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【小説】映るすべてのもの #6

 スイカ最高。ひとくちめでじゅっと甘さがひろがり、ふたくち食べると、かけらとジュースになった水分がからだじゅうのすみずみにつたっていくようだった。昨日の熱がこもった瑠衣のからだにはよけいにしみわたった気がした。今年はじめての旬のパワーをもらった瑠衣はたったひと晩で回復してしまった。

 すっきりしためざめで机の卓上ミラーをのぞきこむ。前髪をよこにピンでとめシュシュでうしろ髪をくくり、洗顔したあと化粧水をつけていつもどおりBBクリームを中指にとった。
「あれ?」
 すこしかわいく見えたじぶんの顔に瑠衣は違和感をおぼえた。
昨日一日でやせたのか。どことなくじぶんの顔がちいさくなったような、目もちょっとおおきく見える。
 熱中症の影響だろうか、スイカのおかげか気のせいか、こういう日もあるのかと瑠衣はあまり気にとめずに登校の準備をした。朝は食欲の出ない瑠衣だが母みゆきが今朝もひえたスイカをだしてくれた。スイカは別腹(?)で気持ちがみたされそれだけで足どりにも元気がでた。

 欠席して教室にはいると、なんとなく気おくれしてしまう感覚は高校ではうすい。金曜の今日は里穂も出席していた。
里穂がそっと近づき「おはよう。加藤さん大丈夫?」ときいた。
「おはよう。うん、今日は元気!」席についていた瑠衣は里穂を見あげ、そういった。

「加藤さんのやすみはわたしと意味がちがうから」
 里穂はいたずらっぽく笑った。

 一日やすんだだけで教室の風景が新鮮に見えた。いつものクラスメイトの雰囲気もちょっとかわった気がした。ギャハハとかキャーとかああいうたぐいの声があまりしない。なんともいえない、だれかがだれかに恋したような空気が教室全体を覆っている。よく見るとクラスでめだっている女子にそれが顕著だったが、そうでない子まで。

 そのなかで里穂だけがひとりやたらと気がしずんだように見える。昨日なにがあったんだろう。
 昼やすみ、廊下で里穂に声をかけられた。
「あの、加藤さん、今日うちに寄れる? 体調がわるくなかったらだけど……」
「うん、いいよ」
「ありがとう、無理しないでね」


***

「今週は2度も早瀬さんの家にきちゃったね」
「うん、ごめんね」
 ひさしぶりに里穂の八重歯がのぞいた。

「でね、今日は加藤さんにきいてほしいことがあって」
 里穂の目が瑠衣の目をとらえた。たのしい話ではなさそうだが里穂の目をまともに直視したのははじめてだ。ひとえやふたえなんてどうでもよくなるぐらい大人っぽい切れ長の目、密度の濃い長いまつげはとてもきれいだった。どこかにふくまれているかなしみも。
 1秒ほどの間があいて、なにもいわず瑠衣は里穂の目にうなずいた。里穂のはりつめた神経がすこしゆるむ。

「あのね、わたしってすごくおばあちゃんににてるらしいの。わたしが生まれる前にもう死んじゃったんだけど」
「早瀬さんのお母さんの?」
「そう。お母さんのほうのおばあちゃん。そのひとがとてもきれいなひとだったんだって」
「そりゃそうだろうなあ……」
「加藤さんまでそんなこといわないで」
「ごめん」

「でね、そのおばあちゃんがじぶんはきれいってことだけで生きてたようなひとだったって。いつも派手にしてどこに行ってもちやほやされて妬まれていやがらせされても仕返しするような気のつよいひとだったらしくて」

「そこは全然にてないんだ」
 瑠衣はふきだした。

「加藤さん!」
「ごめんって」

「おばあちゃんってひまさえあればいつも鏡でじぶんの顔見てうっとりしてたらしいの。どこまでほんとうかはわからない。お母さんから見たおばあちゃんはそうだったらしい、としかいえないんだけど」

「うん」

「そのおばあちゃんが40歳すぎたあたりからじぶんの老いにたえられなくなっったらしくて、だんだんおかしくなって気を病んで、さいごは首をつったって。だからわたしが生まれたときお母さんはまたおなじことがおこるんじゃないかってこわくなったらしくて……見て」

 里穂が本棚にあった一冊の百科事典をとりだしてひらいた。そこには黒い長四角の折りたたみミラーがあった。

「ちいさいころからお母さんに出かける前にしか洗面台の鏡しか見ちゃいけない、わたしは鏡をもたないって約束させられてたんだけどさすがにね……うっとりみとれることはないけど高校生にもなったら身支度に部屋に鏡のひとつぐらいないと不便で」

「それはそうでしょ。おしゃれじゃなくても、ちょっと見たいときあるって。歯になんかはさまったときとかさ、ニキビができたりしたら気になるし」

「そう。そういうときもいちいち洗面台にいくの。その洗面台の鏡もちょっといつもより回数がおおかったりながくいたらお母さんがいやな顔するから、もうしんどくて、それでこの鏡をこっそり買っていつもは本の中にかくしてるの」

「早瀬さんの部屋ってなにかがない感じはしてたけど、それかあ……。考えたことなかったな」

「でね、それでね……」
 折りたたみミラーをもった里穂の両手にぎゅっと力がこもる。

「今朝、この鏡を見たときわたしじぶんの顔がいつもよりかわいく見えたんだけど、へんなこといってごめんね。わたしさっきからじぶんがきれいとかかわいいとかそんなことばかりいって、じぶんでもはきそうなんだけど、でもね、じぶんがかわいく見えたとき、ほんとこわくなって、わたしもおばあちゃんとおなじ病気なのかもしれないって、約束やぶってこの鏡を買ったせいなのかなって」
 今日、一日中おびえてたであろう里穂の気持ちをまえに瑠衣は冷静になっていくじぶんを感じた。

 里穂の背中に手をあて赤ちゃんをあやすようにとんとんとリズムをとりながら里穂の動揺がきえるのをまった。
 はらはらと里穂の目から涙がおちる。

「……なんかねえ。なぐさめようとしてるわけじゃないんだけどさ、わたしも今朝じぶんの顔がいつもよりかわいく見えたよ。目がいつもよりおっきく見えて、このぷっくりしてるほっぺがシュッとして見えたの。でもほら、わたしいつもとおなじでしょ?」
 瑠衣はじぶんのほおをつねるしぐさを見せた。

「うん。いつもの加藤さん」
「早瀬さんもいつもどおりだよ」

「ん……」
「そういう日もあるんじゃないかな。一応わたしたち思春期だし」

「思春期ですましちゃっていいの?」
「わかんないけど、またおなじことがおきたらそんとき一緒に考えよ!」

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