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小説「北の街に春風が吹く~ある町の鉄道存廃の話~」第1話ー②


第一話 列車に乗ってでかけよう


 僕は札幌に本社を置く農作物を加工する会社にこの春から勤めている。所属は朝日川支店だが、会社が地元の特産品の掘り起こしに力を入れており、沼太町の特産品であるトマトについて地元出身の僕があてられたということだ。地元の人間なら死ぬ気で頑張るだろうとの会社のもくろみなのであろう。主な業務内容は生産者との仕入れの交渉、調整であり、商品の宣伝もさせてもらっている。

 就職してから三か月が経ち、朝日川の事務所まで車で出社する日もあるが、大半は沼太町周辺の農家に直接出向くため通勤の面では楽であった。町内では通常、自動車ばかり乗っているため、鉄道の利用は本当に久しぶりだ。 

 デート当日の朝、車を石狩沼太駅に停めることにした。田舎の駅なので正規な駐車場は無いが、駅を利用する人が少ないのでいつでも駅前のスペースが空いていることは知っていた。知っていたはずだった。 

 しかし、駅に着くと驚いたことに車がいっぱいだ。高校の通学で三年間利用したが、こんなことは今までに一度もなかった。親父が「鉄道が変わったから」と言っていたが、これがそのことだろうか? 慌てて空きスペースを探す。すると、僕の車を見つけたのだろう、吉田さんが僕の方へと駆け寄ってくる。

「石井くん、あっち、あっち。私、お母さんに送ってもらったんだけど、今からスペース空けてもらうから、そこに停めたらいいよ」と言ってくれた。

「えっ、お母さん? お母さんが一緒なの?」

 吉田さんのお母さんは地元でもちょっとした有名人なので、僕も少しは知っている。お母さんは駐車場を確保するためでなく、娘と遊びに出かける僕を一目見ておくために待っているのではないかと少しだけ疑った。吉田さんの後をついて行くと、お母さんが車を駐車場から移動させているところであった。車を停められることになったのは助かるが、吉田さんのお母さんにあいさつとお礼をしなければといけないという別の問題が発生し、僕の頭はパニックとなる。

(なんてあいさつしよう?)

 お母さんとの初対面が近づき鼓動が速くなる。車から降り、とりあえずお辞儀をする。

「おはようございます。駐車できて助かりました。僕、吉田さんの同級生で石井といいます」

 あいさつやらお礼やら自己紹介が慌ててごちゃ混ぜとなった言葉が初めての会話となった。どのようにあいさつすれば良かったんだろうと後悔する。そして、今の挨拶もどう思われただろうと心配になる。鼓動はさらに速くなる。

「あ、あかりの母です。石井くん? 役場にお勤めの石井さんのお子さんよね。確か東京の大学に行ってらっしゃったのよね」

 吉田さんの実家は地元の土木関係の会社だ。社長のお父さんと一緒にお母さんも役員として働いているとのことだったが、キャリアウーマンの雰囲気が漂っている。お母さんのその言葉は「狭い田舎町のことなんて全て頭に入っていますよ、そしてあなたのこともね」と言われているようにも思えた。

 高校時代はこの小さな田舎町が嫌いにもなった。都会に憧れる気持ちを抑えられず、真逆的な東京の大学に行かせてもらった。でも、大都会で暮らすうちに、群衆の中で感じる孤独感を知ったことで地元に対する考え方は変わった。離れることで地元の良さも分かったつもりだし、人間関係についてもひとりひとりとのつきあいを大切にする方が大事ではないかと気付いたからだ。

 でも、さすがに僕や親父のことを色々と知っているお母さんの言葉に少し不安になった。

「それにしても石井君のお父さん、日ごろはおとなしい方だけど今回は頑張りなさったねぇ。よく、道知事相手に思い切ったもんやねぇ。まさか会議室に怒鳴り込むなんてね……」

「えっ? 怒鳴りこむって、どういうことですか?」

「お父さんから何か聞いてないの? いつも寡黙な方だもんねぇ。でも、この駅の駐車場の混み具合だって……」

「お母さん、話長い。ほら石井君、もう列車来るよ。急ごっ!」

「うん、でも……」

「そう、じゃ今度はうちに遊びに来てね。ゆっくりお話しましょう。石井君も家に居る時の本当のあかりを見たいんじゃないの?」

「もう! お母さんたらっ! 余計なことは言わなくていいの!」

「それじゃ、失礼します。車、助かりました」

「ホームの上にもけっこう人がいたから急いだほうがいいかもね」

「本当ですか? じゃ、これで失礼します」

 お母さんを振り切るように僕たちは駅舎に飛び込んだ。まず、吉田さんの切符を買おうと窓口へ向かったが、窓口の横に切符の自動券売機があることに気づいた。

「あれ? 券売機あるよ」

「本当。今までは無かったよね?」

 瑠萌線では無人駅がほとんどだが、石狩沼太駅では珍しく券売機は設置されず、窓口で駅員が切符を販売していた。

「あれっ? これ、指定券も出せるんだ。すごいね」

「あっ、でもICカードしか使えないんだ」

新しい券売機は現金投入口がなく、これからのキャッシュレス社会を見越しているように思えた。北海道鉄道のICカード〝HIDACA〟をお互いに持ってなかったので仕方なく僕たちは窓口に並んだ。

「すいません。朝日川まで大人往復一名ください」

「深河から朝日川までは指定とりますか?」

「いや、自由席でいいんですが」

「はい、では。石狩沼太駅から朝日川まで乗車券の往復ですね。二、三〇〇円になります」

駅員は慣れた手つきでタッチパネルを操作し切符を発券した。

「じゃ、これ。吉田さんの切符」

「あっ、ありがとう。なんか悪いね」

「いや、こっちが列車で一緒に行こうって言ったんだから、気にしなくていいよ」

「あっ、ちょっと待ってください」

窓口の駅員が僕たちを呼び止める声が聞こえた。

「今、北海道鉄道で試験的に行っているこの鉄道会員制度のパンフレットをお渡ししておきますので、ぜひご検討ください」

「あ、はい。ありがとうございます。列車の中で見てみます」

つづく

このお話のもととなっている提案です。ぜひ、読んでいただきたいですし、一緒に鉄道の未来について考えてもらいたいと思います。


こちらは、単におじさんの妄想恋愛活劇です。演劇の脚本として書いていますので、いつか本当に上演したいと思っている作品です。


このエッセイは鉄道会社で働くおやじが子育てを経験した中で思ったことを綴った日記です。


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