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理解浅いままの深刻な法律

「LGBT」という言葉が生まれたのは、1980年代のアメリカだ。
キリスト教が支配的なアメリカで、同性愛者は長らく苛烈な差別の対象だった。
「けばけばしいゲイ」と呼ばれ溺死させられたり、レズビアンであることに怒りを覚えた加害者によって、射殺されたりもしている。
様々な州でこのような私刑リンチが絶えなかったのは、彼らが異性愛規範(異性愛が唯一の性的指向とされること)に違反しており、ジェンダーと性役割の秩序に反すると認識されたためである。

ゆえに同性愛者たちは、団結して戦う必要があった。しかし一括ひとくくりに「同性愛者」と言っても、内実はバラバラだ。
レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル(両性愛者)、トランスジェンダー(越境性差)、彼らの利害はお互いに対立していた。

特にレズビアンが男性中心の社会で生きることは、男性より低い賃金、男性からの圧迫、性的視線、偏見等、より弱い立場に置かれることになる。

そんな彼女たちが受けてきた苦難と、ゲイは無縁である。当時のアメリカのレズビアン団体は、同性愛者の権利を優先させるか・女性の権利を優先させるかで対立し、次々に解散していった。

「L」が先頭に来ているのはこのような経緯による。男女で格差のある中、低い立場にあるレズビアンを優先させようという配慮からだ。
「LGBT」の運動とは、少数者による命を懸けた戦いの歴史だったことを、まずは知るべきだろう。

LGBTの人々に対する暴力の歴史は、アメリカに限ったことではない。

旧約聖書中の一書『レビ記』では、男性間の性交を死刑によって処罰する法律が記録されている(「男が男の隣人と一緒に横たわった時、彼らは起訴され、有罪判決を受ける」)。

共和政ローマでは390年、同性愛を違法と宣言し、その罪を犯した者は生きたまま焼かれると布告した。皇帝ユスティニアヌス1世(527年-565年)は、同性愛者を「飢饉、地震、疫病」などの問題の原因にしている。

中世の間、フランス王国とフィレンツェ市も同性愛者に死刑を宣告したし、イングランドでも1534年、同性愛と獣姦を死刑に処す法令が制定されている。
ナチス・ドイツの時代、同性愛者はホロコーストの標的とされた。(ヒトラーの同盟国となった)スペインのフランコ率いる右派の反政府勢力によって、同性愛者の詩人ガルシア・ロルカは処刑されている。

脱線すると同時代の、やはり同性愛者だったフランシス・プーランクがロルカに捧げたヴァイオリンソナタが、とても好きである。20世紀ヴァイオリンソナタの最高峰と、個人的には思っている。あまり知られていないようなので、こじつけで紹介してしまう。

現在も72カ国が、同性の成人間せいじんかんにおける合意上の性行為を犯罪としている。うち8カ国(ブルネイ・イラン・モーリタニア・カタール・サウジアラビア・スーダン・イエメン・ナイジェリア)では、今も死刑が科される。

ブラジルの同性愛者に対する殺人率は特に高く、1980年から2009年の30年間で、3,196例が報告されている。

アメリカのある州で2007年3月、25歳の青年が20か所の刺し傷や喉の外傷で死亡していた。彼の遺体は自宅から2マイル未満の暗い田舎道に投棄されていた。2人の襲撃者(20歳と21歳)が、強盗と第一級殺人の罪で起訴されている。
被害者への憎悪と侮辱を強調するために、殺人犯は彼の血を吸い込んだ車で駆け抜けて、殺したことを自慢していたという。保安部の宣誓供述書によると、加害者の一人は「彼が同性愛者だった」ために標的にしたと述べている。

特定の宗教を持たない日本人には、「神の教えに反する」恋愛観や性的行為に対する海外の嫌悪が、いかに苛烈であるかまで想像が及ばない。
他国にあってLGBTに代表される少数の人たちは、命がけで権利を勝ち取ってきたし、いまもなお処罰の対象であり続けている。

これを単に「野蛮」「発展途上」のゆえと捉えるなら、それは世界中の宗教がそうであると公言するに等しい。自分たちの倫理観のみが絶対であると思っているなら、とんでもないおごりである。各国・各宗教、それぞれに理由があっての歴史なのだ。

LGBTの理解を増進しようとするなら、まずは世界の血塗られた性的マイノリティ迫害の歴史から入るべきであり、どうみてもそんな事に関心のなさそうな国会議員の面々によって可決された同法には、軽薄さを感じずにはおれない。日本のどの時代に、そうした迫害の史実があるというのか。

無責任一代男も庶民の立場であれば痛快だが、意味もよく理解しないまま深刻な法律を通してしまう今の国の最高機関では、大変困るわけだ。
(明日に続く)


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