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命を懸けたテナーの遊び

かつてブッカー・アーヴィン(Booker Ervin、1930年10月31日 - 1970年8月31日)というアメリカのテナーサックス奏者がいた。腎臓病により、39歳で亡くなっている。
アーヴィンがどういう人物であったか、残された文献ぶんけんは多くない。人柄と音が一致すると考えているわけではないが、たとえばミンガスというジャズ界の曲者くせものを相手に、どういうコミュニケーションがとられていたか気になるところではある。

幸いなことソロをはじめ、レコードだったらそれなりの数が今でも聴ける。
力強くタフなサウンド、ブルース&ゴスペルの独特なフレージング。彼のファン(僕みたいな)なら何を聴いても、その節回しがたまらないはずだ。

Lament For Booker Ervinラメント・フォー・ブッカー・アーヴィン』はアーヴィンの死後、実際にその場に居合わせたEnjaレーベルのホルスト・ウェーバーによって、1975年にレコード化された。
1965年10月29日。Berliner Philharmonieベルリン・フィルハーモニーにはアーヴィンと共に、ドン・バイアス(Don Byas、1913年10月21日 - 1972年8月24日))、ブリュー・ムーア(Brew Moore、1924年3月26日 - 1973年8月19日)、ソニー・ロリンズ(Sonny Rollins、1930年9月7日 - )、そしてへべれけに酔っぱらったベン・ウェブスター(Ben Webster、1909年3月27日-1973年9月20日)と、5人のテナーマンが全員で演奏したあと順にステージに上がり、10分の持ち時間でブローを展開するはずだった。

アーヴィンは4番手。
トリは何と言ってもロリンズで、ドイツの聴衆の大半の目あても御大おんたいだったに違いない。
相棒でドラムのアラン・ドーソンと、ケニー・ドリューのピアノにニルス・ぺデルセンのベース、ヨーロッパ組がバックを務める。
そんなに変わった展開など想像できないところ、冒頭のドリューのピアノからして、どこか切羽詰まった緊張感が漂う。この後の展開など打ち合わせてはいないはずだが、伝わる気迫があったんだろうか。

「Blues For You…」曲紹介と共に始まったアーヴィンのテナー。
ぎょえー!カッチョいい。ヘッドバンギングなんぞしながら、大音量で体を揺らすのに最適である。
問題は(実はちっとも問題じゃないのだが)、10分過ぎても終わる気配なく、ぶっとばし続けるアドリブの嵐になっていく。
そのうち「もっとやったれー!」の熱狂派と、「ロリンズ、早よ出せや!」の否定派二手に分かれ、取っ組み合いのケンカまで起こる始末となった。
後半にはフェスティバルの事務局係員がステージに駆け寄り、大声で「やめろ!やめろ!」と叫ぶ音声まで入っている。
どうしたブッカー・アーヴィン。結局30分近く吹きっぱなしで、最後の方ではピアノもベースも、「どーすんのー?」みたいな戸惑いをみせたりもする。

のちにアーヴィンは、家族とヨーロッパに移ってきたばかりだったので、聴衆に好印象を残したかったと掟破りの理由を述べている。
ウソこけ。
一生に一度、何かをきっかけに心のうちに潜んでいたものが外に現れた瞬間が、このステージだったんだろう。それらをすべて出し切らないうちは終われない。そうした衝動を汲んだ人間がいたから、この稀有な記録はレコードになって残されたんじゃないか。

一人のミュージシャンの表現の極致として、このアルバムを愛聴している。
おまけに、余白に入っているホレス・パーラン(Horace Parlan、1931年1月19日 – 2017年2月23日 )の『Lament For Booker』。
このピアノソロの、泣かせることったらありゃしない。
にがくてどこかヤニ臭くて、悲しげなのに黒人ピアニストの温かさが伝わる、パーランの愛にあふれた名演である。
いいんっすよ、コレ。

イラスト hanami🛸|ω・)و


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