「コンビニでの風景」
1人でコンビニに買い物に行くと時折、「おやっ?」と思う店員に出会うことがある。
その日はターミナル駅に入っている大手コンビニチェーンに立ち寄ることにした。
週に数回は利用する、「行きつけのコンビニ」だ。
いつものように雑誌と菓子パンを車椅子のサイドポケットに入れ、レジに向かう。
それほど混んでいなかったため、すぐに呼ばれる。
見慣れない顔の店員だった。色白でやや童顔の女性。20代前半だろうか。
「次の方どうぞ」
私のほうを見ているのかどうかわからない目線で、彼女は言った。声に抑揚がないのがいささか気になったが、とりあえずレジの前に進む。長時間勤務で、疲れているのかもしれない。
「商品は?」
カウンターの向こうから、彼女が声をかける。いつもなら店員のほうがカウンターの向こう、つまり私のいる側に回り込み、車椅子サイドポケットから商品を取り出し、レジに通してくれる。
だが、彼女は回り込むのはおろか、サイドポケットのほうを見ようともしない。
「商品をどうぞ」
棒立ちのまま、彼女は繰り返す。当然、私は商品をサイドポケットから取り出すことも、カウンターに置くこともできない。
時間ばかりが過ぎていき、私の後ろにはいつしか長い列ができていた。
「商品をどうぞ」
抑揚もなく彼女は続け、カウンターの上で両手を受け皿のように広げる。
まるで、「あなたが商品を渡してくれさえすれば私は本来の仕事ができるんですよ」、「商品をカウンターに置くことがあなたの役割なんですよ」とでも言うかのように。
「商品をどうぞ」
もはやナイフと化した彼女の言葉を受け止めながら、私は不意に、アクションゲームのチュートリアルに放り込まれたような感覚にとらわれた。
LとRを同時に押せ、Aボタンを押しながらBボタンを連打、Xボタンをホールドでスティックを素早く一周……達成不可能(理解不能ですらある)な指令の洪水に私は疲れ果て、コントローラを投げ出してしまう。
私が正解を出さないかぎり、チュートリアルは終わらない。
それでも、何とかこの場をおさめようとサイドポケットへ手を伸ばしてみる。だが、焦りによる不随意運動のせいで雑誌をつかむことすらできない。
店員は、なおも棒立ちのままだ。
このままでは本当に埒が明かない。しかし、今さら商品を棚に戻すこともできない……文字通り途方に暮れていると、私のせいで生じた行列をさばくために出てきたベテラン店員が彼女にそっと、何かを耳打ちした。
言葉までは聞き取れないが、おそらく、カウンターから回り込んで商品を取ってあげるように伝えられたのだろう。
彼女は小走りでこちらのほうに回り込み、商品をカウンターに並べていく。これまでの棒立ちが嘘のような手際の良さだった。
「袋は?」
つっけんどんに聞かれ、反射的に首を横に振る。イエスノー・クエスチョンで助かった。
良かった。何はともあれ、これで無事に買い物が終わる……と安堵したのだが、甘かった。
「お支払いは?」
普段ならモバイルSuicaを起動させ、スマホの画面を店員に見せることで一応のコミュニケーションが成立する。
もちろん、スマホを専用端末にかざしてもらわなければ、支払は完了しない。
モバイルSuicaでの支払いはスマホの画面を見せることで、何とか伝わった。だが、問題はここからだ。
「スマホをこちらにかざしてください」
彼女は言って、そして待ちつづけた。カウンターから回り込む素振りも、カウンターから手を伸ばしてスマホを受け取る素振りもない。
「スマホをこちらにかざしてください」
なおも彼女は待ちつづける。無言の膠着状態。私は私でスマホのストラップを指に引っ掛けることもできず、ただただ困ったように微笑むばかり。支払可能であることを示す端末のランプがむなしく点滅をつづける。
「スマホをこちらにかざしてください!」
彼女はついに、点滅している端末を手でたたきはじめた。
抑揚が、初めて見えた。
さすがに見かねたのか、行列を大方さばき終えたベテラン店員が再び彼女に耳打ちをした。
「自分では取れないから代わりにスマホを受け取って、端末にかざしてあげて。終わったら元の場所に引っ掛けてあげるんだよ」
今度は、言葉がはっきりと聞き取れた。
彼女は何かに気づいたようにハッと頷き、小走りでこちらに回り込んだ。
ベテラン店員の協力(?)もあって支払は完了し、何とか買い物を終えることができた。
決して、彼女を責めるつもりはないし、「融通が利かない店員」と片付けるつもりもない。
ここ数年、合理的配慮の観点から、アルバイトでもハンディキャップパーソンの採用が進んでいる。
マクドナルドなどでは「チャレンジクルー」と呼んでいるらしい。
杓子定規な対応、抑揚のなさ、ベテラン店員の指示の丁寧さ、指示を受けた後の行動のスピーディさ……これらを「ハンディキャップ」という文脈でとらえ直すと、すべてきれいに説明がつく。
彼女は無気力だったわけでも、イライラしていたわけでもない。
ただ、「レジの仕事=カウンターの外側に出てはいけない」と認識していたがために、私というイレギュラーを前に立ち尽くしていただけなのではないか……。
ベテラン店員があえて直接的には彼女を手伝わなかったのも、「チャレンジクルー」としての彼女を少しでも成長させたいという思いからだったのかもしれない。
先日、千葉県某所のマクドナルドで店員の暴力的な対応が問題となった。
もちろん、問題の店員やコンビニの彼女が本当に「チャレンジクルー」だったのかどうかは知る由もない。
ただ、一部の例外的な行動を過度に問題視するあまりハンディキャップパーソンから働く機会を奪うようなことは、絶対にあってはならないと思っている。
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