詐欺被害防止対策(特にATMでの払戻しや振込みによる被害への対策)や犯罪対策閣僚会議での対策プランを振り返りつつ、ATM利用制限案がどのように実行されるのかを考えてみることにする。


犯罪対策閣僚会議での対策プラン


筆者が知る限り、犯罪対策閣僚会議において特殊詐欺被害防止対策に関するプランが策定されたのは、2019(令和元)年6月25日の「オレオレ詐欺等対策プラン」が初めてである。

そこでは、金融機関関係では次の4つの対策プランが挙げられている。

  1. 金融機関窓口における声掛け等の推進

  2. ATMの利用制限等の推進

  3. 犯行に利用された預貯金口座の凍結等

  4. 預貯金口座や携帯電話の不正売買といった特殊詐欺を助長する犯罪の検挙等の推進

このうち3と4は事後の対策・取締りに関するものであり、1と2が未然防止に関するものとなっている。

特に2の「ATMの利用制限等の推進」は、本記事やATM利用制限案との関係が深いと思われるため、その内容について触れる。

それによると、警察庁と金融庁は、次のような取組みを推進することになっている。

金融機関と連携し、一定年数以上にわたってATMでの振込実績がない高齢者のATM振込限度額をゼロ円又は極めて少額とする取組(ATM振込制限)及び高齢者のATM引出限度額を少額とする取組(ATM引出制限)を推進する。

また、金融機関における預貯金口座のモニタリングを強化する取組を推進する。

2019(令和元)年6月25日「オレオレ詐欺等対策プラン」3頁

これを受けて金融庁が金融機関に対しどのような指導を行っているのかはわからないが、以下に見るように、大手の金融機関であっても2019(令和元)年6月25日「オレオレ詐欺等対策プラン」以前から一定の対策をとっていることから、基本的にこの取組みは浸透・普及しているように思われる。

それから約4年後、SNSを使って特殊詐欺等の実行犯を募集する、いわゆる「闇バイト」による広域犯罪が多発していることを受け、2023(令和5)年3月17日「SNSで実行犯を募集する手口による強盗や特殊詐欺事案に関する緊急対策プラン」が公表された。

ここには、預貯金口座の不正利用防止対策として、金融機関による取引時確認の強化・徹底を推進することに加え、以前記事で紹介した非対面での取引時確認(いわゆるe-KYC)のマイナンバーカードを用いた公的個人認証の積極的活用の推進が挙げられているが、ATM利用の制限に関するものではない。

そのため、ATM利用の制限に関しては、2019(令和元)年6月25日「オレオレ詐欺等対策プラン」により一応の決着を見たかに思われた。

金融機関におけるATM利用被害への対策


金融機関、特に地域密着型の地方銀行や信用金庫等は特に素早く、いわゆるカード手交型やすり替え型の特殊詐欺被害防止に動いており、ATMでの声掛けやポスター作成はもちろん、一定の高齢者名義の預金口座につき、ATM利用を制限している。

各銀行のウェブサイト等を参考に2023年7月26日筆者作成

りそな銀行・横浜銀行・千葉銀行は首都圏における規模の大きい都市銀・地銀ではあるが、早いところは2017(平成29)年後半から、主に70歳以上の預金者につき、1年〜3年の間、キャッシュカードによる振込みや払戻しがされていない場合には、その利用上限額を10万円〜20万円に制限している。

なお、ATM利用上限額が制限されたからといって、その上限額を超える払戻しや振込みが一切できなくなるわけではない。もし真にその必要があれば、窓口で手続することで可能となる場合もある(ちゃんとした必要性を説明しなければならない)。

各銀行のウェブサイト等を参考に2023年7月26日筆者作成

対してメガバンクと呼ばれる3行については、みずほ銀行が2023(令和5)年10月からICキャッシュカードを用いたATM利用上限額を磁気キャッシュカードを用いた金額と同じ額に引き下げるとのことであるが(それでも払戻しは50万円、振込みは100万円である)、三菱UFJ銀行や三井住友銀行についての同様の動きは確認できなかった。

この違いはどういう事情に基づくのかまでは分析できていない。

この点、2017年8月15日の日経新聞の記事によると、千葉銀行が70歳以上のATM利用による振込制限を行ったのは次のような事情によるらしい。

千葉県警によると、県内の17年上期の特殊詐欺の認知件数は前年同期比2割増の675件に上り「過去最高のペースで発生している」という。全国順位もワースト4位となっており、県警は金融機関との連携で件数を減らしたい考えだ。

日本経済新聞「70歳以上の振り込み 一部制限 千葉」

もしこういう狙いがあるのであれば、メガバンクの預金者はあまり特殊詐欺被害に遭っていないのかもしれないが、そのあたりはよくわからない。

ATM利用制限案を実現するためには

YAHOO!ニュース版によれば、警察庁が銀行業界に示したATM利用制限案には「不満の声が出ることも予想される」とか「懸念する意見もある」とのことで、「業界内の調整には時間がかかる見通し」らしい。

これはどう解釈したものか。

まさか警察庁や金融庁としても、ATM利用制限案を法制化するわけではないだろう。行政指導や全銀協等の業界団体からの圧力指導により、各金融機関判断でATM利用制限案を実装することになると思われる。

しかし、すべての金融機関を調べたわけではないが、程度の差こそあれ、比較的大規模な金融機関ですら既に一定のATM利用を制限している。
更なる要件変更はシステム負担増となることや、ATM利用制限案の示す要件の適切性(例えば、65歳以上で区切っているが、それが妥当かなど)の問題はあるにせよ、方向性については特段異論ないものと思われる。

そこで、以下では、警察庁や金融庁、そして業界団体としてどのような指導を行うのかを考えてみたい。

(1) 契約の整理

まず、金融機関(以下では銀行を念頭に置く)と個人預金者の間には、預金契約があり、多くの場合は普通預金契約である。

その普通預金契約に伴いキャッシュカードを用いたサービスがある場合、それに関する特約が定められている。

キャッシュカードを用いてATMでどの取引をどの程度行うことができるのかは、これらキャッシュカード規定等キャッシュカードに関する特約により定められている。

多くの場合、キャッシュカード規定にはATM利用に関し次のように定められている(ここでは、払戻しに関してはりそな銀行の「キャッシュカード規定(個人用)」第3条を引用し、振込みに関しては三井住友銀行の「キャッシュカード(普通預金・貯蓄預金)規定」第5条を引用する)。

<払戻し>

  • 自動機による払戻しは、自動機の機種により当社または提携先所定の金額単位とし、1回あたりの払戻しは、当社または提携先所定の金額の範囲内とします

  • なお、1日あたりおよび1ヵ月あたりの払戻しは当社所定または当社所定の範囲内で本人の指定する金額の範囲内とします

<振込み>

  • 振込機による振込は、振込機の機種により当行(中略)が定めた金額単位とし、1回あたりの振込は、当行(中略)が定めた金額の範囲内とします

  • なお、1日あたりの振込(中略)は当行が定めた金額の範囲内(カードのみを挿入して行う振込機による振込は、書面その他の当行所定の方法により申出を受け、当行が承認した場合は当該金額の範囲内で変更することができます。)とします。

(2) 論点

このように、「当社(当行)所定」の金額の範囲がデフォルト設定の上限額であり、「本人の指定する金額の範囲」が預金者が任意に定められる上限額のことである。

この点、「当社(当行)所定」の内容はキャッシュカード規定中には定められていないものの、定型約款の内容となることから、預金者の不利益に変更するためには民法548条の2第1項第2号の要件(契約目的に反しないことと合理性があること)の充足や同条第3項の事前周知が必要となる。

そこで、ATM利用制限案のように、一切のATM利用を制限することが定型約款の変更として許容されるのかが論点となる。

結論としては、ウェブサイトで公表することに加え、周知期間を長めにとり特にATM周辺にポスター等を掲示することにより事前周知を行えば、ATM利用制限案のように規定を改定することは定型約款の不利益変更として許容されると考える。

以下では、ATM利用制限を払戻し制限と振込み制限の2つに分け、最後に事前周知の論点を扱う。

<払戻し制限>

預金契約は消費寄託契約であり、自由にいつでもその返還(払戻し)を受けることができるはずだが(民法第666条第3項、第591条第2項)、上限額が引き下げられる又はATMでは払戻しを受けられないとするのは契約目的に反するのだろうか。

キャッシュカードを用いてATMで払戻しを受けることは相応に制限を受けるかもしれないが、銀行の本支店の窓口では、(所定の質問や確認を受けるが)払戻しを受けることが可能であり、契約目的に反するとまではいえないように思われるが、例えば、昨今の支店削減のあおりを受けて、近くにコンビニ等のATMはあるものの銀行の支店はないという地域においては、どうだろうか。元々コンビニ等のATMは提携ATMであり、提携していなければ存在しないのだから、コンビニ等のATMに期待することは過剰なサービス要求だろうか。

個人的には、そもそもキャッシュカードを用いたATMでの払戻しすら、サービスの一環であって、本来ないものであり、銀行の本支店において払戻しが受けられる以上、消費寄託契約という契約目的に反するとはいえないと考える。

また、特殊詐欺全体でも8割以上の被害者が65歳以上(預貯金詐欺・キャッシュカード詐欺盗(注)においては99.4%‼)とのことであり、その「ターゲット層」の長期間動きがない口座に限定した上でATMでの払戻し制限を行うことは不合理とは思われない。

警察庁「令和5年5月の特殊詐欺認知・検挙状況等について(図表)」

(注)預貯金詐欺とは、警察官や銀行協会職員等を装い、被害者の口座が犯罪に利用されている、キャッシュカードや通帳の交換が必要などと告げ、キャッシュカードや通帳を騙し取る手口のこと。キャッシュカード詐欺盗とは、同様の手口でキャッシュカードを封筒の中に入れさせるなどして準備させ、被害者の隙を見てその封筒と別の封筒を入れ替えることでキャッシュカードを窃取する手口のこと。前者は詐欺で、後者は窃盗。

そもそも、銀行によっては、普通預金規定において、一定の期間の利用がない預金口座については払戻しを含む取引停止や解約まで可能となっていることから、ATM利用制限案は不利益変更ですらないかもしれない。

1年以上利用のない預金口座は、払戻し等の預金取引の一部を制限する場合があります。

三菱UFJ銀行「普通預金規定」第13条(2)
三井住友銀行にはこの旨の規定はなく、みずほ銀行は「3年以上」とされている

この預金が、当行が別途表示する一定の期間預金者による利用がなく、かつ一定の金額を超えることがない場合には、当行はこの預金取引を停止することができるものとします。

三菱UFJ銀行「普通預金規定」第14条(4)
※三井住友銀行・みずほ銀行ともに同旨の規定あり

<振込み制限>

振込みに関しては、預金契約に密接に関係してはいるものの、預金契約とは別個の準委任契約である。多くの銀行では、振込みに関して「振込規定」を設けている。

振込みは、継続的取引契約である預金契約とは異なり、その都度契約を締結する単発取引であり、銀行には預金者の振込みの依頼に応じない自由がある。

なお、キャッシュカード規定という継続的取引を前提とする規定に振込みの条項があるからといって、キャッシュカードを用いた単発の振込依頼が可能であるに過ぎず、上記原則は揺るがないと考える。

そのため、振込みの場合は常に新規取引であり、既存の相手方がいないことになると考えられることから、定型約款の不利益変更の論点は出てこない。

仮に定型約款の不利益変更の論点があるとしても、ATM利用制限案により制限されるのはATM利用であり、銀行本支店窓口での振込依頼やインターネットバンキングでの振込みは制限されないこと(注)、上記のとおり特殊詐欺被害者のほとんどが65歳以上であることから、「ターゲット層」の長期間動きがない口座に限定した上でATMでの振込み制限を行うことは不合理とは思われない。

(注)銀行によっては、高齢者のインターネットバンキングの利用も一定程度制限していることもあり得るため、やはりポイントは本支店窓口での対応である。

<事前周知>

仮にATM利用制限案が定型約款の不利益変更に該当する場合、事前周知が必要である。

この点、多くの銀行は、●●規定を改定する場合、各銀行のウェブサイトにおいて掲示・公表している。

しかし、民法第548条の2が定めている周知方法は「インターネットの利用その他の適切な方法」であり、ウェブサイトにおける掲示・公表といったインターネットの利用はあくまで「適切な方法」の例示にすぎない。

ATM利用制限案により不利益変更を受けるのは65歳以上の高齢者であり、ウェブサイトを使った事前周知が「適切」かどうかは問題になるのかもしれない。

とはいえ、65歳以上の高齢者に対して1人1人ハガキ等により郵送通知を行うのが適切なのか、それは銀行の善管注意義務の範疇なのか、銀行に不合理な負担を担わせているのではないか、非常に悩ましいところである。(えてして銀行はこういう場合郵送通知を行いがちであるが…)

個人的には、ウェブサイトにおける掲示・公表のほか、本来の趣旨とは異なるが周知期間を長めにとり(例えば6か月)、窓口や特にATM周辺にポスター等を掲示することで十分と考える(ポスター等を掲示するほうがコストか?)。

(3) 指導案

以上見てきたとおり、各銀行のキャッシュカード規定を改定するという流れになろうかと思われる。

過去にも、「マネー・ローンダリング等のリスクに対応可能な規定整備として、ガイドラインを踏まえた普通預金規定・参考例を別紙のとおり制定し、会員銀行宛に通知」したことがあり(全銀協ウェブサイト)、一部アレンジを加えたメガバンクもあるが、多くの銀行はこれにそのとおり倣って普通預金規定を改定した。

ATM利用制限案もこのような流れをたどるものと思われる。

以上

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