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小説「北の街に春風が吹く~ある町の鉄道存廃の話~」第7話-③

・第七話 春風の吹く町


 「石ちゃん、お前は今からまた存続協議会の中で瑠萌線の存続問題を担当するんだろ? 相手がこちらのために、なにかを考えてくれると思ったら大間違いだぞ。民間会社になった今のHRは採算のとれない路線をいつまでも抱えられるような状況じゃない。お前たちが本当に鉄道を存続させたいと思うなら、自分たちから会社に逆に提案をもちかけるくらいの意気込みを見せないと、足毛までがそうだったように、またずるずると廃線が決まってしまうことになる」

「は、はい。わかりました」

さらに黒岩は雄二に思いがけないに助言を伝えた。

「そして、もしこの提案を沼太や他の沿線自治体と一緒にHRにぶつけるような機会があったとしても、決して元鉄道会社の人間から聞いた考えということを絶対に言っちゃいけない」

「えっ? どうしてですか」

「俺が会社の経営側の人間だったら、同じ会社の社員が考えたその提案が優れていたら自分が無能だということを認めてしまうようなものだからさ」

「そんな馬鹿な。それじゃ、会社が良くなることなんてあり得ないじゃないですか」

「馬鹿なことって思うだろうが、会社というのはそんなものだ。そんなことは、お前の役場でもたくさんあるんじゃないか?」

自分が勤める町役場の仕事について訊かれて、「違う」と即答は出来なかった。

「若い職員が入ってきて、いきなり仕事のやり方に異を唱えられたら、決して良い気持ちはしないだろう。そして残念だが、誰でも会社が変わるなら自分が辞めた後にやってもらいたいって思いたくなるものさ」

「だから、この提案を相手と話をする時は……、そうだな、なにか住民との意見交換会で出されたアイディアということで持ち込むんだ。そして、提案をするときは出来るだけ多くの人目に止まるところ……第三者を入れて行うんだ。そうすればHRが提案に対しての回答をせざるを得なくなる」

「いいか、鉄道会社の人間は、けっこうまじめな、いやくそまじめな人間が多いんだ。頭が固くて変わろうということが苦手なんだと俺は思ってる」

「だから、外からこんな考え方も出来ますよって頭をガツンってやらないと、新しい発想は出てこないかもしれない」

「それは困ります」

「石ちゃん、お前は優しい人間だ。でもお前が本当に瑠萌線の廃線を阻止しようと思うんなら、もっと主張しなければいけない。自分が生き残るためには、もっと強くならなければならないぞ」


               *


 僕たちは足毛の駅から車で十分ほどの高台にある墓地に来ていた。目の前にある黒岩さんご夫婦の墓石の前で手を合わせる。跡を継いだ店主が、古株の従業員に連絡をとって教えてもらったのだ。

「五郎さん、これで良かったんですかね? でも、あなたが言った通りHRは動きだしてくれましたよ。結局、提案は沼太小の子供たちが動物園の年間パスみたいに何度も列車に乗りたいって思ったことから、思いついたことになりましたよ」

墓石に語りかける親父はうっすらと笑っている。

「確かに今はまだ社会実験中ですが、いつかこの制度が成功した時は真実を話してみますね。その時、また足毛に報告に来ます。あなたのおかげで瑠萌線が生き残る道を見つけることが出来ました。ありがとうございました」

 僕と吉田さんも親父の横で一緒に手を合わせる。眼を閉じたまま、あの日の列車のことを思い出していた。ご夫婦はなぜ僕たちの前に現れたのだろうか。生まれ変わった鉄道を一目で良いから見たかったのだろうか。

僕たち若い世代がこれからもずっと瑠萌線を守っていけないと気の引き締まる思いだった。

 高台から見える広い日本海を見下ろしながら、僕は背伸びをした。「ボォーッ」と音がする。遠くに見える海を航行する船舶が鳴らしたものであろうが、その汽笛の音は、まるで走るはずのない線路を蒸気機関車が走っているような音に聞こえた。

「さぁ、戻ろうか。今週末は沼太駅前で朝市をするんだろ?」

「うん。僕は今、特産物を確保するので大変だよ」

「なぁに、忙しいくらいがいいのさ」

 帰りの車は僕が運転した。既に夕陽が沈もうとしている海を左手に見ながら瑠萌まで戻る。来る時は色々なことが霧に包まれているように感じていたが、今は晴れ渡ったように感じる。帰りの車内は明日から新しい鉄道と駅の賑わいをどうやって作れるかという話題が持ちきりであった。


エピローグへつづく


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