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【オリジナル脚本】オレンジジュース

※著作権は全て「まんまる@脚本を書く人」に帰属します。脚本の使用に関するご連絡はs.ryth.mimi@gmail.comまでお願いします。


ひとみ:中学2年生。街中から田舎の祖母宅に来ている。
ごろう:中学生。海沿いの商店の孫。
ごろうの祖母:海沿いの商店の店主。
ひとみの祖母:ひとり暮らし。


ひとみ「ごめんください」
(反応なし)
ひとみ「あの、どなたかいらっしゃいますか?」
(反応なし)
ひとみ「誰もいないのかな」
ごろう「店なら今日は定休日だぜ」
ひとみ「うわっ、びっくりした」
ごろう「あんた、見慣れねぇ顔だな」
ひとみ「あ、あなたは?」
ごろう「俺はこの店の孫だよ」
ひとみ「それで声をかけてくれたのね。ご親切にありがとう」
ごろう「あんた、街の出身か?」
ひとみ「ええ、汽車で2時間かけて来たのよ」
ごろう「ふーん。どうりで土地勘がねぇわけか」
ひとみ「ねえ、この辺りで飲み物が買える場所ってあるかしら?喉が渇いてて」
ごろう「それじゃあ待ってな。麦茶でも持ってくるから」
ひとみ「そんな、申し訳ないわ」
ごろう「いいから待ってろ」
(ごろう、下がる)
ごろう祖母「あらあら、ごろうちゃん。喉渇いた?」
(ごろう、無視)
ごろう祖母「…あら、お嬢ちゃんよく来たね。ごろうのお友達かい?」
ひとみ「あ、いえ…つい先程会ったばかりです」
ごろう祖母「だったら友達同然じゃないかい。仲良くしてあげておくれ」
ひとみ「は、はぁ…」
ごろう「おい、麦茶だ」
ひとみ「わざわざありがとう。いただきます」
(ひとみ、飲む)
ごろう祖母「ごろうちゃん偉いねぇ、優しい子に育ったねぇ」
(祖母、頭を撫でるもごろうは無反応)
ひとみ「…あなた、ごろうくんっていうの?」
ごろう「なんで知ってんだよ」
ひとみ「だって、さっきから呼ばれてるじゃない?」
ごろう「呼ばれてる?誰に」
ひとみ「え?だからお…」
(祖母、唇に人差し指をあてて内緒ポーズ)
ひとみ「…やっぱりなんでもないわ。麦茶ごちそうさまでした」
ごろう「変なやつ。そこ置いとけ」
ひとみ「ええ。また日を改めてお礼を言いに来るわ。ひとまず今日はありがとう」
ごろう「帰り道、迷うなよ。路地が入り組んでるから」
ひとみ「そうね。じゃあ、またね。お邪魔しました」
(ひとみ、去る)
ごろう「…名前、聞きそびれた」

(場面転換、ひとみの祖母宅)
ひとみ「おばあちゃん、今日ね、地元の男の子に会ったの」
ひとみ祖母「そうかい、どんな子だった?」
ひとみ「ごろうくんっていう子で、海の近くの商店のお孫さんなんだって」
ひとみ祖母「ああ、たちばな商店の。やんちゃ坊主だろう」
ひとみ「ううん、私が喉渇いたって言ったら麦茶を出してくれたの。優しい子だったよ」
ひとみ祖母「へえ、ごろうちゃんが。それは良かったねぇ」
ひとみ「そこにおばあさんが出てきたんだけど、なぜかごろうくんがすっごく不愛想だったの」
ひとみ祖母「え、たちばなのばあさんが?」
ひとみ「うん。ごろうくんと仲良くしてほしいって言ってたから、はいって返したけど」
ひとみ祖母「…ひとみちゃん、本当に見たのかい?」
ひとみ「うん…どうしたの?」
ひとみ祖母「…不思議なことがあるんだねぇ」
ひとみ「あ、そうだ。おばあちゃん、あのお店って明日は開くよね?今日は定休日だったけど」
ひとみ祖母「…ああ、きっと開くだろうよ」

(場面転換、海辺)
ひとみ「…この辺りの海は綺麗ね」
ごろう「おい」
ひとみ「…ずっとここに居られたらいいのに」
ごろう「おい、そこのよそ者」
ひとみ「えっ、私?」
ごろう「お前以外誰が居んだよ」
ひとみ「あら、ごろうくんこんにちは。昨日はありがとう」
ごろう「ん、まあ気にすんな」
ひとみ「今日はお店開いてる?」
ごろう「さあな」
ひとみ「じゃあ開くのは気分次第、ってところかしら」
ごろう「そういえば、その…お前の名前、聞いてなかったよな」
ひとみ「あ、そうね。私はひとみ。そこの藤田の孫娘です」
ごろう「ああ、藤田のばあさん家か。そういえば、爺さんが初盆だって言ってたな」
ひとみ「そうなの。昨日の朝に住職の方がいらっしゃったのよ」
ごろう「爺さんをちゃんと迎えられたか?」
ひとみ「どうかしら、正直目に見えないからわからないわ。でも、おじいちゃんは私たちを見守ってくれてるって信じてる」
ごろう「ふーん…じゃあ気持ちは落ち着いたか?」
ひとみ「うーん…私がおじいちゃんっ子だからか、まだ正直整理がつかないわね」
ごろう「…まあ、そうだよな」
(波の音)
ごろう「…俺も、今年が初盆なんだよ」
ひとみ「…そうなのね。どなたの?」
ごろう「ばあちゃん」
ひとみ「…どちらにお住まいだったの?」
ごろう「この店だよ」
ひとみ「…!!」
ごろう「…だからこの店はずっと定休なんだよ。ばあちゃんが戻ってこないと、この店は開かない」
ひとみ「でも…昨日開けてくれたのは」
ごろう「盆だからな。ばあちゃんが戻ってこれるように、俺が開けたんだよ」
ひとみ「…そう、だったのね」
ごろう「…ばあちゃん、戻ってこれたかな」
ひとみ「…ええ、戻っていらっしゃったわ」
ごろう「ふっ…何言ってんだよ。見えねえのに」
ひとみ「見えたの。おばあさまが」
ごろう「…は?」
ひとみ「昨日麦茶をいただいた時に」
ごろう「…作り話ならやめろ、縁起でもねぇ。第一、ばあちゃんが戻ってくるわけねぇよ」
ひとみ「そんなのじゃないわ。ごろうくんの名前も、おばあさまが口にされたのを聞いて」
ごろう「…まさか、あの時の」
ひとみ「…ねぇ、おばあさまってどんな方だったの?」
ごろう「それを知って何になる」
ひとみ「だって、全く知らない方じゃないから…」
(波の音)
ごろう「…ばあちゃんは海女だったんだよ。盆を過ぎた去年の8月の終わりに、離岸流にのまれて死んだんだ」
ひとみ「…」
ごろう「ずっと前に爺ちゃんが死んで、俺の親は街中へ出稼ぎ、親戚も遠くに住んでるから、ばあちゃんが俺の育ての親だった」
ひとみ「…」
ごろう「そのばあちゃんが死んだから、俺はひとりでこの店に住んでんだよ」
ひとみ「…そう、だったのね。ごめんなさい、話しにくいことを聞いてしまって」
ごろう「聞いてから謝んのはやめろ。お互い様だろ」
ひとみ「…そうね」
ごろう「それに、一度あの世に行った命は戻らないんだからしょうがねぇよ」
ひとみ「…そう、よね」
(波の音)
ごろう「明日は何すんの」
ひとみ「明日?おばあちゃんは町内会に行くらしいから、この辺りを散策しようかなって」
ごろう「ふーん…案内してやろうか?」
ひとみ「えっ、いいの?」
ごろう「お前が迷子になったら藤田のばあさんが心配するし」
ひとみ「ありがとう、助かるわ」
ごろう「行きたい場所はあるか?」
ひとみ「あそこの灯台に行ってみたいの。すごく海に近いし」
ごろう「ん、わかった。じゃあ13時にここ集合な」
ひとみ「ええ、じゃあまた明日ね」

(祖母宅)
ひとみ「ただいま」
ひとみ祖母「おかえり、今日は何してきたんだい?」
ひとみ「ごろうくんにお礼を言いに行って、それからしばらくお話してたの」
ひとみ祖母「それはよかったねぇ」
ひとみ「明日は海沿いを案内してくれる約束をしたの。灯台の近くまで行きたいって言ったら良いって」
ひとみ祖母「灯台だって?ひとみちゃん、やめときなさい。危ないから」
ひとみ「えっ、どうして?」
ひとみ祖母「いいかい、盆の海は危険なんだよ。絶対に近づいちゃいけないよ」
ひとみ「そうなの?」
ひとみ祖母「ご先祖さまに足を引っ張られるって言うからね。海に引きずり込まれたが最期、生きて帰れなくなるかもしれないんだよ」
ひとみ「そんな…でも約束が」
ひとみ祖母「その気持ちもわかるけど、おばあちゃんはひとみちゃんの命が一番大事なんだよ」
ひとみ「…わかった」

(場面転換、翌日昼の祖母宅)
ごろう「ひとみ」
ひとみ「ごろうくん!」
ごろう「どうしたんだよ、時間とっくに過ぎたぞ」
ひとみ「…やっぱり行けなくなっちゃったの。お盆の海は危険だ、っておばあちゃんに止められて」
ごろう「そっか、じゃあ仕方ねぇな」
ひとみ「ごめんなさい、私がお願いしたのに」
ごろう「…さっき、向かいのおばさんからジュース貰ったんだけど飲むか?」
ひとみ「えっ、飲みたい!」

(場面転換、たちばな商店)
ひとみ「美味しい…オレンジジュース、久しぶりに飲んだわ」
ごろう「そりゃ良かったな」
(ごろう、立ち上がる)
ひとみ「どこに行くの?」
ごろう「海」
ひとみ「何言ってるの、今行ったら危ないでしょう?」
ごろう「んなことわかってる。だから歩道から眺めるんだよ」
ひとみ「えっ?ああ、なるほどね」
ごろう「離れたところから見ればいいだろ?」
ひとみ「そうね、眺めるだけなら危なくないわ」
ごろう「今日の波は穏やかだな…」
ごろう祖母「…ごろうちゃん、ごろうちゃん」
ごろう「えっ…」
ごろう祖母「ごろうちゃん、ごろうちゃん」
ごろう「…ばあちゃん」
(ごろう、海に飛び込む)
ひとみ「ごろうくん!?危ないわ!」
ごろう「…ばあちゃん、ばあちゃんっ」
ひとみ「ごろうくん、待って!」
(ひとみ、海に飛び込む)
ごろう「ばあちゃん」
ひとみ「ごろうくん…!」
ごろう祖母「ごろうちゃん、やっと逢えたねぇ」
ごろう「ばあちゃん……逢い、たかった…」
ひとみ「お、ばあ、さま…?」
ごろう祖母「ひとみちゃん、ごろうちゃんと仲良くしてくれて、ありがとうねぇ」
ひとみ「い、いえ…きゃっ…!」
(離岸流に流される)
ごろう「ひとみ…?ひとみっ!しっかりしろっ…」
ひとみ「…」
ごろう「ひとみっ」
ひとみ「…ごろうくん、短い、間、だった、けど、ありがとう」
ごろう「何言ってっ」
ひとみ「ごろう、くん、って、魔法、使い、なの、かな…」
ごろう「ひとみっ…」
ひとみ「おじいちゃん…今、行くね…おばあちゃん…ごめんなさい…」
ごろう「ひとみっ…ひとみ!!」
(波の音)

(アナウンス音)
町内放送「…先程、午後4時半頃、中学生くらいの男女が、海に浮かんでいるのが、見つかりました。2人は、既に亡くなっている、とのことです。繰り返し、申し上げます。…」

(場面転換、祖母宅)
ひとみ祖母「今日があの子たちの一周忌になるなんて…」
(オレンジジュースを仏壇にお供えする)
ひとみ祖母「本当に無鉄砲な子らだよ、泳げないくせに海に飛び込むだなんて」
(「りん」を鳴らして手を合わせる)
ひとみ祖母「だから言ったじゃないか…盆の海には近づくなって…」

《終》

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