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ジンオウガにおける頭部の形態進化  ー前編:頭蓋骨側頭部ー

 前回の記事では、側頭弓の数に基づく頭蓋骨の分類体系(無弓型、単弓型、双弓型)に従って、モンハンに登場する6種の竜の頭蓋骨のタイプを分類した。現実世界の爬虫類・鳥類には、6種の竜それぞれと同じタイプの頭蓋骨側頭部をもつ系統が、絶滅種を含め2種以上は存在することが分かった。
 しかし、公式によって頭蓋骨のイラストが発表されている竜のなかで1種のみ、実在の爬虫類・鳥類ではみられない形態の側頭部をもつ竜が存在する。その1種とは、モンスターハンターポータブル3rdのメインモンスターとして登場し、数多のモンハンプレイヤーから絶大な人気を誇る竜「雷狼竜ジンオウガ」である。

図1. 雷狼竜ジンオウガ
 本種は、爬虫綱竜盤目四脚亜目に属する竜である。四脚亜目と呼ばれるにふさわしい強靭な四肢と、頭頂部から前方に突出したらせん状の一対の角が本種の特徴である。雷狼竜という別名の通り、その外部形態は哺乳類である狼や犬を連想させる。

 ジンオウガの全身骨格は、本種の「モンスター生態図鑑」に記載されている。以下では、本著をもとに筆者が作成したジンオウガ頭蓋骨の模式図を使って話を進めてゆく(多分大きな間違いはないと思うのですが、ジンオウガ頭蓋骨のイラストについて指摘・修正点等があれば教えてください)。

図2. 側頭弓の数に基づく頭蓋骨の分類体系とジンオウガ頭蓋骨の模式図
 Aは、側頭弓の数に基づく頭蓋骨の分類体系。ジンオウガは、爬虫綱竜盤目に属することから双弓型の頭蓋骨をもつと判断される。Bは、「モンスター生態図鑑」で描かれていたジンオウガ骨格のイラストを参考にして作成された、ジンオウガ頭蓋骨の模式図。Cは、Bから角を取り除き、側頭窓に該当する領域を黒く塗りつぶした頭蓋骨の模式図。ジンオウガの頭蓋骨では、赤で記した上側頭弓が消失し、上下の側頭窓がつながっている。

 図で示した通り、ジンオウガの頭蓋骨では、上側頭弓が消失していると考えられる。この消失は、頭頂部に位置し頭蓋骨と同等の大きさほどにもなる角の進化と関係があるかもしれない。
 続いて、ジンオウガの頭蓋骨側頭部の形態を、現実世界の羊膜類(爬虫類、鳥類、哺乳類)のそれと比較する。

図3. ジンオウガを含めた羊膜類の系統樹と各系統の頭蓋骨形態の比較
 
各系統の頭蓋骨側頭部を構成する骨を異なる4つの色で示す。種名の右に「♰」がある種は絶滅種。ジンオウガは爬虫綱竜盤目に属するため、系統的には鳥類と近縁である。ジンオウガと現生鳥類では、後眼窩骨(緑色)が消失している。鳥類の祖先系統である恐竜類は後眼窩骨をもっていたことから、後眼窩骨の消失は、ジンオウガと鳥類の進化で独立して起こったと考えられる。両種の形態的相違として、ジンオウガでは、頬骨(オレンジ色)のみで構成される下側頭弓が鱗状骨(ピンク色)に接している一方、現生鳥類では頬骨と方形頬骨(水色)で構成される下側頭弓が方形骨に接している点が挙げられる。哺乳類では、後眼窩骨と方形頬骨が消失し、頬骨のみからなる下側頭弓が鱗状骨と接している。爬虫類に属するにもかかわらず、ジンオウガの頭蓋骨側頭部の形態は、哺乳類のそれに類似している。

 以上の形態比較により、ジンオウガの頭蓋骨側頭部の形態は、哺乳類のそれに酷似していることが示された。系統関係を考慮すると、ジンオウガと哺乳類の側頭部形態は収斂して同様のかたちになったと判断される。
 続いて、ジンオウガと哺乳類の頭蓋骨側頭部の進化パターンを比較する。

図4. ジンオウガと哺乳類における頭蓋骨側頭部の形態進化パターンの比較
 
双弓類からジンオウガへの進化では、後眼窩骨(緑色)が消失し、鱗状骨(ピンク色)が下側に移動するとともに方形頬骨(水色)が矮小化したと考えられる。これらに伴って、ジンオウガでは、後眼窩骨と鱗状骨からなる上側頭弓が消失し、上下の側頭窓がつながることで側頭部に巨大な空間が生じたと考えられる。一方、単弓類から哺乳類への進化では、まず、鱗状骨が下側に移動するとともに方形頬骨が消失し、側頭部の後側に空間が生じた。これは哺乳類の祖先である獣弓類に広くみられる特徴である。続いて、獣弓類から哺乳類への進化過程で後眼窩が消失したことで、哺乳類の側頭部には巨大な空間がみられる。

 以上より、ジンオウガにおける頭蓋骨側頭部の形態進化パターンは、哺乳類のそれと収斂していることが分かった。現実の爬虫類・鳥類の頭蓋骨側頭部の形態はきわめて多様である。しかしながら、哺乳類の側頭部に類似した形態を備える爬虫類・鳥類は現時点では発見されていない(新たな化石の発見次第では覆るかも・・・)。爬虫類・鳥類の頭蓋骨の進化において、ジンオウガの側頭部の進化が、いかに例外的であるかが分かっていただけたのではないだろうか。
 ジンオウガ以外の四脚亜目(通称、牙竜)に属するモンスターとして、オドガロンやギルオス、ジャグラス、ドドガマル、マガイマガドなど多数が知られている。今後は、複数の四脚亜目系統の頭蓋骨形態を種間で比較することで、ジンオウガの頭蓋骨に見られる「哺乳類型」の側頭部形態が、本種固有の特徴か、四脚亜目全体で共有されている特徴かを特定することができるであろう。先述した通り、ジンオウガの頭頂部には頭と同等の大きさの角が備わっており、角の獲得が側頭部の骨要素(上側頭弓を構成する後眼窩骨および鱗状骨)の削減に寄与している可能性がある。ジンオウガ同様に巨大な角を頭部に備えるマガイマガドの頭蓋骨はいかなる形態なのか、ぜひ観察してみたいものである。

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