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小説「北の街に春風が吹く~ある町の鉄道存廃の話~」第1話ー③


第一話 列車に乗ってでかけよう


 急ぎ足で改札を過ぎてホームに出ると、確かに三十人ほどの人がすでに待っている。

「すごいね。なにか鉄道が変わったっていうのもまんざらでもないかもね」

吉田さんが小さくつぶやく。その時、背後から声をかけられた。いつも聞いているその声で誰かはすぐ判った。

「おう、石井。お前も列車に乗るのか?」

同じ朝日川支店の先輩の山本さんだ。入社十年目の中堅社員で、僕の指導役でもある。この三カ月間は彼と一緒に営業に回っている。すでに結婚もして深河市に奥さんと小さなお子さんがいるのだが、僕の指導役を口実に、この春から沼太町にアパートを借りて月の半分は家に帰らずに単身生活を楽しんでいる。

「あっ、山本さん。おはようございます」

「おっ、お前デートか? 羨ましいな…、あれっ、どこかで会ったこと……、あっ、青年会議所の会合でお会いしましたね」

「あっ、はい。石井くんの小中学校の同級生で吉田と言います」

「彼女の実家、沼太土木なんですよ。今年、札幌から戻って会社手伝ってるんです」

「へぇ、それは沼太町としては貴重な女子だね。それにしても石井とデートなんて、もしかして騙されてるんじゃない?」

「山本さん、なんてことを言うんですか!」

「面白い方ですね。でも、大丈夫ですよ。石井くんのこと昔から知っているんで。まぁ、確かにしばらく会ってなかったんで、今の彼は良く分かりませんけど、頼りない男だったらすぐに見放します」

「おっと、しっかりしてるね。いや、タイプだなー! 俺が結婚してなかったら、さっそくデート申し込むのになぁ」

「もう、いいですよ…、ところで山本さんはどこに行くんです? 珍しいですね。いつも自慢の愛車はどうしたんですか?」

 山本さんの趣味はバイクでのツーリングだ。日ごろならいつもバイクで移動している。

「いや、俺は今日、札幌で飲みごとがあるんで列車にしたんだ。鉄道会員のモニターにも当選したから、列車を使わないとな。ほら、これ」

山本さんはポケットから取り出して僕に定期を見せてくれた。

「あっ、これ、一緒だ」

「お前も当たったのか? とりあえず半年間、鉄道あちこち乗ってみるよ。最近はバイクばっかりだったが、これで鉄道が存続できることになったならいいよな」

「ちょっと私にも見せて。何? この定期、北海道全線って書いてあるよ。どこまでも乗って良いってこと? 良いなぁ!」

「これは、文字通りそういう意味なんでしょうね?」

僕は今さらだが、父親がくれた定期のすごさを感じていた。

「顔写真貼ってあって、なんか免許証みたいね。モニター用って書いてあるから試験的にやってるみたいね。石井君のもこれと同じなの?」

「うん。親父が勝手に作ってくれていたんだけど、もっと説明してくれれば良かったのに」

「石井くんのお父さん、役場で働いてるのよね?」

「うん、最初は瑠萌線の活性化の仕事やってたんだけど、そのうち廃線の話が出てきてHRといろいろもめてたみたいだけど、この前いきなりこの定期で列車に乗ってくれないかって頼まれたんだ」

「へぇ、いいなぁ。私も欲しいなぁ」

「吉田さんも列車好きなの?」

「いや、私、免許は札幌で取ったんだけど、あまり車の運転好きじゃないって気付いたの。特に長距離の運転。鉄道は不便だけど、列車で行ける所ならそっちが良いかな。でも、列車はお金かかるんだよね」

「確かにね。それが鉄道を利用する人が減った一番の原因だよね。北海道は高速道路も多くなったし、列車は荷物があるとね~」

「俺も家族がいるだろ? 車だったら高速だったら車一台分で済むけど、列車だったら人数分の切符がいるんだよ。不便でしかも高い鉄道なんて誰も乗るわけないよな」

「で、今度からこの会員パスになるってこと?」

 駅員がくれた鉄道会員募集のチラシを見返した。

「年会費で北海道全線が乗り放題? 本当?」

「えっ、いくらなの?」

「いや、値段は書いてない。でも、今モニター会員で実験中って書いてあるから、やっぱりこのパスがそのことなんだ」

定期の話で盛り上がっていると、ホームに接近のお知らせが流れ列車が近づいてきた。久しぶりに見る列車だった。

「えっ?」みんなが一緒の反応をとった。

以前は一両だけの車両だったが、今日は長く繋がった列車が近づいてくる。ホーム上の僕たちの目の前を通り過ぎる車両を先頭から数える。

「1、2、3、4。4両、えっ、4両もあるよ?」

「すっごーい、列車だ! 列車っ!」

僕たちは初めて子供が列車に乗るときのようにホームの上で驚くばかりだった。

第2章へつづく

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