言葉は溢れ過ぎていて その溢れ過ぎの言葉達から 何を拾い どう理解し どう受け止めるか 受ける側の懐の深さやセンスが問われる 今は言葉を簡単に遠くへ放つ事ができ その放った言葉達が どこへ飛んで行くのか どこへ刺さってしまうのか そんな配慮を全くしないで 放たれただけの悲しい言葉達もいる 言葉には罪はなく 無神経に放たれた言葉達も 泣いているのではないだろうか こんな使い方をされたくはなかったと そんな事を考えている時に 出逢った詩がある 꽃과 언어 花と言
先日、仕事でのミスが発覚 クライアントさんや 会社の方に多大なる迷惑を掛けてしまった こんなことをしてしまって もう、この会社の力になる事は出来ない 申し訳なくて仕方ない… 悩みに悩み… 私が出した結論は 退職 この会社には 私が力になる事は…もうないのよ… 私はいない方が会社の為だわ… ドン底まで落ち込むこと数日 そして 経過報告書を書くように指示され 重い身体と 重い心を引きずるように パソコンの前に… 退職の思いを胸に 自分の思いのままに ワー
仕事や人間関係で 腹が立ったり 虚しさを感じた時 逃げたいなぁと常に思う 生きる事って何だろう...とまで考える そんな時この台詞を思い出す 사는 것이 죽는 것보다 치욕스럽고 고단하더라도.. 꽃이 피면 그 꽃을 보면서 하루를 한겨울 눈이 내리면 그 눈을 보면서 또 하루를, 그리 살다보면 어느 하루 웃을 날도 있겠지요 生きることは死ぬことより 屈辱的で孤独だとしても 花が咲いたらその花を愛でながら 1日を 真冬に雪が降ったらその雪を愛でながら