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FirstKhaotung/PondPhuwin写真集リリイベ備忘録

あるいは、FirstKhaotung最推しのメンタル不安定オタクが、推しのおかげで生きることを受け入れ始めた話。推しがくれた自己肯定感の種を育てるように生きている🌱


2024年2月26日、都内某所。
この日の東京は快晴で、しかし強風が吹きすさんでいた。家を出る前に整えた髪は風にあおられ、見る影もない。東京在住とはいえ初めて降りる駅なので、念には念を入れて集合時間の1時間前に到着した。カフェにでも入って昼食をとりながら読書するつもりだったが、食べ物が喉を通る気がしない。仕方がないので、駅前の書店で時間を潰した。暇つぶしのために持っていった京極夏彦が鞄の紐を思いきり肩に食い込ませてくる。「鉄鼠の檻」、1300ページ超の文庫本。数日前に読み始めたところだった。

当選メールに記載されていた集合時間の約20分前に会場に入った。入口に人が集まりすぎて少し困った様子のスタッフさんを見るに、どうやら時間ちょうどの到着でよかったらしい。会場の入口すぐには、本棚が10台あるかどうか程度のごく小さな書店がある。その書店の棚を眺めていたら、なんと百鬼夜行シリーズが並んでいた。私の鞄の中にあるのと同じ「鈍器本」。見知ったものを見つけ、緊張しきった心が少しだけ弛緩した。

タイ沼歴、1年と2ヶ月。FirstKhaotungを最推しに決めて7ヶ月余り。推しとしっかり対面するのも、言葉を交わすのも、私にはこの日が初めてだった。

これまでFan fest(10月)、Only Friendsファンミ(12月)、Happy Weekend(2月)と参加してきたものの、特典会には一度も応募したことがない。もちろん金銭的な理由もあったが、それだけではない。推しとの直接的な接触を避けていた一番の理由は、自分に自信がなかったからだ。

私はずっと、作品の中やステージ上で輝く彼らを見ていられれば、それで充分だと思っていた。彼らの眼前に私はいらない。私のことは見てくれなくていい。だって私はそれほど価値のある人間ではないのだから。

だから突然、降って湧いたように訪れた対面の機会は、私を震え上がらせた。FirstKhaotungがファン思いで優しい青年たちなのはよく知っている。そういうところも含めて好きになったのだ。それでも、彼らの前に立つのは怖かった。

本棚を眺めること20分。集合時間になると、当選メールに書かれていた参加者番号が、100番から始まり、120〜、140〜と20人ずつ呼ばれていく。自分の番号を何度も確認した。忘れないうちにと思い立ち、この時、左胸に名札をつけた。EarthMixさんのお渡し会に関するポストを見たところ「名札は必須」のアドバイスが目について、悩みながらも自作したものだ。推しとの対面に怯えているくせに、その辺は用意周到の感がある。名前を呼んでほしいというよりも、何かのきっかけになればと思っていた。

FirstKhaotungといえば猫ちゃん🐈‍⬛🐈
裁縫は久々だったので縫い目が粗い


実はこの日、私には絶対にやりたいことがあった。「推しにタイ語で話しかけること」。FirstKhaotungの前に立つのを心底恐れている私には無謀な挑戦に思えたが、このチャンスを逃してはいけないのだという感覚があった。

自己肯定感が地を這うようになったのはいつからだろう。悪化したのは大学時代だが、始まりはもう思い出せない。こうなるに至った決定的な原因にも心当たりはない。いつの間にか当たり前のように、自分は不十分で「ふさわしくない」のだと感じるようになっていた。
特典会に応募するか迷うたび「推しと写真撮りたいわけではないかな...」と困ったふうを装いながら、きっと心の底では思っていた。「私には分不相応だ」。そうやって、推しの前に立つ機会や彼らと言葉を交わす機会をずっと曖昧に拒絶してきた。

今回のお渡し会だって、写真集に応募券がついてきて、自分で応募するタイプのイベントだと思い込んでいた。仮に申し込んだとしても、まさか当たりはしないだろうと。そんな私にとって今回の当選はまさに青天の霹靂だった。写真集を1冊買ったら、推しに会えることになってしまったのだから。

これはきっと「前髪」だと思った。チャンスの神様の前髪が目の前にある。私はこのまま、自分を嫌いながら、不十分だと感じながら、生きることに耐えていくんだろうか。それが嫌なら、変わりたいなら、きっとこれが最後の機会だ。この前髪を掴み損ねたら、きっと私は駄目なままなんだ。

当選メールが届いてから、EarthMixさんのお渡し会レポを読み漁った。どうやら推しと言葉を交わせるのは20秒ほどらしい。今回の場合、FirstKhaotungとPondPhuwinが各20秒なのか、2組合わせて20秒なのか、どちらだろう。また、イベント概要メールには、日→タイ通訳は不在だと書かれていた。タイ→日通訳はいるのだろうか。推したちが怒濤の勢いで話しかけてこない限りは必要ないような気もするのだが。というか、そもそも通常の特典会には通訳さんがいるものなのだろうか。答えのない疑問が次々と浮かんで途方に暮れる。

最終的に私が至った結論はこうだった。
「通訳さんがいないことを前提に、自力でどうにかする覚悟を決め、タイ語の練習に励むしかない」。そうして、YouTubeの動画を参考に練習し、ひたすらGoogle翻訳にタイ語で話しかける10日間が始まった。FirstKhaotungを目の前にしたら頭で考える余裕はきっとないから、体にフレーズを覚えさせるのが目標だった。

待つこと十数分、ついに自分の番号を含む20人が呼び出された。前の人に続いて階段を上る。通路にいたスタッフさんたちが、すれ違い様に頭を下げてくれた。これほどまでに運営が丁寧なイベントというのも、初めて経験するものだった。

会場ブース前に整列しながら考える。推しと話せる20秒。それはどれくらいの長さなんだろう。永遠のような気もするが、フリーズしたら一瞬で終わる。だから自分に言い聞かせた。「推しは人間で普通の男の子。神様じゃないし天使じゃない。大丈夫だから落ち着くこと。絶対に固まっちゃだめ」。

待機列とブースは目隠しの衝立で仕切られていた。しばらく待つと、FirstKhaotung、PondPhuwinの4人が会場入りするのがちらっと見えた。衝立の隙間からKhaotungくんが結構しっかり手を振ってくれる。良い子すぎて心臓が跳ねた。コートを抱えていたから手がふさがっていて、とっさに会釈で返してしまった。この時点でパニックである。それにしても会釈って、タイの人にはどう見えているんだろう。

お渡し会が始まった。列が進み、徐々に自分の番が近づいてくる。衝立の手前に荷物置き場があった。事前情報通り、持ち込みは一切禁止の様子。手には何も持たず、ポケットの中も空にするようにと案内があった。スタッフさんからの声かけも徹底されていて、ルールがきちんと守られている。衝立越しに、Firstくんの笑い声が聞こえてきた。明るく楽しそうな様子に安堵する。週末はとても寒かったし、深夜に及ぶイベントと撮影会でお疲れではないかと心配していたが、元気そうで本当によかった。簡易な金属探知機で身体検査をされた後すぐに、ブースの中へと促された。

「固まっちゃだめ」。そう思っていたはずなのに、初っ端のPhuwinくんの横顔を見て、私はいきなり立ちすくんだ。こんな美しい人は見たことがない。綺麗だとは聞いていたが、これほどまでとは思わなかった。彼のことは当然、映像でも写真でも見たことがあるが、実物のオーラは次元が違う。この世のものとは思えないほど清らかで、冬の凍てつく湖面のような澄み切った美しさを湛えた青年が目を伏せて、ひどく静かにそこにいる。

「どうしよう。こんな綺麗な人に話しかけても大丈夫なの?」

どれくらいの間、凍り付いていただろう。名札を見てくれたPondくんに名前を呼ばれ、私はようやく我に返った。逃げ出しそうになるのを必死で堪え、口を開く。マスクで顔の半分が隠れていたにも関わらず、こちらが躊躇いながら話そうとするのを察して、Phuwinくんは話を聞く態勢に入ってくれた。実際にそこまでしてくれたかは記憶が定かではないけれど、体感としては体を傾けて「聞く姿勢」をとってくれたように感じられた。

ดีใจที่ได้เจอนะคะ (お会いできて嬉しいです)

声が震えた。ちゃんと伝わったのかは分からないけれど、Phuwinくんが「ダイハップ」と答えてくれた。きっと肯定の返事だろう。「うん」とか「そうだね」とか、そういう感じだ。ちゃんとタイ語で返してくれた。「Okay」ではなく「はい」でもなく、タイ語の返答。タイ語の母語話者ではないことは当然分かっただろうに、私がタイ語で話しかけたからタイ語で返してくれたのだろう。その気遣いがとても嬉しい。

ひとまずPondPhuwinにタイ語で声をかけることができて、しかもそれが通じたらしい達成感と共に横を見ると、FirstKhaotungのブースが空いている。前の方はもう退場したようだ。浮ついた足取りで前に進むと、視界いっぱいに推しが広がった。FirstくんとKhaotungくんが微笑んでいる。世界一かわいい。名札を見て、いきなり名前を呼んで迎えてくれた。

「ああ、もうこれでいいんじゃないかな。推しが名前を呼んで、笑顔を向けてくれただけで、充分過ぎるほど充分じゃないの?」

飽和しそうな幸福に途方に暮れて、助けを求めるように二人を見つめてしまった記憶が薄らある。困らせただろうか。これ以上を望むのは強欲がすぎると自制しそうになるのを何とかこらえて、二人の目をそれぞれ見つめて最後の勇気を振り絞った。

เป็นกำลังใจให้นะ โชคดีนะ (応援しています。頑張ってね※)

これを言うにあたって私の声はさらに震えた。というのも、私にとって「応援しています」は、ほぼ I love youと同義だし、それ以上の思いを表す言葉ですらあるからだ。「あなたたちのことを本当に大切に思っています。愛情深くて心優しいあなたたちに、私は何度も救われてきました。優しすぎるくらい優しいお二人が、毎日を心地よく幸せに過ごせるように願っています」。これを幾重かのオブラートに包むと「応援しています」 になるわけだ。I love youというよりも、I care about youかもしれないが、いずれにしてもやたら重い愛の告白であることには違いない。

さんざん練習したのも忘れて、 発音も声調も口の動きも気をつける余裕なく言葉を発してしまったから「分からないよね、ごめん」と咄嗟に思った。けれど二人とも笑顔で頷いてくれたし、Firstくんが「頑張って」と日本語で返してくれたのは、本当によく覚えている。

実は、Firstくんの返事には少し焦った。もしかして何かを間違えて、依頼文になってしまったのだろうか。「応援しています」ではなく「応援してください」になっていたかもしれない。そうだとしたら、私の言いたかったことは何も伝わっていないことになる。あるいはFirstくんは「日本語だと『頑張って』だね」という意図で、その言葉を返してくれたのかもしれない。実際のところはわからないので、正しく伝わったと思っておこう。

(※ โชคดีนะ に関しては「頑張ってね」というより「あなたたちの幸運を祈ってるね」のつもりだったのだが、この文脈だと「頑張ってね」という解釈になる模様。Google翻訳では、単体で訳すと「幸運を」になるのだけれど、言語コミュニケーションは文脈に依存するものなので致し方ない)

その後、Firstくんの「頑張って」をオウム返しして、二人に向かって「ありがとう」と日本語で何度か伝えた。タイ語で「また日本に来てね」も練習していたが、完全に忘れていて言いそびれてしまった。私がブースを抜け切るまで、FirstKhaotungはこちらに視線をくれていたように記憶している。

FirstKhaotungとPondPhuwin、どちらも流れ作業には違いないのに、真摯に丁寧に対応してくれた。そのおかげで、緊張と怯えで硬直した私でも思い切って言葉を発することができだのだと思う。お渡し会が終わっても、会場を出ても、顔と心の発する熱が全身にじんわり広がり続けていく。その温かさが、あれは夢ではないのだと教えてくれた。

帰りの電車に揺られながら、永遠のようだった40秒を噛み締める。PondPhuwinも、FirstKhaotungも、それぞれの空気感は全く違ったけれど、私にまっすぐ向き合ってくれた。震え声に耳を傾けて、上手いはずのないタイ語を理解しようとしてくれたことを思い出しながら少し泣いた。

ずっと自分は不十分で、不必要だと思ってきた。彼らの前に立つのにふさわしくないのだと怯えてきた。けれど、それは私自身の問題で、勝手にそう思い込んだだけのことだった。きっかけはどうあれ、不十分だとレッテルを貼って、ずっと自分を蔑んできたのは私自身だ。彼らは分け隔てなく丁寧に接してくれた。自分はここにいてもいいのだと、彼らの真摯さが思わせてくれた。

「今回は一方的に想いを伝えるばかりだったから、今度はやりとりができるように、タイ語で何か質問をしてみるのはどうだろう?」

あれほど推しとの対面を怖がっていた自分が、いつのまにか「次」のことを考えている。そのことに気づいて嬉しくなった。

推しと対面することや彼らに言葉をかけることなんて、誰かにとっては些細なことで、ここまで思い詰めるほどの一大事ではないのだろう。少しタイ語が通じたくらいで大袈裟だと言われれば返す言葉もない。けれど私にとってこれは、大きなターニングポイントになり得る出来事だった。

今振り返って思えば、これほどまでに自分を承認できたと感じられたのは、記憶にある限り初めてのことだった。ずっと不十分だと責めてきた自分自身が「足りている」ことを感じられた。足りないところも当然あるが、それは「部分」であって「私そのもの」ではないのだという気持ちを、生まれて初めて抱いたのだ。

あの日から、長年心を満たしていた恐怖と焦りは鳴りを潜め、穏やかで前向きな充足感の中にいる。脳に染みついた自己否定の悪習に襲われることはまだあるけれど、それでも私は「足りている」。そう自分に言い聞かせることができることが、どれほど私を支えてくれていることだろう。

これは私の幸せで、推しにもらった贈り物だ。ほんの少しの間だけ目の前にいた人物が、自分との対面で救われたことなんて、彼らには知る由もないだろう。それでも、あの永遠の40秒を思い出せば私は生きられる。生きることに耐えていけるのではなく、生きることを肯定して生きていける。
だから、推しがくれた自己肯定感の種を枯らさないように、失わないように、私は今日を生きている。


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