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エッセイ「鉄道員の子育て日記 ②子守り」

 近年は男女の平等が叫ばれる時代である。女性も生涯にわたって仕事をするし、男性も家事をこなすことが求められる。我が輩は現在58
歳。少しだけ前世代なので、けっこう日本の古典的な家庭生活を送ってきた。日頃の家事は今のところ専業主婦のかみさんにほとんどまかせっきりであったし、子育てについても休みの日以外はたいして面倒もみていなかったかとも思う。家に帰れば、ちいさな子どもはすでに寝ており、遅い夕食を食べながら「今日はね、これして、あれして・・・」と、かみさんが堰をきったように話すその日の経過報告を聞いて毎日を過ごしていた。 
 当時、『育児をしない男性を父親とは呼ばない』などとマスコミのキャッチコピーもあったが、我が輩も、たまには家事や子育てを手伝った想い出はある。これは、その時のお話です。

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 今日は、かみさんが同じ社宅の仲良しの奥さん達と気分転換に飲みに行きたいというので早めに家に帰った。日頃の子育ての疲れを、たまには女同士で息抜きをしたいとの切なる願いである。自分の子どもとはいえ、四六時中幼児と一緒にいると、そのストレスたるやかなりのものになることは、我が輩でもたまに経験があるから理解できる。そのため、今日は代わりにお互いの旦那だけで、ふたりの子供の面倒をみようということになったのである。家ではかみさんが既に出かける準備万端で、今か今かと我が輩の帰りを首を長くして待っていたらしい。また、友達の旦那さんが、仕事の都合で遅くなることも、さりげなく告げられた。かといって飲み会の計画を中止するわけではなく、早い話が子どもふたりの面倒を私ひとりで見てくれと言うことなのであった。我が輩が子守りをする決心を固める時間も与えず、ふたりは、子ども達に見つからないように玄関で靴をはき、「やさしい旦那様をもって私達はとても幸せです。」と、これから気兼ねなく飲めるビールのことを考えてか、満面の笑みを浮かべて階段を足早に降りて行った。さて、足元にはやがて夜八時を回ろうというのに、目元のらんらんとした三歳の元気な幼児ふたりが歓喜の雄叫びをあげて走り回っているのであった。


 さて子守りの前半、我が輩は二人にとってとても良い兄貴分の存在であった。家にある積み木やチョロQ(おもちゃ)を使って、三歳になったとはいえ、チンパンジー程度の頭では、よもや思いつかないようなことをして一緒に遊んだ。ふたりともその遊びが気に入ったのか、九時ごろまでは素直に遊んでいた。
しかし、少しずつ頭を使う高度な遊びに疲れたのか、そのうちただ体を使う遊びに切換えたようだ。ソファーによじ登ってジャンプを繰り返したり、たたんで置いてあった布団の上を駆け回ったり、あっという間に家賃一万五千円の我が社宅は、その家賃の安さを知られているのか、手加減知らずの扱いをされる遊園地と化したのであった。
 「1+1≧2という計算がなりたつのは、こういう場合を指すのだろう。我が息子タツヤと友達のユースケともに兄弟はいない。この夜、遊び相手を互いに得た幼児ふたりの遊びは留まることを知らずに、エスカレートして行く一方である。当然、悪ふざけも出てきて、どちらが先に始めたかはわからないが、「ブーッ!」と口からつばを飛ばし始めた。二人とも調子に乗っているため、少しぐらい注意してもいっこうに止めない。まさに子育てとはある意味で「戦い」である。相手になめられてはいけない。我が輩の心の中に「ここでなめられたら、この先えらいことになる。よそ様の子どもだろうと関係ない。負けるもんか。」と、最近の少年問題でとりあげられる、現代の父親が失った威厳を取り戻そうという葛藤が心の中で広がった。幸い我が輩は、ここ一番の演技には自信があるのである。また、大きな声も出る。叱る言葉をどのように切り出そうかと、十秒ばかり考えた。目の前には怪獣タッチャゴンとユースケドンが、依然とつばを吐きながら暴れている。我が輩は形勢の一発逆転をねらって新兵器の準備をする地球防衛軍のような心境である。これに失敗したら打つ手はない。

 怪獣の攻撃が、ますますひどくなる。発射の瞬間をついに迎えた。昔テレビで見たアニメ「宇宙戦艦ヤマト」の波動砲のように我が輩の口から最終兵器が火を吹いた。いわゆる「こらー」の大声である。この言葉に意味などあるのかどうか深く考えたことなどないが、いわゆる怒鳴るときの定番となっている。満を持して発射された「こらー砲」は二匹の怪獣に衝撃を与えることに成功した。まず、ユースケドンはよほど怖かったのだろう、口癖であった「怖いよ、怖いよ」を口ずさみ始めた。間髪をいれず続いて、「立っとけー」の銃撃である。リビングの方を指差し、命令するとユースケドンはすごすごと移動し、そこで地蔵様のように立ったままになった。その間も「怖いねー」を繰り返している。
 一方、タッチャゴンはどうなったかというと、少し意外な反応を示した。突っ立ったままになったので、攻撃が効いたのは間違いないのだが、予想外なことに口から泡ならぬ、ゲロを吐き出したのである。ご飯を食べた直後に、部屋の中を思いきり暴れまわっていた反動でもあった。それは今夜の夕食のシチューにさらに牛乳とフランスパンをミックスしたものであり、強烈に臭いものであった。
 我が輩の反撃が良く効いたのは良かったが、当然ゲロの掃除は私がしなければならず、つっ立った二匹の怪獣と掃除をする私の姿がそこにあった。



 さて、事の結末はどうなったか。というと、ちょうどその後旦那さんが遅れて帰ってきて、ユースケドンを連れて帰ったのである。そのため、あの攻撃がどれほど効いていたのかは分からずじまいとなった。怪獣は生き残り、最近の怪獣映画のラストシーンのように、続編として次なる戦いを予感させるものとなった。

 子守りは大変!だけど楽しいものである。

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鉄道会社の社宅は昔、主要な駅にはたくさんあり、そして社員がたくさん住んでいました。学校でもひとつのクラスに鉄道会社の親を持つ子供が数人いたりしました。今は鉄道会社も業務の効率化が進み、JR発足当初から半分くらいに減っているのではないでしょうか?
 映画「鉄道員(ぽっぽや)」では、高倉健が列車運行のために、家族を顧みない国鉄社員を演じましたが、今は当時に比べて、普通の会社員として暮らせている感じがします。
今、地方ローカル線は存続の危機にあります。鉄道は大量輸送が可能な交通機関でエネルギー的にも、これからの地球に欠かせない交通機関です。どうすれば線路を守り、維持いや再興できるのかを考えた以下の作品も、ぜひ読んで頂きたいです。
未来に子供たちに鉄道を残せますように!


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