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真冬のサマータイム

先週、娘が同棲相手の車で愛知から帰省していた。一緒に暮らして4年近いお相手は、16歳年上のミュージシャン。性格は素直で気兼ねなく、妻などはむかしからの友達のようにはしゃいでいる。

4人でいても、互いに全く気を使わない。本来、父親というのは娘の相手に対し複雑な感情を抱くものらしいが、僕にそういう感覚はない。
炬燵こたつを囲み脇で娘がべたべたするのを見ても、くやしいだの腹立たしいだのといったものはなく、単純に鬱陶うっとうしいとだけ思う。
10数年も一緒にいる息子夫婦も同様の振る舞いで、これが世代のスタンダードなのか。
なんでコイツら人前でこんなにイチャイチャできるんだと、「男は黙ってサッポロビール」の昭和世代にとっては気味が悪いのだ。そういうのは、人がいないところでやれよ。

帰省し3日目。
せっかく来たので出かけるかとなったが、娘の支度したくには3時間ほどかかる。そこまででなくても、妻も結構長い。
その間、男2人はすることがない。Amazon Primeをつけると、ジャニス・ジョプリンの『リトル・ガール・ブルー』というのがお薦めに上っている。こんなドキュメントあったんか。2週間という、短い期間の限定公開らしい。

ジャニスは1月19日生まれ。そうか、娘と同じ誕生日か。
それに合わせて娘が帰省し、支度の待ち時間がなければ気づかないまま見過ごしていたドキュメンタリー映画。これも何かの縁だ。

冒頭にインタビューの断片が流れ、『テル・ママ』のシャウトから中間部のルバートに移る。

ねぇ みんなも孤独を感じる時ってあるでしょ
当然あるわよね
対処法を教えてあげる
奇妙な感覚に襲われたら
得体の知れない感情が湧いてきた時はね
必要なのは
優しく愛してくれるママ

初出らしい映像。ジャニスにとって、生涯満たされることのなかったはずの「愛」を聴衆に説いていく。まるで自らに言い聞かせるように。
あかん。この時点ですでに、ウルウルもんである。
ジャニスが抱える孤独の大きさに、感情移入してしまうのも無理はない。しかし圧倒されるのは、久しぶりに耳にする彼女の歌そのものに対してだ。

ドキュメントの3分の1を過ぎたあたり、何度も目にした『ボール・アンド・チェイン』が流れる。ママス&パパスのキャス・エリオットが感極まった表情を見せる、モンタレー・フェスティバルのアレだ。

お願い 最後に聞いてよ
ねえ ハニー
いとしいあなた 違うと言ってよ
2人の愛は 終わりなんかじゃないと
違うわよね? イヤよ 絶対にイヤ
B,B,B,B,B,B,Baby! NoNo! NoNo! Ah~!
なぜ愛ってやつは こんなに重いの?

映像が流れ始めた頃はスマホのゲームに興じていた、40歳半ばのミュージシャン君。
今は身を乗り出し、画面にくぎ付けになっている。
彼の世代、洋楽はほぼ聴かれなくなっていた。コピーしたのはX JAPANやHi-STANDARDあたりだという。ご本人はヴィジュアル系だ。

ロックをやっていてジャニスを聴かんなんて、時代が違うだけじゃ許されない不見識である。
よかったねぇ。28歳の娘の誕生日を、27歳で逝ったジャニスの歌で祝えるなんて。

ジャニスの訃報。関係した人々の回想。
流れてくるのは『リトル・ガール・ブルー』。

そのまま そこへ座って
そう それでいい そして指を数えるの
他に何をしよう ハニー したいことはある?
痛いほど分かるわ あなたのつらい気持ち
もう懲り懲りよね
そのまま そこに座って
いいから 指を数えてごらん
不幸で 可哀想な でも いとしい リトル・ガール・ブルー

映画が終わる頃、支度の済んだ娘が彼氏の顔をのぞきこみ「あ、泣いてる」。のぞくんじゃねぇよ。
こっちの顔は、見られず済んだ。

https://www.youtube.com/watch?v=PXXyho_6pUM&ab_channel=%D0%90%D0%BB%D0%B5%D0%BA%D1%81%D0%B5%D0%B9%D0%9C%D0%B0%D1%80%D0%BA%D0%BE%D0%B2

イラスト hanami AI魔術師の弟子

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