久しぶりにEVAを見て

EVANGELION;破・Qをだいたい2年ぶりに見た
久しぶりに見て、なんだこんなことかと複雑なものが理解できると同時に、意外とまだ理解できてないところがあるぞと感じる

この理解は二年間の私の体験や思考によってなされたもので、ただ漫然と過ごしていて得られたものではないのだろう。けれど、ではそれを得た過程がどこまで意識的かと考えると、どうにも偶然性の賜物であるような気がする。
全く私は、運が良かったに過ぎない。そしてその運を離さなかったのだ

神話チックだったりメカチックだったりはとてつもないフェティッシュな部分で、あんまり拘ってるから凄そうに見えるけれど、実際はただすごいだけだ。なんだと言われるとそれ自体はなんでもない。
残るのはとてつもなく痛々しい、一人の少年の成長物語だ

綾波レイ:母親、自己受容と幸福の基盤
「子供は父親がいなくても育つが、母親がいなくては死んでしまう」という-どこかで聞いた言葉が思い浮かぶ。自分を好きになれない、幸福になることを肯定できない、コンプレックスの多いシンジくん。
彼が綾波にしているのは母親の行為じゃないか。自分が与えられなかったものを他者に施すことで、復讐を果たし、前に進もうとしたんじゃないか。
破の最後にシンジくんが綾波を追ったのは、ミサトさんの言うように「行きなさいシンジくん 誰かのためじゃない あなた自身の願いのために」
次第に心を開いていく綾波の過程は、本来シンジくんが手に入れたかったもののはずだ。だからそれは復讐で、自分の幸福を掴もうとする行為だ。遂に綾波はシンジくんを助けるために自らを犠牲にする。そこで初めてシンジくんは母親の喪失を埋められたんじゃないか、自分のために命をかけてくれる他者に出会うことで
しかしここまではシンジくんははっきりとは認めない、どこか怖くて自分で意識的になれないでいる。だから最後の行動は、初めて意識的に幸福を掴もうとした行為だ。母親の喪失を人のせいにせず、自らの力で幸福になると、勇気を持って決断した。


アスカ:初恋、初めての対等な他者
綾波が母親なら、アスカが初恋だ。初恋とは、初めて他者と自分が対等に向かい合うことだ。自分の存在をまっすぐ見つめられ、評価される。だから嬉しいし、痛い思いもする。受け身なシンジくんには、グイグイくるアスカはなんとも有難い存在だったろう。他者と関わったことのないシンジくんが、あんなにグイグイ来られて、自分を否定してくれて、向き合ってくれたら、もう好きにならざるを得ない。


最後にはマリを選ぶけれど、シン・は見返してない、だからおそらくで
初恋に散々やられたシンジ、ここからは自らの努力で他者と関わろうとする必要がある。もう受け身じゃいられない。自分の魅力を知ること、自分のダメなところを知ること、相手を楽しませようとすること。純粋に一人の男として、ここからが勝負だ。


/男と女とは
なんで性が二つあるかって、別々で対等じゃないから。だからそこに一対一の人間として緊張感を持って向かい合う余地が生まれる。

/シンジくんはなんで構われるか
素直で、優しくて、バカで、幸福になろうとしているから
自分が苦しんだ分だけ、他者に優しくできる。ちょっと捻くれてるけど、根本的に素直。知らないだけ(バカ)なだけで、救いようがある。そして頑張ってなんだかんだ幸福になろうとしている。だからいろんな女性が向き合ってくれた。

/加持さん
この人はいわばロールモデル。こうした段階を経た、大人の-色気のある男性。これらは刺激になるけれど、直接的な痛みにはならない。友人もそう。多少の痛みはあるが、恋愛とはやっぱり違う。

雑文だけれどこんなところ
読んでくださった人ありがとう



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